62. ある作家の証言

「……そうだね。順を追って整理してくか」


 ともかく、敗者の街あっちとの接続が戻るまで、こっちでやれることをやるしかない。


「一番手近に、あんたの家についてだ」


 唾を飲む音が耳につく。……よっぽど触りたくないことらしいが、こんな状況だし仕方ない。

 アンダーソン家長男は嘘つき。長女は何も語らない。次男はまだビビってる。

 ハリス家長男は死人に口なし。次男は気が狂ってる。3男は記憶に蓋をしてる……。


「……一応聞くよ。どっちかの家にもう1人や2人兄弟姉妹がいるとか、実は誰か一人は存在しないとか……そういうのはないね?」

「……たぶん」

「たぶんって……」


 もしかしたらいるってことにならないか、それ。


「少なくとも俺は知らないし……いたとしたら隠し子ってやつになるんで……。これ以上そういう感じのはやめてほしいですね……」


 まあ、それもそうか……。


「分かったよ。ったく……、似たような響きばっかでややこしいったらありゃしない。ルッジェーロにオルランドにロベルトならややこしくないってのに……」


 ロジャー、ローランド、ロバート……語源は同じだからね。たぶんだけど。

 ロデリックならロドリゴ、ロナルドならロナウドか……前言撤回。どっちみちややこしい。


「バイリンガルなんですか……すごいですね……。俺なんかパソコンに日夜頑張ってもらってんのに……」

「フランス語もいけるけど」


 あ、今のもしかして皮肉ってやつ?

「今時言語の壁なんてハイテク機器でなんとかなんのに田舎モンはこれだから」って?


「……英語は大概通じるんで……」


 何さ、いっちょ前に丁寧なクイーンズ発音イングリッシュなんか使っちまって……。


「悪いけど、現実逃避はここまで。きっちり話してもらうからね。……それで、あんたにとっても弔いになるはずさ」


 でも、と、吐息で声が紡がれたが、相手はやがてつっかえつっかえ話し出した。


「俺が、まだ14くらいの頃……」




 ***




 珍しいと思うかもだが、俺の国じゃ年度明けは4月だ。知り合いのパリ在住女子大生……正確にはパリに住んでたことあるおっさんによると、カナダや日本もそうらしい。

 ……ロジャーさんが死んだのも、4月のことだった。

 うちの兄貴と同じで、休暇にしか家にいねぇ人だったが……なんでも、うちのお袋と折り合いがつかなかっ……。…………虚勢はっても仕方ねぇか。


 うちのお袋……ドーラ・アンダーソンは悪魔だった。人の不幸が大好きで、人を踏みにじることに躊躇いもなんもない。自分さえよけりゃそれでいい……そういう人だった。

 兄貴は性格が似てたから好かれた。姉貴もまあまあ良くされた。……それで、俺はみそっかすだった。


 つまりはだ。お袋が殺ったんだよ。酒に酔ったところを足引っ掛けて、ふざけて階段から落とした。……ほんとに、遊びのつもりだったらしい。

 それで、見てたうちのクソ兄貴と口裏合わせて、「変な薬でもやったんじゃないか」って、向こうの親父さんに吹き込んだ。……あっちは事を荒立てたくない人だったから……病気で死んだことにしたんだとか。

 俺は、ナタリーさんも不憫な人だったと思う。だけど、それでも、ローランド……さんに言ったことは許せそうにない。




 お袋がロジャーさんを殺したって知って、ローザ姉さんは心底怒り狂った。……あの人、ガキの頃からロジャーさんを好いてたから、そりゃあそうなる。当たり前だよ。

 たぶん、衝動だったんだろ。殴って殺しちまった。

 埋めてたのを見ちまったから、「こんなとこから逃がしてあげる」って……自由と引き換えに、口止めを頼まれた。手を引かれて家を出る時、ロバートと目が合ったけど……その青さを直視できなかった。


