27. 場外

 向き合う時が訪れたのだと、俺にだってわかってはいた。

 ……それが終わりに繋がると分かっているからこそ、先に進みたくない気持ちが胸に広がっていく。


「……それにしても、何なんだ?このサイト」


 ロバートから言われたことを自分なりに文字に起こし、掲示板に書き込むことにしたのは俺の独断だった。

 こっちの世界とロバートを切り離さないための策だったが……レスでなくデータ自体に書き込みがあったり、ついたレスに訳のわかんないことが書いてあったりした挙句、最近はサーバーのエラーでまともに書き込めない。ここまで来ると怖さを通り越して笑えてくる。


 以前メル友から教えて貰ったその掲示板は、都市伝説やらなんやらについて書き込むだけの過疎ったサイト。そして、その教えたメル友こそが「キース・サリンジャー」なんだが……どうやら、そういった人物本人は実在しないらしい。


 困り果ててカミーユにメールを送ると、『大丈夫?弟くんは私が見てるから安心してね』という内容。あからさまにごてごて飾られた絵文字をやめる気はないらしい。


「安心はできねぇけど、いないよりは……」

『いつまでネカマやってんだって突っ込んでくれない!?』

「序盤から知ってたからな……」

『えっ、なんで?捨て身でパリの女子大生ノエル(19歲)って設定つけてたんだけど!?』

「コンタクトきたあたりで、こりゃアラサーの男だな……って思ってた」

『ごめん。僕アラフォーなんだ』


 おい、話題逸らしてんじゃねぇぞオッサン。未だに初恋引きずってる俺を釣ろうとか百年早いし、そもそもネット恋愛絡みの経験なんざもはや焦土しか残ってねぇよ。


「メル友の方のキースって誰」

『キース・サリンジャーって概念のうちの誰かじゃないかな!』


 だからテキトーなこと言ってんじゃねぇぞネカマ。幽霊に4体憑依されてる系の話はこの際信じる。てか有り得る。


『僕の聞きたいことに答えたら、教えてあげる』

「……どんな?」


 文面から絵文字が消えて、ぞわっとした。中味がどろどろに腐ってると分かりながら、古びたビン詰めの蓋を開けざるを得ないような、そんな予感がした。


『ロバートくんって、君から見てどんな子?鈍感だと思う?』


 ほら、やっぱりな。


「…………あいつは、色々敏感だよ。だからタチが悪い」

『どういうこと?』

「息をするように嘘をつくんだよ。自分にもだ。見えてるくせに、見えてないって思うのに慣れてやがる。辻褄合わせるための思い込みにも慣れやがった。いつもそうやって現実から逃げてんだよ」


 やり切れない嫌悪を文章にぶつける。3割はロバート、7割は俺に当ててのものだ。

 俺は自覚しててなお、引きこもって逃げてんだから、積極的に動くロバートの方が断然マシだ。


『そう。まあ仮に君が来たとしても足手まといだし、引き続き「外側」でロバートくんのサポートをしてあげてよ』


 分かってんだよ。俺はいつでも足手まといだ。


「……それくらいしかできねぇし」

『はぁ?大事な役目なんだけど。卑下しすぎるとむしろ失礼にもなるってわかって言ってる?』


 くそ、ネカマ釣り師に礼儀を説かれた……。

 悔しいが、今は拗ねてる場合じゃない。


「……で、キース・サリンジャーって誰」

『最初に君とメールしてた方は、僕の弟。友達が欲しいって言うから、たまに僕も手伝って文面(設定もかな)作ってた。メールしてる横で興味ありそうにしてたから、つい(僕の弟可愛いから仕方ないよね!)』


 なるほどな。ネカマしつつランダムにSkipeチャット突撃して、釣った相手を弟に紹介してたと。悪趣味だなこいつ。


『本名でやらせるのは心配でさ……。あの子純粋でほんと天使だから。でも友達欲しいって言われたら断れなくない?』


 聞いてねぇよ。ネカマでブラコンで呪われた噂持ってる絵描きで幽霊に取り憑かれてるドMとか一人で盛りだくさんすぎるだろ。


「……じゃあ、殺されるかもってメール送ったのもそいつか」


 途端に、ポンポンと連続してた返信が遅れた。

 数分後、返ってきた答えは、


 ……シンプルな、その答えは、


『それを送ったのは、ローランドくんだよ』


 背後に、気配を感じる。……懐かしい、いや、いつも頼りにしてる気配。


「……ロッドって、いつも呼んでるじゃないか」


 悲しげな声。


「……なぁ……いつまで苦しめる気だよ。いつまでお前らは……」


 モニターに光が反射して、血塗れの青年がボサボサとした黒髪のすぐ背後に浮かび上がる。

 俺たちは、決して「巻き込まれた」わけじゃない。

 これまで場外にいたのは、見逃されていたからだ。


「俺も最初、キース・サリンジャーとして迷い込んだんだよ。一番「コルネリス」に近かったかもな。だって、俺は……」


 血塗れの手が、肩に置かれる。


「……あれ?どうしたのロッド。俺のこと呼んだ?」


 ケロッとした表情で、兄さんは「また」何事も無かったかのように話し出した。

 つい安堵してしまいながらも振り返ると、軍服は真新しく、目立った汚れも見当たらない。


「…………なぁ、兄さん。兄さんは……俺らのこと、憎んでる?」

「え?何で?みんな大事な兄弟だよ?」

「……だよな……そう、だよな」


 ああ、「その兄さん」なら、そう言うだろうよ。

 ……いつかの絶望を思い出す。ロバートも見たあの慟哭に幾度か触れた時点で、俺は、固く蓋を閉ざすことに決めた。

 痛みに触れる覚悟も、苦しみを直視する勇気も俺にはなかった。


 携帯の着信音が鳴る。

 ……ロバートからだった。




 第二次世界大戦後、国連軍に共に従事した二人の英国軍人がいた。

 レイモンド・ハリスとレックス・アンダーソン。

 彼らは互いをレイ、そしてロイ、と呼び合い、年月を経ても信頼しあっていたように見えた。……実の子である、俺たちにさえも。


 彼らの……いや、俺たちの因縁については、また、いずれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます