4. 2016年春 Part3

 理解も思考も追いつかないまま、怪奇現象は続く。ロバートの安全を確保しようにも、下手に動けばあの野郎、余計に事態を悪化させかねない。……ロバートでなくても、こんなのに慣れてないなら誰だってパニクるに決まっている。

 メールは続く。と時間の流れが異なるかのような文面で始まった。





 ***




 その街に来てから1週間、すぐに波乱万丈なことが起こるとは思っていなかったし、腫れもの扱いは覚悟していた。

 けれど、


「……アドルフさん」

「何すか?」

「書類整理は、僕がやる仕事じゃないんじゃ……」


 ため息が目に見えるほど、部屋の空気は埃っぽい。正直、ここ数日僕がやっていたことと言えば雑用と巡回くらいだ。……巡回すると変なのに会うけど。


「まあ、仕方ないんじゃ……」

「……僕のこと舐めてます?」

「……そんなことないっす」


 今の間は聞き逃してないぞ。

 アドルフというこの片腕刑事は、相手によって愛想のよさが変わる。まあビジネスで当然と言えば当然の範疇だけれど、一般常識として尊敬する相手にこんな態度はとらない。

 ……書いていてまた腹が立ってきた。


「……これ、読んどいてもらえます?」


 突然手渡された書類に書いてあったのは、10年と少し前の日付。いきなり何だろうと思って読むと、少年が被害を受けた集団暴行事件の概要。

 何でも、当時15歳の少年が傷だらけで湖に浮かんでるのが発見され、一命は取り留めたもののほとんど廃人状態になってしまった……とのこと。


「……胸糞の悪い事件ですね。抵抗できない少年にこんな……」

「抵抗できないから、憂さ晴らししたい奴らにとっちゃ好都合なんすよ」


 彼は、当然だろとでも言いたそうに吐き捨てた。

 ……いくら好都合だったとしても、許されることではないと思う。

 もやもやとした思いに悩まされていると、次の書類が目の前に置かれた。

 今度は2年前に足取りが途絶えたという、日本刀を使用する殺人鬼の話。


「……はい?」

「一応目を通しておいてください」


 サングラスの奥から、じっと見つめられている感覚。仕方なく二つとも目を通す。

 特に関連性があるとは思えなかったけれど、とりあえずメモは取っておいた。



 巡回に向かう際、廊下でこの建物にも亡霊がいる、という何度目か分からない類型の話を聞く。

 うんざりしている僕に、アドルフの呟きが届いた。


「まあ、亡霊って呼ばれてるのは確かにいるんすけどね」




 ***




 ここに書いておくけれど、この手記が出版できるかどうかは微妙でもあるんだ。

 数字が振ってあるものは僕が書いている。……そのはずだ。

 協力者……と言い切ってしまうのは、今のところ難しい。


 ……ロデリック。僕の言ったことをそのまま書いてくれ。

 君は、僕が信じられないのか?

 書き留めてくれ。これが真実に繋がるんだ。これが僕の伝えたいことなんだ。……きっと、そうなんだ。頼むよ、ロデリック。




 兄さん、こんなの作り話だったらよかったのに




 ***



 メールの文面に次々と綴られる怪文書。

 送り主がロバートなのかキースメル友なのか、どんどんわからなくなっていく。


 かかってきた電話のディスプレイには「Robert」。……でも、出てくるのはまた「Keith」か? なんて、出るまで緊張していた。


『ロッド兄さん、例の小説進んでる?なんでか気になっちゃって』


 聞き覚えのある声音に、思わず肩の力が抜ける。


「……お前、今どこにいんだ」

『え? マンチェスターだけど?兄さんが取材に付き合えって言ったんじゃん』


 ……小説にしてくれ、とキースが言いたいのか、それともロバートの記憶が混乱してるだけなのか……。俺にも、まだ訳が分からない。


「後で原稿送る。……死ぬなよ、ロバート」

『えっ、なんで?』


 ロバートは呑気だが、こっちからするとなんで? ……って状況じゃない。ホテルから連絡来てんだぞ。

 窓もドアも鍵かけたまま忽然と消えてたってな。


 俺達の停滞していた日常は、途端に一変した。……少なくとも、俺には最悪の出来事にしか思えなかった。

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