第29話 脱出するためにがんばりましょう

 ラフィオンが波に飲みこまれた!

 もう、特殊なゴーレムだと思われたっていい。私は王女を降ろして走った。

 ラフィオン! 無事でいて!


 ざばざばと波が押し寄せてきた砂地に踏みこむ。

 う、足が引っ張られるみたいで動きにくい。でもゴーレムだもの。今回も人の二倍の大きさがあるから重いし、耐えられる!

 押し寄せる波に流されないように進み、ラフィオンがいた辺りまで進んだ。


『ラフィオン、ラフィオン』


 波が押し寄せ続ける場所を手で探る。でもそれより先に、ラフィオンがケティルに服の肩のあたりを咥えられて浮き上がって来た。


 私は慌てて捕まえる。

 波が引いて行こうとしていたから、このままではラフィオンが沖に流されてしまうと思ったの。


「助かったマーヤ、ケティル」


 ラフィオンはずぶ濡れになっていたけれど、意識もしっかりしていた。

 一度せき込んだものの、ラフィオンは私の名前を呼んでねぎらってくれる。

 やっぱりこういうの、嬉しいな。


『ケティルありがとう』


 ラフィオンを助けてくれたケティルにもお礼を言うと、彼はぶるぶるっと体を振って海水を飛ばして答えた。


『この召喚主と契約してしまったからね』


『うん、でもお礼言いたかったから』


『礼はまだ早いだろう。いずれにせよこの契約者は、あれを倒さねば帰れないのだろう?』


 ケティルの言うとおりだ。

 ラフィオンはすでに、沖から近づき始めた蛇をにらみつけながら唸っていた。


「ちくしょう、何を呼び出せば……」


 あれを倒せそうな召喚魔法が使えないのかな。

 確かに海の中に潜っちゃうんじゃ、火を使ったって難しそう。


 私が代わりに精霊を呼び出せたら良かったのに。

 でも私が名前を付けた精霊は、みんな旅立ったばかり。上手くケティルみたいに、何年も前の現世に誕生しているとも限らない。


 でもそうしている間に、どんどん蛇が近づいてくる。

 大変だわ。こちらには打つ手がないっていうのに。

 人間は食べられたら大変なことになる! ケティルもこの世界に誕生した後だから、最悪死んでしまうかもしれない!


 考えた末に、私は急いで波が来ていない場所の近くまで移動する。

 でも海が生息地な蛇の方が早い。

 膝をついて、手を伸ばして、堤防みたいに高くなった場所にラフィオンとケティルを置いた。


「マーヤ!」


『だいじょうぶ、私は精霊の世界に帰るだけだからって、ケティル伝えておいてくれるかしら、ぁあああああああ!?』


 生き物かと思うほど強い波が、うつぶせたゴーレムの体を沖へ連れて行こうとする。

 波の中に顔が浸かった時、ちょっとだけ溺れるかもしれないと怖くなったけど、ゴーレムだから呼吸しないのよね。

 だったらまだ大丈夫と思ったのだけど。


 何かに体を掴み上げられた。

 おかげで海から浮上したのだけど、すぐ目の前に、大きく口を開けた蛇の頭があった。

 そのまま、あーんと私は飲みこまれる。

 え、え!? 痛くないけどこれは嫌あああ!


『マーヤ!』


 心の中で絶叫している時、ふとラフィオンの声が聞こえたような気がする。

 けどそんなことあるわけがないのよ。

 ラフィオンは精霊としての私の名前が、他の人に知られたら大変なので、他人の前で名前を呼んだことがないのだもの。


 幻聴だったと思う程度に冷静さが戻って来たのは……、蛇のお腹の中に入った後だった。喉の奥に飲みこまれている間は、気持ち悪くてずっと悲鳴を上げていて、わけがわからなかったから。


 胃の中だと思う場所まで落ちた私は、息をつく。

 なんだか消化液っぽいものが溜まってるけど、ゴーレムは土なんで消化液で溶けるわけもないので安心。


 ただね、私ラフィオンの魔法が解けるまでの間、ずっと胃の中にいなくちゃいけないのかしら? あちこちに動物の骨っぽいのが浮いていて、あまり長い時間居たくないのだけど……。

 側に浮かんでいた骨をちょいと摘まんでみる。

 とても鳥っぽい。火喰い鳥がと王女が言っていたから、もしかしたら亡骸かしら。


『マーヤ、マーヤ』


 と、そこでケティルの声が聞こえて来た。


『ケティル』


『良かった。僕の声聞こえるんだね。まだ無事かい?』


『ええ。土の体だから溶けないもの。痛みは感じない体だから、大丈夫よ』


『そこから出られそうかい?』


『難しいのではないかしら……』


 武器も持っていないのだもの。内側のお肉はなんだか弾力があって、ちょっと叩いたぐらいではびくともしない。


『だから召喚を解いてもらって、もう一回呼び出してもらった方が早いのではないかしら』


 ゴーレムだもの。そういうことができるはず。


『そうか……せっかくだから、マーヤが内側からそいつを倒せたらと思ったんだけど』


『出来たら良かったのだけど、ゴーレムだもの』


 魔法とかが使えないので、完全にお手上げ状態なの。

 なのにケティルが不思議なことを言う。


『それなら誰か、仲間を呼んでみたらどうかな』


『呼ぶ? 精霊の庭にいた仲間のこと?』


『マーヤ、火の系統の触媒を持っていない? それ使えば、火の系統の精霊になった仲間を誰か呼べると思うよ。前よりマーヤ、冥界の気配が強くなってるし』


 喜ぼうとした私は、一瞬にして落ち込んだ。

 まさかこの間の、よくわからない召喚のせい? ……思わず身震いしてしまう。怖いわ思い出したくもない。


 でも触媒とケティルが言ってるのって……これよね。

 私は手の平に乗せた、鳥の頭蓋骨っぽいものを見下ろす。正しく冥界に近い代物。そして火喰い鳥だったから、火の系統の精霊ならってことになるのかしら?


 ……ちょっとしたトラウマもできたけれど、ラフィオンの役に立てば、少しは良かったと思えるかもしれない。

 私は気を取り直して、誰かを呼んでみることにした。


『火の系統……確か鳥の姿の子がいたわよね。アラル……アラル! 聞こえたら来てほしいの!』


 私が酔っぱらっていた時、一緒に泉の中に入って遊んでいた火系統の鳥の精霊の名前を呼ぶ。

 でも出てこない。


『マーヤもっと彼のことを思い出して。思い出を手に持って、暗く深いところまで潜るような感じで』


 暗く深いところ。

 ケティルに誘導されるように想像した私は、ふっと息が詰まるような感覚に襲われる。

 記憶のどこかで覚えている。これは、私が人間だった頃、海に落ちた時の記憶?

 背筋がぞっとするような感覚。そこから逃れられないような恐ろしさの中、私は心の中で叫んだ。


『やだ死にたくない!』


『呼んで、マーヤ!』


『アラル! 怖いよ早く、助けに来て』


 まだ来てくれない。だけど寒気がしてきて、私は泣き出しそうだった。


『アラル、アラル! やだ、ラフィオン!』

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