第11話 第二の危機です?

 再び私は、ラフィオンを背負って歩き始めた。

 ラフィオンがなぜか気遣って「重いだろ。俺も歩く」と言うんだけど、ぜんぜん重くないわよ?

 なので手を振ったりして、重くないことを表現してみたら、ようやく納得してくれたようだ。


 森の中を歩くのも慣れて来て、前よりもさっさと動けるし、何より疲れないのがいい。

 スキップでもしたいけど、ラフィオンを落としちゃいけないから、真面目に歩きましょう。


 そうして一時間ほど歩いている間に、ラフィオンがぽつぽつと事情を話してくれた。

 こんな森の中にいるのは、兄の仕業なのだ、と。

 元々ラフィオンを嫌っていた兄のレイセルドには、過去にも殺されそうになったことがあるという。

 それでも今までは、なかなか魔法を使えないラフィオンの様子に、いずれ分家に追い出すのならと、手控えてはいたらしい。


 けれど先日、ラフィオンは召喚術が使えるようになってしまった。

 その上、ラフィオンはこの一か月の間も練習を重ねて、初級のものばかりだけれど、他の魔獣も呼び出せるようになったらしい。


「だから目障りになったんだろう。俺が初心者同然の魔法使いのままなら、不名誉だからと家の奥に閉じ込められる。その後は、病死ってことにして始末しても、父は黙認するからな。だがこのままでは、表に出て行くことになる」


 ラフィオンの兄は、彼が兄弟として世間の人に紹介されるのが心底嫌だったようだ。

 前も思ったけど、どうしてそんなに嫌うんだろう。兄弟なのよね?

 首をかしげたかったが、このゴーレム首がないのよ。

 どうして? とラフィオンを振り返ろうとして、くるりと回ってから彼を背負っているのだから不可能だと気づく。

 でもそれで、私が疑問に思ったことを察してくれたんだろう。


「俺が奴隷の子だからだ」


 ラフィオンの答えに、私はまた振り向きそうになった。

 ……奴隷の、子?

 衝撃的な言葉に、足も一度止まってしまう。でもいけない。また魔獣が追いかけて来たらこまるもの。急がなくちゃ。

 再び私が歩き始めると、ラフィオンは続きを口にした。


「魔法を使えない子供は、分家の養子として追い出されるか、そのまま奴隷にされる……までは話したよな? 俺の母親は奴隷にされた身だった。王家に連なる貴族家の令嬢として生まれたが10歳で奴隷になって、貴族の家で飼われてた」


『飼われっ……!?』

 そんな単語がラフィオンみたいな子供の口から出てくると、どうしていいのかわからなくなる。なにせ故国ルーリスでは、あまり奴隷売買は行われないのだもの。

 私は足を止めないように気をつけて、続くラフィオンの声に耳を傾けた。


「だけど捨てると聞いて、父がもしかしたらと実験するつもりで買ったんだ。母は、元々は王族に近い貴族家の娘だったから、その血があればもしかすると、良い魔法使いが生まれるかもしれないって」

『うぅぅ……』


 私は今、自分がゴーレムで良かったと思った。人間のままだったら、吐き気がしたかもしれない。

 元々私も、政略に使われるしかない状況だった。その最終目標は、実家に協力してくれる婚家の子供を産むこと。ある意味、ラフィオンのお母さんと同じようなことを求められる。

 けど、自由はある。貴族の妻として生活できるということは、好きな服を着たり好きなものを食べることもできる。外へ散策に行くことだって思いのままだ。

 奴隷ではそれもできない。


 そして私は、ラフィオンがとても冷めた子になった理由がわかった。

 蔑まれるお母さんを、赤子の頃から見て来たのだもの。


「父は没落しかけた男爵家の当主だ。妻に迎えられるのも、初歩の魔術しか扱えない令嬢ぐらいだった。しかも兄レイセルドの母親は、魔法を使えると嘘をついていて、兄が魔法を使えると分かった途端に追い出された」


 う、ラフィオンの兄も、なかなか壮絶すぎるわ……。


「一方俺の母は、購入元から条件がつけられていたから、父は魔法が使えなくても追い出さなかった。それが元々、腹立たしかったんだろう」


 ……ひどい話だったわ。

 でも聞いたおかげで、殺伐としたラフィオンの家庭事情について納得できた。歪みを作っているのは父親なのね。だからってそのお兄さんが、八つ当たりするのは許せないけれど。

 それとも、こんな風に思うのは、ルーリスでは貴族が奴隷を頻繁に目にすることが無いからかしら。

 罪を犯した者が、刑として奴隷になることはあるのだけど、脱走を防止するために売り買いも頻繁にされない。

 そんなことを考えながら歩いていると、ラフィオンに「走れ」と命じられた。


『無理よ私、走ったら転ぶかも』


 通じないのに答えてしまう私に、ラフィオンが言った。


「魔獣が来てる!」

『え……うそおおおお!』


 ぐるりと後ろを振り返れば、大量にさっきみたいなネズミが走ってくるのが、木の間から見える。十……数十匹はいるわ。

 まだ遠い。けれど、木にぶつかりながらもまっしぐらに走るネズミ達、すぐにここまで来てしまうだろう。逃げきれない。


『どうやってラフィオンを逃がせばいいの!?』


 私も何十匹ものネズミとは戦えない。一匹と戦っている間に、ラフィオンが食べられちゃう!

 その時、大きな木が岩を間にして絡み合った場所を見つけた。木の枝のおかげでくぼみみたいになってる。そこにラフィオンを押しこんだ。


「おい、マーヤ!?」


 問答無用でぎゅうぎゅうと押して、その窪みを私が覆ってしまう。

 上手く行けば、人の匂いに気づかずにネズミ達も通り過ぎてくれるかもしれない。

 その可能性に賭けた。


 だって私は壊れたって痛くないし、エリューの所に帰ることになるだけ。でもラフィオンは死んでしまう。

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