34.「殺人絵師 Sang」
Sang……フランス語で、血液、だな。
物騒な名前だが、描いてる絵に血生臭さはねぇ。だが……ファンの中に自殺者が多いってんで、勘繰られてる絵描きだ。
俺が思うに、あいつの絵が呪われてるわけじゃねぇだろうな。名前の気味悪さと素性の知れない怪しさで尾ひれついてんだろ。
……ああ、でもな、そいつの絵に呪われてるやつが一人いるのは事実か。
本人だよ。その呪いがあいつ……カミーユにとって良いことか悪いことか、俺にゃさっぱりわかんねぇけどな。
……そういやあいつ、どういう意味で「血」なんて筆名にしてんだろうな?
***
「おーい、生きてっかー?いや、死んでたっけ?」
歩いていたら、突然カミーユの首が取れた。
本当に、つまづいた瞬間にポロッと取れた。
レオは普通に話しかけてるけど、何これ。どういう状況?
「ロデリックくんに電話!」
僕の口から飛び出したのは、キースの言葉。
思わず言われた通りに電話をして……
「ロッド兄さん、カミーユの首が取れたんだけど……ど、どうしたらいいかな……?」
『…………はぁ?マジかよ……』
なんかすごく疲れた返事が来た。
「あ?んだよ。言いたいことあんなら言えよ」
座り込むレオの言葉に呼応するように、左手だけが動いてなにか伝えたがってるのは見なかったことに……しちゃダメだよね。
……左手だけが?
「……ロッド兄さん、いったん電話切るね」
『は?え、なん……ちょ、マジでここで切っ』
慌てている声はとりあえず置いておいて、スマホをその手に渡す。メモアプリは起動しておいた。
『そこの人に退いてって伝えてくれる?』
左手が高速で文字を打つ。首はまだ取れてる。笑えばいいのか怖がればいいのか。
「……レオ、退いてあげてって」
「あ?オレ?」
レオが後ろに下がると、黒い霧が吸い込まれるように首の断面に集まる。
……左腕が自分の首を探している。
笑えばいいのかなこれ。
「ノエル、もう少し左だ。惜しい、今度は行き過ぎた。実に滑稽だから、ボクに肉体があれば写真に収めていたかもしれない。もっとも、写真を撮るのは得手不得手でいうと断トツの不得手だ。つまりは、真実よりもさらなる無様さを後世に残すことになる。それは流石にカミーユが哀れというものだろうね。……ああ、ごめん。次はもう少し上だ」
と、語るのは首……ではなく、胴体側じゃない方の断面から漏れる……白い……霧?靄?なにこれ?
唖然としている僕達を差し置いて、左腕?というかノエル?が首を鷲掴み、胴体にくっつけた。
「サワ!!楽しんでないで真面目にやんなさい!」
……この喋り方聞いたことある。
「……ノエル。だからさ、僕の口で何か言うの……ほんと……自重してほしいな……」
消え入りそうな声で、カミーユらしい声色に戻る。ふらふらと起き上がりながら、右手で顔を覆っている。
……笑うべきだよね。これ。うん、むしろ笑ってあげよう。笑えないけど!
「それで……もしかすると、君は既に死者なのかな」
笑うにも笑えず、なにか言おうにも言葉が出ず、困りきった僕の代わりにキースが要点を聞いてくれる。
「そうだね。その時はなかなかキツかったよ。ああ、ここで死ぬんだ、殺されるんだって絶望と陶酔と、ここでじゃ何も描けないっていう凄まじい無念。理由がとある腐れ外道に毒を盛られて放置って感じでさ、神経毒が回ったら麻痺が怖いし……とりあえず首と四肢を切り落として、ついでにそのド畜生への嫌がらせで壁にサインを残しておいたんだよね。そこまでも大変だったけど、この肉体も僕だけじゃ保てないし。だから、サワとかノエルとかに協力してもらってるわけ」
何を言ってるのかさっぱりわからない。びっくりするほど理解できない。
これは何語?そもそも人間の言語?
