12. 2016年春 Part5

 俺は兄貴が嫌いだ。……理由は色々あるが、あの人のことを考えると惨めな気持ちになるし、何より、忘れたいのに忘れられない過去を突きつけられることになる。

 鬱屈した気分の中、とりあえずタバコに火をつけた。……寂しさを紛らわせるためにちょっとだけと吸い始めたが、癖になっちまってロー兄さんに止められてもなかなか治らない。

 ……と、また、ロバートからメールが届いた。




 ***




 あまり何もできないまま、夏になろうとしていた。

 街を見て回ってはいたけど、やはり、僕にできるようなことは何もない。


 初夏に近づいているのもあり、疲れてベンチにもたれかかる。今日はあのチンピラはいない。


「……はぁ」


 思わず溜め息。そんな時、目の前に誰かが立っているのが見えた。いつの間に?と顔を上げると、じーっと青い目でこちらを見つめてる……ええと、どちら様……?


「……どうぞ……」

「え?あ、うん」


 渡されたのは、弁当。え?なに?なんで?


「頑張ってる、お礼」


 ぺこりとお辞儀をして、その人は去っていった。……不思議な雰囲気の人だったけど、なんだか癒される。

 恐る恐るお弁当を食べてみたら、かなり美味しかった。誰だったんだろう、あの人……


 でも、少しだけ荒んだ心が癒された。

 大して書くことでもない気がしたけど、それでも、すごく嬉しい気持ちだったから書いておく。



「……また、あの街行ったの?」

「うん」

「俺、やっぱり逃げてたらダメかなぁ……」

「逃げたい?」

「無理、罪悪感で死にそう」

「じゃ、だめ」

「うん……」




 ***




 ほっと、肩の力が抜けるのを感じた。

 電話先の声音も、いつもよりロバートらしく感じる。


「お前の癒し報告を誰が求めたんだよ……」

『え、いらなかった?』

「めっちゃ欲しかった……」


 ロバートの自我が安定してきているのは、文章からもわかる。

 語り口調が「キース」より堅苦しくない。


『……ロッド兄さん。僕が僕じゃなくなったら、研究室のパソコン代わりに処分してね』

「自分でやれ」


 ロバートは歴史学者だが、パソコンにはなにかいかがわしいものでも忍ばせているのかもしれない。……もしかして、エロい画像とか?

 それは置いておいて、こんな時に冗談でもなく真面目に言うあたり、こいつの能天気さが伝わってくる。


『……そうだよね。僕が、なんとかしないとだし』


 いつものように明るい声で、ロバートは自身に気合を入れた。

 ……したたかな奴だよ、本当に。


「ところで、最後の会話は?立ち聞きしたとか?」

『……え、なにこれ。知らない』


 結局ホラーかよ。

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