 ロバート、なんで死んだのが姉貴だと思ったんだろうな。ナタリーさんがそう言ったっての、ちょっと信じられねぇんだよ。

 本当は、ちょっとでも懐いてた「ローザ姉さん」が人殺しになる方が嫌だったんじゃねぇのかな。……まだ、初等教育プライマリーも終わってすぐだったし。


 それから、1年ぐらいは経った頃。

 新居の電話がけたたましく鳴った。


『……はい』

『その声、ロッドか!?』


 姉貴は当時、ローランドさんだけには連絡先を教えていた。

 二人暮らし……ってわけでもなく、むしろほとんど一人暮らしだった。仕事に血眼の姉貴は、今だって帰ってくる方が珍しい。


『……ロー兄さん……』


 会いたい、なんて、言えなかった。


『ロッド、俺、殺される……いや、違、殺されてる……!』


 焦燥に彩られた声の間で、なにか、音を聞いた。


『……この、音……』


 馴染みのある、音だった。


『……兄さん?』


 ポケットから携帯を取り出したんだろう。

 手頃な番号にかけたら、ここに繋がったんだろう。

 ……なんで、聞いちまったんだろうな。


『兄さん、どこの駅にいるんだ?』

『……っ、駅じゃない、ないけど……!』


 そう、言いかけて、


『……ああ……もう、死んじまうか、もう死んでいいよな。この際楽になっとくか。くそったれ』


 全てを諦めた言葉の後ろで、聞き覚えのある音が迫っていた。

 そして、耳を突き刺す金属音。


『……ッ!?ロー兄さん!?どこだよそこ!!』


 最期のセリフを、今も忘れられない。


『次は……ハットフィールド……ッ、あ──』


 あの絶叫が耳にこびりついて、今も離れない。


 ハットフィールド駅付近での人身事故……だったか、ちっちゃく記事にはなったと思う。

 あの時期、こっちじゃ列車事故だらけだった。線路の損傷を報告しようとしたローランドさんを、運転手が誤って轢き殺した……ってことになったはずだ。……腐った枕木を握ってたらしいからな。

 ……あの電話のことは、ローザ姉さんに言おうがロバートに言おうが、信じちゃくれなかった。ロバートとは絶縁状態にまでなっちまったよ。


 線路でロー兄さんが倒れてたのを見た人はいたが、周りでは人影も目撃されてないし、痕跡もなかったんだと。

 葬式には行けなかったけど、やがて、兄さんは生きてるみたいに俺のとこに来た。……電話のことすら、さっぱり忘れた状態でな。

 ……そんで、あの電話が来た日は何故か、死んだ日の一日前だった。


 その日から、俺たちの時間はおかしくなったんだ。




 ***




 話を聞いて、しばらく黙るしかなかった。

 ……めちゃくちゃホラーじゃないか……。


「……こ、これは、殺人事件なんじゃないのかい?なんかのトリックを使って、電車を使って殺した……みたいな……」

「まあ、仮にホームズみたいなの呼んできたとしても、そもそも兄さん自体幽霊みたいなのになってます」


 ちくしょう、確かにその通りだよ。


「で、電話が来たのはローランドが死んだ日の一日前って……ほんとなのかい?」

「はい。ナタリーさんが言ってた死亡日時……確かに、俺が電話聞いた日とズレてました。だから……キースの時もそうかなって……」


 いや、まあ、死んだ後に来ても怖いけどね……!?

 そん時も引きこもってたから……ってのは、まあ、違う……よね……?

 過去にそんなことがあったら、また未来からSOSが来たと思っちまっても仕方ないか……?結局助け呼んだのは同じやつみたいなもんなんだし!!


「……あ、そうだ!即死じゃなかったんだよ!胴体がダメになるほどの事故でも、すぐ死なないやつは死なない!」


 これならひとつ、怪奇要素は減る!!


「……あー……即死じゃなかったっつーのはそうらしいっていうか……病院で処置も受けたみたいなんで、少なくとも数時間生きてたってのは確かに……。……兄さん…………」


 ……よ、余計きついじゃないか……。


「し、しっかりしな!仇をとりゃいいんだよ。幽霊だろうがなんだろうが、それが本当なら立派な他殺だ。相手が死んでようが構うもんか。きっちり落とし前つけさせな」

「……どうやって?」

「そんなもんこれから考えるんだよ。あんたも前に進まなきゃ、ローランドはいつまで経っても縛り付けられたままさ」


 沈んだ涙声は震えていた。だけど、だからこそ、元気づけなきゃならない気がした。


「……俺は……あの人が笑って生きられるなら、なんでも良かったです」


 次々と溢れる嗚咽。


「復讐とか、仇討ちとか、弔いとか、そういうのはいいんですよ……!ロー兄さんはもう死んでる……あとは、それを受け入れるしかない……。あの人に未来がないってんなら、俺が立ち上がる意味なんかあるんですか!?」


 悲痛な叫びが、後悔と罪の意識を映し出していた。


「……じゃあ、あんたはそいつを生き返らせな」


 息を呑む音。


「そんなの……だいたいの話でタブーですよ……」

「そりゃそうだ。簡単に取り返しがついちゃ、軽く扱われちまう。……だけどあんた、今回の出来事を「簡単」だとでも思ってるのかい?」


 人を生き返らせちゃいけない、なんて、誰が決めたんだ。

「敗者の街」だろうが「迷い子の森」だろうが、生と死の境が曖昧な場所なんだろ?だったら……


「もしこの先で誰かが生き返るって可能性があるんなら、あたしは迷わずアンジェロを選ぶよ、今んとこはね。……これから先、ローランドを生き返らせたくなるほどのもんを見せてみな」


 長い沈黙。

 やがて、「……はい」と、感情の決壊した声が聞こえてきた。

 口からでまかせのつもりだったけど、ガキの頃も、似た願いを抱いた気がした。

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