「……どういうこと?」
「えっ、絵が描けないとか本気で嫌だったし、何とかするのって絵描きとして当たり前じゃない?」
「…………うん?」
キース、安心して。僕にも全然わからない。何言ってるんだこいつ。
とりあえず、自分の口で聞こうと交代する。
「えーと、そのノエルとかサワ?って、誰?」
「ノエル・フランセルは生前からの付き合い。筆名だけどね。あ、本名はジャック・オードリーね。もしかしたらローランドくんも知らないかもだけど、一応「Awdry」だから気をつけてって意味で伝えとく。生前は殺人鬼だっ「殺人鬼じゃないわ。趣味の範疇で殺し屋をしていたの。ちゃんと依頼だって受けてたんだから!」……うん、分かったから僕の口で喋るのやめて。で、サワは僕が拾った人形に取り憑いてた。……人形じゃないね。「我が友」ってタイトル……あっ、名前?ついてるんだったね。ごめんね」
……だめだ余計意味不明になった。
何これ、どういうこと?この人はいったい何?どこから突っ込んだらいいのかな。
「マジで!?ノエルちゃんって男!?」
レオ、お前はどこに驚いてるんだよ。まあ、バカなのは知ってたけど……。
……というか、名前だけならむしろ、「サワ」の方が女性っぽいような……。
「と、とにかく、連れていきたい場所って?」
「ここ」
「へ?」
「この……閑古鳥がすごい……診療所。……診療所なんだよね、これでも」
指差した先には、廃墟っぽい玄関しかない……あ、よく見たら看板ある。確かに掠れた文字で、医院とは書いてある。でも何科だろう。
あ、大きめの文字でなにか書いて……「※子供お断り」、か。なら、小児科ではな……待って、ここ怪しすぎない!?
「ここは怨念が……まあ、ほかに比べたらだけど寄り付きにくくて、稀に本来の世界と繋がる時すらある。……で、僕は肉体の足りないパーツを一部怨霊とかよく分からない何かしらに頼んで補ってもらってるから、この医院の近くでなおかつそこのバカとのパーソナルスペースが近すぎた場合、首とか落ちやすくなるんだよね。ホント迷惑」
肩が凝りやすいみたいにさらっと言うな。
というか、足りないパーツを何で補ってるって……?よく分からない何かしら?ええ……?
で、でも、今大事なのはたぶんそこじゃないよね。ええと、何だっけ、怨念が……
「……おい、顔面偏差値優等生ども。さっきから玄関でガタガタうるせぇんだよ。冷やかしならとっとと帰ってくれませんかねぇ……」
……寄り付きやすくて、異世界に繋がる可能性がある場所だったっけ?
確かにこの負のオーラはすごい。こんなの普通の人間には出せない。ドアの隙間から覗いてるだけなのにわかる。声から既に滲み出ている。これは……まさかフランケンシュタ……
「……いや、ただの僻み根性だよ?コイツ、ちょっと外見のコンプレックス拗らせてて」
「へぇえ!?芸術への妄念こじらせてる残念なイケメンには言われたくないんですけどぉ!?」
うわ、またカミーユに表情で思ったこと読まれた。
……ドアがさらに開く。あ、本当だ。ちょっと……いやかなり身長は大きいけど、普通の人だ。姿勢が悪くて髪がボサボサなだけだった。
「おいそこ、「不細工だから怪物かと思った」とか思ってんだろどうせ」
「……確かに、怪物かとは思ったから否定できないかも」
「…………うん……。そこは……できたら、否定して欲しかったなぁ~……」
そして、なぜか初対面で凹ませてしまった。
「……なぜかじゃないよ。そういうことは……まあ、思ってても言わないだろ……」
……キース、冷静なツッコミありがとう。
うん、でも、傍から見たらカミーユと似たような状況だと思うと、複雑すぎる……。
「……今、失礼なこと思ったよね?」
だから、表情で心を読まないで欲しい。
不安になってきた。本当にこの人信じて大丈夫かなぁ……?
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