18. ある罪人の記憶

 本当に、俺じゃなかったんだ。


「記憶が無いんですよね?」


 確かに混乱はしたが、銃を手にしたはずがなかった。


「責任能力はなかったと思われます」


 殺していない。俺じゃない。


「お前は悪くねぇよ」


 俺じゃないと、言ってるじゃないですか。


「じゃあ、あの場に他に誰がいたんですか?最初に駆けつけた警官以外は死んでいたんですよ?」


 そんなはずがない。俺が殺したわけがない。

 ……俺じゃないんだ。本当に。


 いつからか、俺が殺した気がしてきても、否定し続けた。

 周りは信じなかった。名前が、外見が目立つからか、ただ単に呼びやすいからか、噂はすぐ広まった。


 そして、あの日、俺は




「何があったの?」あの辛苦を、


 ……俺を、殺したのは誰だ?


「……どうかした?」あの屈辱を、あの無念を、


 俺は、確か何度も奴らを殺して……殺される度に……待て、今日は何年の何月だ?


「え、2016年の7月……」あの孤独を、

 あの悔恨を、


 ……7月?8月すらまだなのか?


「混乱してきたのかな、落ち着いて」

 あの絶望を、

 忘れるな


 違う、そうじゃない。……そうじゃない!

 俺は、あの日……


 ──忘れるな


 誰に、殺された?




 この憎しみを、忘れるな




 ***




 2016年、とまた記されている。

 今は2015年じゃ……と、思いつつ、なるべく触れないよう記憶の蓋を閉じる。

 耳にこびりついて離れない列車のブレーキと、助けを求める声から無理やりにでも思考を切り離した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る