第13話 再会はしめやかな香りとともに
現状を整理しよう。
強い魔獣がやってきて、食われてしまうからとネズミの魔獣が逃げていた。
私達逃げ遅れてしまいそうだった。なので私はラフィオンだけ投げるという形で、足が動かなくなる煙の範囲から遠ざけた。
そうしていよいよやってきた、強い魔獣と対面したと思ったら……。
本人は精霊だと言い、私の名前を口にしたのよ。
ちょっと待って。尻尾触りたいって……え、私色んな精霊に言ってた気がするけど。
誰? 精霊の庭で会ってた精霊?
と思ったら、相手が明かしてくれた。
『マーヤ、本当にマーヤなの!?』
『間違いなくマーヤよ! え、誰? 精霊の庭で会ったことがある……のよね?』
『ケティルだよ。僕が精霊として生まれる時、マーヤったらエリューに怒られてたよね。勝手に名前を付けちゃだめ、って』
『うわああああああ、間違いないわ、ケティルー!!』
私は思わず手を広げて、自分が名付けた犬型精霊ケティルに歩み寄ろうとした。
『マーヤ会えると思わなかった!』
それより先に、ケティルの方が駆け寄って、私に飛びついてきてくれた。
「ま……!?」
何か背後から声が聞こえた気がしたけれど、ケティルをぎゅっと抱きしめるのに忙しくて、よく聞こえなかった。
『再会できるだなんて、嬉しいわケティル!』
『僕もだよ! マーヤが話してくれた人間の暦は忘れちゃったけど、今ここで会えたってことは、僕はここより十年も昔に精霊として生まれたみたいなんだ』
『十年! 本当に再会できたのが奇跡だわ……』
しかし十年前にケティルが生まれていただなんて、本当にあの精霊の庭は、現世の時間から切り離された場所なのね。と実感する。
それにしてもふかふかだ。ゴーレムって痛覚はないけど触感はちゃんとわかるのよね。
私は抱きしめながら、夢にまで見たケティルの毛皮を堪能する。
普通の犬よりふわふわかもしれないわ……。でもちょっとだけ、なんだかこの『しめやかな場』にふさわしそうなお香っぽい匂いが気になるの。こう、教会で葬儀に使うお香みたいな。
これ、ケティルの精霊としての匂いなのかしら?
不快というわけじゃないけれど、変な気分。でもふかふかだから気にしないわ……もふもふもふ。
「ま……や」
そこでようやく、ラフィオンの呼びかける声が私の耳に届いた。
あ、そうだったわ。再会を喜んでいる間、ラフィオンが置き去りになっちゃってた。
私は慌てて、ケティルのもふ毛と別れを告げた。
振り返ってみると、ラフィオンがなんだか私というより私の足元をじっと凝視していた。
真っ黒な煙が水みたいに溜まっているだけなんだけど。これが気になるのかな? ネズミみたいに足が動かなくなったら怖いものね。
『ごめんねケティル。私の召喚主が心配してくれてるみたいなの』
『召喚主は、あの人間の子供だね?』
『そうよ。人に陥れられて、こんな森の中に置き去りにされたらしいの。ケティル、彼を見逃してくれる?』
『いいよ、マーヤの頼みだものね』
ケティルがそう言ったとたん、足下に水のように溜まっていた煙がすっと消えて行った。
とたん、ラフィオンがこちらに走って来てしまう。
「大丈夫か? これは冥界の使者っていう二つ名がある魔獣だぞ……」
ラフィオンが数歩離れたところで立ち止まり、教えてくれる。
よくわからないけど、ケティルってすごく強そうな種族? の名前があるのね。どうりでネズミの魔獣が逃げ出してしまうわけだわ。さっきのも捕食されてたんでしょうし……。
うん、ケティルのお食事について想像するのはやめましょう。怖いから。
ラフィオンには話して説明できないので、安全だと示すため、ケティルをわしゃわしゃ撫でて見せる。
それからしゃがんで、落ち葉を避けてから木の枝でがりがりと書いてみせた。
『私の、仲間の精霊なの。お友達』
「とも……だち?」
ラフィオンは信じられないという表情だ。
『ラフィオンのこと、噛まないって約束してくれた。大丈夫』
「噛まない……」
つぶやいたラフィオンは、私を見て、待っている間お座りしていたケティルを見て、もう一度私を見た。
「安全……なんだな?」
尋ねられて、うなずいた。頭と胴が一体かしてるから、お辞儀になってしまうのだけど、わかるわよね?
