第22話 舞踏会の夜に 1

 気づくと、私は真っ暗な場所に居た。

 いえ、空が見える。星が輝いてて、綺麗。


 それよりも明るい場所が背後にある。

 思わず足が動いちゃいそうな三拍子の音楽。視線を横に動かせば、大きなベランダ窓から漏れる、シャンデリアの輝き、色とりどりのドレス。一緒にくるくると回る、男性達のステップが見える。

 私、背中を舞踏会場のベランダ窓にくっつけて立っていたんだわ。


 舞踏会をしているのね。楽しそう。思わず足が動きそうになるわ。

 だけど私の知っている舞踏会より明るい。ああ、シャンデリアに光の魔法を使っているのかしら。魔法使いの国って便利。


「魔法使いの国……あら? ラフィオンの国?」


 振り返って後ろを確認した。

 だってここに来るとしたら、ラフィオンに呼ばれたとしか思えない。いるはず。

 案の定、振り返ったら硝子のすぐ向こう側にラフィオンがいた。


「あ、ラフィオンだー」


 声は聞こえないかもしれないけど、思わず名前を呼んでしまう。

 でも、建物中ってことはゴーレム召喚じゃないのね。

 ラフィオンは、毛織地の白くて裾の長い上着と揃いのズボンに、緑の金の留め金がついてるマントを羽織ってる。すごく格好いい服ね、良く似合っているわ。

 こうしてみると、本当に背が高くなったわ。元の私よりもちょっと上に高い場所に目線があって。

 でも碧の綺麗な目をこれでもかと見開いて、ぽかんと口を開けてる。珍しいけど可愛いわ、ラフィオンのそんな顔。


 ラフィオンは叫び出しそうな顔をしながら、慌ててベランダ窓の開口部に走った。

 そこから外へ出て私の所に来て、がしっと肩を掴んだ。


「あれ、肩つかまれてる……。あら?」


 よく見れば、私普通の人間らしい肩がある。ゴーレムじゃないのに、光の球みたいな状態でもないみたい。どういうことかしら?


「し、失礼」


 肩を掴んでいたラフィオンはそう言いながらも、私の肩から手を離した後、逃がすまいとするように手首を掴んだ。

 ラフィオンは、じっと私を凝視していた。

 何かを言いかけて、一度止めて。それから息を吸って、ようやく尋ねて来た。


「マーヤ……なのか?」

「そうよーラフィオン。なんか来ちゃったし、元の人間の姿だし。よく理由はわからないんだけど、うふふふ。でもよくこれが私だってわかったわねー?」

「一度……見たから。お前が冥界の使者と一緒にいるときに、黒い煙に人の姿が映ってて」

「え、そうだったの? 不思議ねー」


 でもなんか楽しい気分なので、私はわけがわからないことはどうでも良くなった。

 人間の姿でラフィオンと合えるなんて思わなかったわ。しかも会話もできてるだなんてすごい!


「本当なんだな……」


 ラフィオンはしみじみとしているけれど、私は嬉しくてついついしゃべってしまう。


「あーもうすっごくラフィオンと話したかったの。この間、三か月くらい呼ばないって言ってたじゃない? 私の方の時間経過は数日くらいのものなんだけど、わりと頻繁に会っていた人と会わないのって、寂しいものでしょ? でも私ゴーレムだから話せないし……う?」


 突然ラフィオンの手で口を塞がれた。あ、手が大きい。


「ごももももっも?」


 怒らせちゃった? と尋ねたら、ラフィオンはとても深いため息をついた。


「怒っていない。だけどゴーレムとか、そういう話はやめておこう」

「あ、そういうことね。怒っていないならよかったわー」


 怒ってないならそれでいい。そう思ったら笑ってしまう。なんだろう、自分ですぐ止められない。

 くすくす笑う私を、ラフィオンは困ったような顔をして見ている。


「マーヤ。君がマーヤだってことはわかったけど、どうしてここに? なんで人間みたいな姿をしているんだい?」


 尋ねられてしまったので、さっきみたいに怒られないように小さな声で答えた。


「これね、私の人間だった頃の姿。今日はね、ちょっと精霊の世界で特別なものを食べたら、なんか気分がふわふわしてきちゃって。そこでなんだかラフィオンに呼ばれたみたい。だけど、どうして人の姿してるんだろ私。うふふふふ」

「だめだ。ずいぶん酔ってるなマーヤ。とにかくこっちに来い。会場から一度離れて……」


 ラフィオンはそのまま庭に降りようとする。

 ここから離れた場所に行きたいみたい。手を引かれたので、それならついて行きましょう、と思ったのだけど。


「ラフィオン、知り合いのご令嬢かい?」


 声をかけられて振り向けば……あらやだ、あの目の下に隈があって、侍従に囲まれてると楽しそうなサリエル王子じゃありませんか。

 今日は王子もおめかししている。いつも苦しいからと嫌がるスカーフを首に巻いて、赤の手の込んだ刺繍が施された上着に、白いマント姿だ。しかもじゃらじゃらと宝石を首からかけたりしている。

 何かの行事だったの?


 さて困ったわ。

 私は知り合いの令嬢ではあるけれど、本当は精霊で。

 こんな言い方をしながらニヤニヤしているのですもの、王子はラフィオンが女の事一緒にいる現場を押さえたから、からかってやろうと思っているのでしょう。

 ラフィオンを庇いたいのだけど、頭がふわーっとして上手く考えられない。

 しかしラフィオンは、しれっとした顔をして答えた。


「酔ってしまったようなので、外に出ると言うので見守りを。雪がありますから。転んで頭でも打ってしまったとなれば、今日の宴に出席している方々も、興ざめになるでしょう」


 あくまでからかわれるような状況ではない。ラフィオンはそう言ったのに、サリエル王子は聞いてはいなかった。


「えーでもラフィーが女の子の面倒みるだけでも、珍しいよ。せっかくだから、彼女と踊ってもらいなよ。さっき僕、みんなに一度は必ず踊ってもらうと言っただろう? ラフィー、君逃げようとして窓際に移動していたの、見ていたんだからね? 逃がさないよ?」


 サリエル王子に言われて、ラフィオンも黙り込む。

 本当に逃げようとしていたのね。それでゴーレムとでも踊ったら、王子の課題をこなしたことになると思って、私のことを思い出してしまったのかもしれないわ。

 それなら簡単に解決できるわ。


「私と踊りましょう? ラフィオン。一度踊れば王子も許してくれるのでしょう?」


 誘いかけると、ラフィオンはまた目を見開いて、信じられないような顔をして私を見る。何か変なこと言ったかしら?


「本当に……いいのか?」

「大丈夫。ダンスは好きなの。ラフィオンが下手でも上手く踊ってあげるわ」


 私でも嫌だと言ったら、ラフィオンは王子が選んだ子と踊らされかねないわ。それが嫌なら、ゴーレムの中身である私で手を打つべきなのよ。踊っても後腐れないのは私しかいない。

 ここまで言われたら、ラフィオンも引けなくなったようだ。


「上等だ。やってやる」


 ラフィオンはむっとしたことで覚悟がついたのか、掴んだままだった手首から、手へと握り直した。

 寒暖はよくわからないのに、ぎゅっと掌が合わさると、どこか温かい気がする。


「……こういうのもいいね。さぁ二人とも、寒い外にいないで中に入なよー」


 サリエル王子に招かれて、私は崖落ち以来になる舞踏会へ参加することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る