32. ある罪人の記憶

「愛しているわ、カミーユ」

「僕もだよ」


 嘘つき。


「あなたが一番素敵よ」

「そっか、嬉しいな」


 嘘つき。


「あなたは、とても素晴らしい人ね」

「君も、とても魅力的だよ」


 嘘つき。


 君が好きだったのは、僕じゃないよ。

 君が愛したのは、僕の作品Sang。僕自身じゃない。


 あなたが愛したのは、わたしじゃないわ。

 あなたが見ていたのはずっと、ずっとずっとずうっと……あなたの芸術に惹かれたエレーヌわたし




 永遠に、許さない。逃がさないわ。

 描き続ければいい。気が狂ってもあなたは描き続ける。

 それを、望んだのはあなたよ。




「……カミーユ、ボクは確かに協力者だ。だからこそ、伝える義務がある」


 知ってるよ、サワ。


「キミに取り憑いてる霊は、ノエルとボク、そして「我が友」……3人だけだ。もう1人なんて、ボクには感じられない」


 ……分かってる。それでも、いるんだよ。


「エレーヌの声が聞こえるというのなら、きっと、それは幻聴。ゆっくり休みなさいな。そうしたらいつか消えるわ!」


 ……エレーヌは、いるんだよ。

 そこで、僕を見ているんだ。


 彼女は決して僕を逃がしはしない。

 彼女がいる限り、僕は、芸術から逃げられはしない。


「カミーユ。それはね、エレーヌじゃないよ」


 …………彼女は、エレーヌは、


 僕を誑かした悪魔であり、僕を導いた女神であり、僕の、罪そのものだ。


『カミーユ。最も愛し、憎んだ男。あなたは神も悪魔も信じなかったわね。なら、救われる手立てもないわ。ずっと「Sang」に苦しめられればいい。永久に呪ってやる!死ぬまで芸術に囚われてしまえ!!』


 ……ノートに書き殴られた呪詛。

 その呪いこそ、最高の祝福だよ、エレーヌ。


「…………そう。貴方は、愛されていたかったのね」


 刻一刻と消えていく、彼女の声、姿、記憶。


 だから、描いた。君の姿を、忘れないうちに。

 愛しい寝顔あくまも、心を切り刻む死に顔めがみも!


 さあ、また会いに来て。

 背後から抱きしめて、そして、ナイフを首に突きつけて、


 ──あなたとなんか、出会わなければ良かったわ


 僕の心を、何度も何度も何度も何度も殺して……!

 それが、「Sang」の糧になる。その苦痛が、その悦楽が、僕を狂わせる。その刹那に、その深層に、至上の美が確かに……!!


「……エレーヌは、もういないよ」


 ……そんなこと、僕が一番知ってるさ。

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