第21話 卵で居続ける方法と副作用
魔法の練習は隠れて行う。
これを約束しているおかげなのか、ラフィオンは穏やかに過ごしている。
……たぶん。
月に一度と、精霊の私だけ呼び出されても、その合間に一度くらいの頻度だもの。さすがに全てを把握するのは、会話ができない私には無理だから、本当に何もなかったのかはわからないのだけど。
でもどうのこうのと言って、ラフィオンは元気なまま、もう三年近くの月日が経ったことになるのだけど。
「自由に人の姿で行き来できたらいいのに……」
精霊である以上は、望むべくもないのでしょう。おかげで召喚されても、私は死んだりしないし、痛くもないのだから。
ただ心配。私にしてみれば、ほぼ毎日のように様子を見ていた子だったんだもの。
「あ、でもそろそろ子供と言えなくなってきたかしら」
ラフィオンはこの三年でかなり身長が伸びてきた。早いことに、元の私の身長を追い越してしまっている。
精霊として単体で呼ばれてしまった時、ラフィオンが王宮の女官とすれ違ったのを見て、ふとそれに気づいたの。
私は平均的な身長だった。高くもなく低すぎもせず。そんな私と同じくらいだなという、かっちりとした型のドレスを着ていた女官の身長を、ラフィオンが少し越えていたのよね。
その時ふと、寂しくなったの。
私はまだ一か月くらいしか経っていない気分なのに、ラフィオンはどんどん成長していってしまう。いずれラフィオンは私の年齢を追い越してしまうのよ。
ひどい家から出て、無事に生きて欲しいとは思っていたし、それが叶っている今はとても安心して見ていられるのだけど。
ラフィオンは確実に三年という年月を過ごしているのに、私は止まった時間の中に取り残されているのだと、思い知らされた気がする。
でもそれは仕方ない。むしろ私は焦らなきゃ。
「……早く、手紙のことを頼まなくちゃ」
手をこまねいているうちに、三年経ってしまった。
ラフィオンと同じ時間に生きている私は、もう11歳になっているはず。
お母様を亡くした後、あまり家政のことに手を回してくれない父に焦れて、自分が采配に手をつけ始めた頃だ。
最近のラフィオンは、外へ出る機会も多くなって来た。もうすぐ騎士に叙任されると聞いたわ。
そうしたら、王子に同行して魔獣討伐にも参加する。王宮外で安全に手紙を出せたら、私が受け取ることはできるはず。
ぐっと手を握りしめる。
その時に、ぱっと自分の手が小さく光った気がした。
「あら?」
思わずもう一度やってみる。力を入れると、なんだか光が散る。
面白いのだけど、どうしたのかしら。エリューに相談してみた。
『ああ、そろそろ精霊として殻を破る時が、近づいているんだね』
「これがその兆しなの?」
『お前の本来の姿を覆って守っている光。そこに自分の魔力が収まらなくなったんだろう。現世へ生まれ出る準備ができたってことだよ』
「準備なんてまだだわ!」
まだまだやることがある。特に手紙! あとラフィオンの手助けができるかわからなくなってしまう!
「エリュー、これなんとかできると先日聞いたのだけど、方法を教えてくださいな」
『あまり勧めたくはないんだけどねぇ……』
珍しくエリューが渋る。
「消滅するとか、そういうわけではないのでしょう?」
『それは大丈夫だよ。お前を覆う殻を強化することになるのだけど、存在が少し不安定になるようでね。うっかり直後に召喚されたりすると、召喚が上手く行かなくて弾かれて帰って来てしまったり、異空間で少しの間迷子になるみたいだよ』
「しばらくラフィオンが呼ばない時期だから……きっと大丈夫だわ」
先日、雪が深い時期になったから、三か月ほど私のことを呼ばないとラフィオンに言われていた。雪の下の地面から、ゴーレムの体を作りだす土の精霊を召喚するのが、とてもやりにくいのだという。
そういう理由なら仕方ないと思ったのだけど。ちょうどいいわ。
『それなら、葉を一枚お食べ。本当は、現世に出るにはまだちょっと魔力が弱い子を、引き止めるためだけにするものなんだけどねぇ。これで、私が柱になっている精霊の庭との結びつきが強くなるから、まだ現世には出ることは無くなるよ』
「ありがとうエリュー!」
私はさっそく、エリューが差し出してくれた枝から、若葉を一枚採らせてもらった。
葉脈が薄ら銀に輝く黄緑の葉は、とても綺麗。
口に入れて見たけど、精霊だからなのか味はない。苦くなくて良かったわと思っていたら、頭がくらくらするような気がしてきた。
あら……これ、なんだかお酒を飲んだ時に似てるわ。
私あまり強い方じゃないから、舞踏会に出た時も、ほんの一杯だけ飲んだら後はお茶で誤魔化していたの。うっかり失敗したくないもの。
でもこの葉っぱ一枚で、ワイングラスでニ杯飲んだような感じになってしまう。
「エリュー。私、なんか、酔っぱらってる気が……」
ふらふらとして浮いていられずに、泉の中に入ってしまう。
エリューの泉に浸かったって、別に濡れるわけではないのよ。浮いているのが気持ちいいから沈んでおこうかしら。精霊だから呼吸が必要ないので、死なないのだし。
ぶくぶく沈んでいたら、私が何か新しい遊びをしていると思ったのかしら、顔見知りの精霊がやってきて、一緒に沈んで遊び始めた。
『マーヤ溺れてる?』
『違うよ溺れごっこだよ』
『人間みたいなことするのねマーヤ』
くすくす笑う精霊達に、私も思わず笑ってしまう。
うん、なんか水の中に沈んでるのもなかなかいい気分ね。
『私も現世に出たら、水に沈んで遊べないんでしょう?』
『蒸発するんじゃないかしら? 今のうちに遊んでおきましょうよ』
そう言うのは、火の系統の精霊達だ。
私は一緒になって、水の中で追いかけっこして遊びながら、ふと思う。
これは確かに。召喚されたら不具合が起きそう。
火とか風とかを起こせる精霊なら、予定外に当たりを燃やしそうになったり、風が一瞬も吹かなかったり、大変なことになるんじゃないかしら。
ラフィオンに呼ばれない期間で良かったわ。
そう思った私だけど……世の中って、間が悪いことが沢山あるのよ。
しかも私、ラフィオンに呼ばれ慣れてしまっているせいなのか、名前を呼ぶ声がラフィオンだとわかると。
「あ、はーい」
無意識に返事をしちゃって。……私は召喚されてしまった。
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