転生したら精霊!? 元令嬢は召喚されました
佐槻奏多
第1話 崖の上でのお話し合いは危険です
強い風が吹いていた。
私の葡萄酒色のドレスも、ベージュブラウンの長い髪も真横に靡いて、前を向いているのも辛い。
ごうごうと鳴る風に負けない声で、目の前にいる少女が言った。
「あなた邪魔なのよ、マーヤ・ロディアール」
冷たい言葉で言い放つ彼女は、子爵令嬢ミルフェだ。
彼女とは友達だと思っていた。
だからこんな天気の夕暮れに、誘いの手紙を受け取ってやってきたのだ。王族の離宮の一角にある、海に面した崖まで。
でも友達だと認識していたのは、私だけだったらしい。
「殿下はわたしを選ばなくちゃいけないの! あなたはそのための踏み台だったのに、どうして殿下はあなたまで! なんで優しくしている私じゃなくて、冷たくしているあなたにばかり殿下はかまうのよ!」
そう叫ぶミルフェに、私は崖の先端へ追い込まれる形になっていた。
今日は婚約者候補を決めるパーティーが行われていた。なのに王子が私とばかり踊っていたから、他の令嬢達が目を吊り上げていたけど、ミルフェは暖かく見守ってくれていた。
しかも王子が婚約者候補に選びたいという意味で、花を送ったのは二人。
私と、ミルフェだ。
ごめんこうむると思った私は『殿下と婚約はしたくない。あなたに任せたい』と言っていたのに。
「私にだって理由はわからないわ! 間違えて叩いてしまった時から、どうしてかもう一度殴ってくれって言うようになって……」
心の底からわけがわからない。
叩いたことを許して下さったのは感謝している。さすがに王子を叩いてしまっただなんて、不敬だもの。
でも変な要求をし続けて来るのは理解できない。実は私を許していなくて、わざと不敬を働かせようという罠だと思っているのに。
「嘘つかないでよ! 殿下がそんな変態なわけがないでしょ!」
金の髪を振り乱したミルフェ嬢は、短剣を持っていた。
護衛から借りたのか、親に始末をしろと言われたのかしら。家の紋章なども入っていない短剣。これで刺されたら、誰が殺したのかもわからなくなるでしょう。でも。
「今ここで私を殺したら、あなたが真っ先に疑われるわ、ミルフェ様」
親の命令で仕方なく動いている私と違って、ミルフェは王子に心酔していたはず。疑われるようなことがあったら、何があっても王子は彼女を選べなくなるのではないかしら。醜聞持ちを妃にするわけにはいかないもの。
「大丈夫よ。あなたがわたしを襲ったことにするから」
「そんな話を誰が信じるの?」
「目撃者は用意してあるわ」
ミルフェが斜め後ろに視線を向けた。
崖近くの庭園の木の側に、いつの間にか二人の令嬢と従者が立っていた。令嬢二人は顔見りで、私はますますショックを受ける。
「みんな騙されてくれるわ。あなたは元々、プライドが高くて冷たい人だと評判だもの。見下していた子爵令嬢まで婚約者候補に選ばれたのが不服で、この短剣で私を殺そうとしたという筋書きなら、みんな信じるでしょう」
「そんな。あなたを見下したりなんか!」
「わかっているわ、お優しい侯爵令嬢様」
ミルフェは天使のように可愛らしい顔で微笑む。
「あなたがあまりにも清廉潔白なものだから、わたしも苦労したわ。時々、あなたと会った後に泣く真似をしてみたり、他の令嬢に、あなたにいじめられて悩んでいると相談をしたりするの、結構大変だったのよ」
「な……」
最初から、ミルフェは私をそういう形で利用しようとしていたのね。
「だから安心して死になさい!」
金切り声を上げて、ミルフェ嬢が私に突進してくる。
刺されて死ぬのは痛いから嫌だ。
私はとっさに短剣の切っ先を避けて……そのまま崖から落ちたのだった。
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