第48話 召喚について話し合いたいと思います
ラフィオンは、元から王子の宮で寝起きする予定だったようだ。
確かに、ラフィオンだって四六時中警戒し続ける生活なんてできないもの。
状況が落ち着く――もとい、グレーティア王女の結婚について決着がつくまでは、なおのこと警戒するでしょう。
サリエル王子達の話では、レイセルドもバイロン公爵達の仲間になっているみたいね。だとすると、レイセルド自身にラフィオンが攻撃を行ったとしても、バイロン公爵に庇われてしまうかもしれないし……。
権力闘争はいつでも面倒なものね。
私はラフィオンが無事でいてくれることだけが願いなのだけど。
そのラフィオンは、私を連れてとある一室に入った。
以前に見た部屋よりも格段に広い。奥に寝台が置かれているので、ラフィオンの私室なのでしょう。
身分の上昇に合わせてか、そこには従者らしき少年も待機していた。
「お帰りなさいませ、ラフィオン様」
紺色のお仕着せの、ラフィオンと年が違わなさそうな従者の少年は、ラフィオンのマントを外させたりと世話を焼き、お茶を運んで退出する。どこかで従者をしていた子なのでしょうね。とても手慣れているわ。
誰もいなくなった部屋で、ラフィオンはため息をついた。
『それでマーヤ……聞かせてくれるか?』
『え? ええ』
何を聞かれるのかしら。そう考えていた私は、この時思いきり自分が変なことをしたのだって忘れていたの。
『なぜマーヤが、他の精霊を召喚できるんだ?』
『え? あ、そうだったわ……』
そうだった。
エリューにも珍しいことなんだと教えられたのに。
……酔っていないつもりだったけれど、少し気分が高揚して、頭の中がちょっと空っぽになっていたのかもしれないわ。
『しかも召喚された精霊が。……君の話を聞く限り、まだ精霊として生まれ出ていない君が、どうやって、しかも属性が違いそうな精霊を召喚できたんだ?』
『えっと。……この間の、私が人の姿のまま召喚されて、一緒に舞踏会で踊ったことを、覚えている? ラフィオン』
ラフィオンはじっと私が浮いている方向を見た後、うなずく。
『あの時ね、精霊として生まれてしまったら、もうラフィオンにゴーレムの魂として召喚されることがなくなってしまうから、頼んで精霊の庭に居続けさせてくれるようにしてもらったの』
『俺に……召喚されなくなる、から?』
疲れたような表情だったラフィオンが、目を丸くした。
あら、おかしいことを言ったかしら?
『ええ。もう協力できなくなるのは嫌だし。ちゃんとラフィオンが幸せになったところを見届けないと、精霊になってからも悔いが残ってしまうもの』
『悔い』
今度は少しやさぐれたような目になる。理由を聞きたいけれど、今はこちらの説明をしなくてはね。
『その時に使った、精霊の庭の管理者エリューの葉が、エリューの魔力がこもったものらしくて。精霊の庭との結びつきが強まって卵のままでいられる上に、魔力量が増えるらしいの。
そのおかげで魔力で酔っていたけれど、体を具現化できるほど力が増していたのですって』
『魔力量……なるほど。でも今回は?』
『今回は、酔っぱらってしまうといけないから、実験的にちょっとだけ葉をかじってみて、お友達を私も呼べるか試してみたの』
私はそこで『あのね』とラフィオンをじっと見る。
ラフィオンには光の球にしか見えていないだろうけれど。
『その、ラフィオンが最近、私をゴーレムとして召喚して戦わせてくれないから……。精霊のお友達が呼んでもいいって言ってくれたから、ゴーレムの体を作ってもらうために召喚できるか試してみたの。
そこまでしたら、ラフィオンも……考え直してくれるかと思って』
ラフィオンが視線をそらした。むむ、やはりわざとだったのね。
『戦いたい……のか?』
『もちろんよ!』
『マーヤは元々、侯爵令嬢だったんだろう? 貴族の娘だったのに、急に魔獣と戦ったりさせられて……。本当は怖かったり辛かったんじゃないかと思って』
けれど不安そうな気持ちでそう言われると……。私も、主張します! という調子で訴えかける気持ちがしぼんだ。
『そんな風に気を遣ってくれていたのね、ラフィオン。ありがとう。ちょっとは怖かったけれど、すぐに慣れてしまったわ。だって崖から落ちて死ぬ記憶よりはずっと怖くないもの。
戦って抵抗できるし、召喚されている場合は痛くもないの。それにラフィオンを守れることが、私は誇らしいのよ』
ラフィオンはハッとしたような表情になり、少し悔し気にうつむいた。
『俺が……ふがいないから』
『そうじゃないわ。私ね、貴族の令嬢じゃなかったら、魔法使いか剣士になりたかったの』
そういえば、この夢はラフィオンに語ったことはなかったなと思い出す。
『貴族のお嬢様だから、何もできないように育てられたわ。守られた生活に不満はなかったけれど、でも多少大変でも、自分の手で何かを成し遂げられたり、自分の足で歩いていく人生は素晴らしいものだろうなって、憧れていた。何より、私が強かったら崖から落ちたりしなかったわ』
だから、自分で戦えるのはとても心がすっきりするの。
『そんな風に悔いを解消できる機会を与えてくれて、ラフィオンにとても感謝しているし、ラフィオンを守るのは……死んでしまった自分自身にしてやれなかったことを、やり直しているような気分でもあるの』
『マーヤ……』
『だからね、私が精霊として新しい人生を始めるためにも、ラフィオンの側で戦わせてほしいのよ。何もできないまま見ている方が、辛いの。それとも私はもう……いらない?』
これは代償行為、というものかもしれない。
ただ、ラフィオンが心配だから戦わせてと言えば、彼は拒否しそうだったから。叙爵もされた立派な貴族の彼に、まだ精霊の卵の私が守ってあげたいのと言うのは、おこがましいし。
実際、ラフィオンは私を呼ばなくても、沢山召喚魔法が使えるようになったから、十分に敵に勝てるのだもの。
それなのに私を呼んで欲しいと言うのは、私のわがままだから。
だから私の方の理由を語ったのだけど。
ラフィオンはしばらく黙り込んで、考えていたようだった。
やがてぽつりとつぶやく。
『本当に、痛かったりはしないんだよな?』
『全くよ』
『そうか……。これが、マーヤのためになるのなら……わかった君を呼ぶよ。戦えるゴーレムとして』
私は舞い上がりそうなほど喜んだ。
『やったわ! ありがとうラフィオン! 私ももっと強いゴーレムになれるよう頑張るわね!』
『え、いやそこまでしなくても……』
そう言うラフィオンの前で、私は文字通り光の球の姿のままぴょんぴょん飛び跳ねたのだった。
転生したら精霊!? 元令嬢は召喚されました 佐槻奏多 @kanata_satuki
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