20. 役者

 ガキの頃のことなんて忘れて仕事に打ち込んできた……と言ったら、嘘になる。

 心の片隅では引きずっていたし、その証拠に……俺は今も、外に出ることすら億劫だ。

 メールの着信音で目を覚ます。ロバートのアドレスじゃない。「Keith-BCB@GGmail.kom」と、送信者欄には表示されていた。




 ***




 ロッド兄さんと電話をして、この体験をまとめたデータとメールを確認。内容を印刷して、考え込むこと一時間。


「ある罪人の記憶」という題名の、ロッド兄さんに送られてきた文字化けメールを解読した文章。他にも、BBSやロッド兄さんのテキストファイルに勝手に書き込まれた謎の文章とか……。


 僕が真っ先に気になったのは、「ある罪人の記憶」の中にあった「ハリス家長男」の文言。


 ……僕達の家は、父が職業軍人。祖父や曽祖父なんかは陸軍でだいぶ活躍していたらしい。

 だからこそ、僕達兄弟も「そうであれ」というふうに教育されてきた。末っ子である僕も、幼い頃から結構厳しくされたけど、長男ともなるとその重圧は更に大きい。


 ……だから、ロジャー兄さんは、家族を捨てた。

「お前達のような愚か者には分からない」

 そんなことを吐き捨てて、家を去った。

 その選択が間違っていたとは思わない。でも、間違っていないからこそ、ただひたすら気に食わなかった。

 そのあと、行方不明になっていたロジャー兄さんの幼馴染みであり、彼の妻でもあったローザ姉さんの死体が見つかった。

 ロジャー兄さんが殺したのかと家は騒然となったけど……きっと、一番苦しかったのは、その時まだ12歳とかだった僕じゃない。

 軍人にも向かないほど優しかった、次男の……


「ロブ!ごめんね呼ばれてたのに!」


 何もない空間に、軍服を着た青年が現れる。

 僕の、一番大好きな兄だ。


「……ロー、兄さん」

「あれっ、泣いてる!?ど、どうしたの?」

「だ、大丈夫だから気にしないで!」


 過労で倒れ込み、そのまま列車に轢かれたのか

 それとも自殺だったのか

 僕にはわからない。ただひとつ、はっきりしているのは、


 この優しい兄さんを殺したのが、ロジャー兄さんだってことだ。


 ……この文章を見る限り、ロジャー兄さんは、義理の兄で竹馬の友もあったロン兄さんのことも殺したんだろう。とことん、目的のためなら手段を選ばない奴だ。


「……ロブは、ロジャー兄さんのことどう思ってる?」


 ふと、ロー兄さんの声が沈んだ。……ロー兄さんは優しいから、あまり彼の前でつらい話はしたくない。


「兄さん、大丈夫だよ。僕は平気だから」

「……うん、そっか」


 いつも通りニッコリと笑って、ロー兄さんは立ち去った。

 再び印刷した紙を眺めて、そのひとつに「レオ」という名前があるのに気づく。


 ……気は進まないけど、明日はあいつの話を聞いてみるか。




「……ああ、本当に馬鹿だね、ロブは」


 オールバックの男が、廊下で嘲笑する。


「ローランドは、君のことも愛してなんかいないのに」


 軍服の男が、呼応するように呟く。


「……ロジャー兄さんもロナルド兄さんも……ロッドもロブも、ローザ姉さんも、みんな、俺は大嫌いだよ」


 涙を流す、優しい優しい「ローランド」。

 何もかもが信じられないと、いつか、きっと思い知るだろう。



 ロバート。君はもう、足を踏み入れてしまった。




 ***




 ……ああ。

 そんなにも、あなたは俺達が憎かったのか。


 当たり前だよな。


 月明かり差し込む部屋の中、よろよろと机に向かう。……今は、何も考えたくない。何も思い出したくない。

 あの死を、あの痛みを、……あの叫びを、これ以上は……。


 とっくに枯れ果てたはずの涙が、ぼたぼたとキーボードに落ちる。言葉少なに文字を綴り、再びベッドに潜り込んだ。

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