納得したように、ラフィオンは肩の力を抜いてため息をついた。
でもまだ怖いから、早く遠ざかりたいみたい。
「じゃあ行くか」
『あ、待ってくださいなラフィオン』
私は急いでラフィオンの前に回り込み、しゃがんで背中を向けた。背中に乗れと示したのだけど。
「いや、そろそろ歩くよ」
『でもまた魔獣が出て来たりした時、怖いから』
だって私、結構な時間ゴーレムとして過ごしてる。そろそろ魔法の効果が切れるんじゃないかしら。今のうちに距離を稼いでおきたいの。
なのにラフィオンが、微妙な顔をして遠慮してくる。
「いいよ。俺、背負われ続けるのも少し疲れたからさ」
『背負うのがだめなら、やっぱり抱っこする?』
前に向き直って手を伸ばすと、何故か後ろに下がるラフィオン。なんでなの?
私が一歩進むと、ラフィオンはまた一歩下がる。
それを見ていたケティルが、くふっと変な笑い声を漏らした。
『魔獣を警戒しているのかい? 確かにその子供はとても食べられやすそうだ。マーヤが大切にしてるみたいだから、森の外までついて行ってあげてもいいよ。僕がいたら、他の魔獣は近づいて来ないと思う』
『え、本当!? ありがとうケティル! あ、でも私のこの召喚術、もう少しで切れるんじゃないかと思うの。お先に失礼することになると思うのだけど……』
『そうなの? せっかくだから一緒にお散歩したいし……ちょっとだけ僕の魔力分けてあげるよ。お腹いっぱいで余ってるからね』
ケティルがそう言ったとたん、ふわっと浮くような感覚があった。
何だろう。すごくやる気が出て来たような。元気になった感じ。
魔力を分けてもらうと、こうなるのね。
『森の外までは、これで維持できるんじゃないかな』
『ありがとうケティル! 今度お礼するね!』
『それならまた首のところ掻いてくれないかな? さっきやってくれたのが丁度良くて……』
犬みたいなことを言うケティルが可愛くて、もう一度わしゃわしゃと撫でる。
ケティルがうぉーきくぅーとか言って、喉を鳴らしていて可愛い。
それからラフィオンにもわかるように、またまた地面に文字を書いた。
『この精霊が、森の外まで送ってくれるって。だから魔獣に襲われることも気にしなくて大丈夫』
「……送ってくれる?」
ラフィオンは半信半疑の顔をしていた。
あんなに怖がっていたんだものね。強いのは間違いないし、もし知り合いじゃなかったら、確かに私も倒されてしまっていたかもしれない。警戒するのは仕方ない。
でも安心して、私のお友達だから。
『では一番近い、人間の気配のする場所まで連れて行ってあげるよ』
『ありがとうケティル!』
ケティルは先を歩き始めてくれる。
そして私は、はいっとラフィオンに手を差し出した。
私が居れば大丈夫。ちゃんとラフィオンのこと守ってあげるよ。こんな風にケティルと再会できたのも、ラフィオンのおかげだものね。
ラフィオンの方は差し出した直方体が組み合わさった私の手を見て、私の顔を見上げて……恥ずかしそうに握ってくれた。
「行くか」
ラフィオンの声に、私は彼と一緒に並んで歩き出した。
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