40. CamilleとBrianの記憶

 兄さんは、優しい。

 すごい絵をたくさん描いていて、僕にもよく見せてくれた。


 でも、兄さんは、僕よりずっと大人だから、

 カナダを出て、絵の勉強をするって。


 本当は、たぶん、寂しかった。


「わがまま言わないの。いい子にしててね」


 寂しいよ、兄さん。

 そう言いたかったけど、我慢した。叔父さんたちも、優しいから。


「……その足を引きずって一人旅は苦労するぞ。電話くらいは寄越しなさい」

「はいはい……。……頼みましたよ、弟のこと」

「もちろんだ。君も、真面目に頑張りなさい」

「……頑張りまーす」


 兄さんは、そのまま飛行機に乗って、旅に出てしまった。

 何でも、色んなものを見てからフランスの方に向かうんだって、聞いていた。


「そっか、ブライアンはお兄さんが大好きなんだね」


 名前も忘れてしまったあの子が、そう言ってた。

 大好き。そう、大好き。大好きな……はずなんだ。


 電話はたくさん来たし、手紙も来た。

 でも、たまに来なくなった気もする。




 家が火に包まれて、

 おじさん達が亡くなって、

 怖い人たちに捕まって、


 それから、


「このガキどうする?」

「でも、顔見られたんだし……」

「はぁ!?そもそも火ィつけたの誰だよ!」

「お、お前がうっかり殺すからだろ!」

「脅したらなんとかなると思ったんだよ……!」


 その人たちが、僕の前で騒いで、

 色々、うまく、思い出せない。


「どうも。ベレゾフスキーです」

「あ、先生……!待ってましたよ!」

「……深くは聞きません。怪我人は?」

「えーと、こいつと、こいつと……」

「…………なぁ、あの子は?」

「……グリゴリー、深入りするんじゃない。この前も、「変なお友達」に騙されただろう」

「……ごめん、親父。俺……」

「こっちこそだ。……お前には、情けないところばかり見せてきた」

「え、ええっと……助手さん?いかついっすね……」

「……息子です」

「……あっ、そうなんすか……と、とにかくこいつ診てやってください!変な刃物で斬られちまったんすよ……」


 お医者さんがいた。助けてくれると、思った。


「…………お前、大丈夫か?」


 大きな人が、声をかけてきて、


「怪我、してるだろ。お前も」


 怖いって、思ったんだと、思う。

 確か、来ないでって、叫んだのかな。もう痛いの、嫌だった気がする。


「……ッ!」

「グリゴリー!」


 だから、怒らせちゃった。


「あ……。ごめん、ごめんな……そんな、つもりじゃ……」


 頭を殴るくらい、大したことないのに、その人は謝った。


「……へぇ?コイツ変な趣味でもあるの?先生」

「…………昔、色々ありましてな。子供が嫌いなようです」

「……親父、アイツ……ごめんなさいって、もうやめてって……なぁ、「もう」ってことは……」

「……深入りするんじゃない。それは私たちの仕事の範囲じゃない」


 痛いの嫌だった。怖いのも嫌だった。

 もう、嫌だった。


「な、なあ、この倉庫からちょい離れたところに湖がーー……


 冷たい、寒い、苦しいのも、嫌だった。


「アイツら……!クソッ、ごめんな……。頼むから死ぬなよ……」


 大きな背中に揺られて、そんな声を聞いた気がした。


「……ごめんね……」


 兄さんがなんで泣いてるのか分からなかった。


「これが……罰なのかな……」


 苦しげにそう言って、僕を抱きしめた。

 あの感覚は、きっと、あたたかいって感覚で、

 なのに、分からなかった。


 夢の中にいるような、靄の中にいるような、そんな時間が続いた。

 おじさんの家には、刀があった。おじさん達は、日本から来た人たちの子孫だから、そういうのが好きだった。僕も、ドラマとか、本とか、よく見てた。


「ブライアン、……美味しい?」

「……?兄さん、この味……前、好きって」

「そうじゃなくて……ブライアンが美味しいかどうかってこと」

「わかんない」


 そんな会話をよくした。そのうち兄さんは、独り言が多くなっていった。


「煩いな……今大事なのはそれじゃない。サワにはわからないだろうけど……!」

「ノエル、ごめん……だいぶ参ってるみたい……でも、大丈夫……」

「……君にはわからないかもだけど、人間と人形は違うんだよ……」

「エレーヌ、許して、ごめん、ちゃんと描くから……!」


 よく分からないけど、胸がもやもやした気がして、結局、考えてもよく分からなかった。


 取り戻さなきゃいけない気がした。

 わからなきゃいけない気がした。


 なにかに、呼ばれた気がした。


 何で、斬ったんだっけ、

 そうだ、おじさんが、あの人たちを追い返そうとしてて、きっとあれがうまくいってたら、僕は……


 僕は、きっと、こんなじゃなかった。

 兄さんも泣かずにすんだ。




「……ブライアン?」


 ああ、何でこうなるのかな。

 君、僕よりずっと優しいのに、そんなことしたらさ、余計戻れないよ。


 君が斬ったのは他人で、心が動いたのも事実だろうけど、それは……君の心の悲鳴だよ……。


 僕が、殺させてしまったのかな。


「カミーユ、最近寝てる?」


 僕が、人を殺してきたから。人の話を聞くうちに、趣味で、つい……だから、それを見て真似して……


「待ちなさい。それは私の記憶」


 あれ?そうだっけ。エレーヌの首を絞めたのは僕?エレーヌが病気になったんだっけ。


「……カミーユ、後半はボクの記憶だ。いや、病に侵されたのはボク自身なのだがね?」


 そもそも、カミーユって誰だっけ?確か、人形に付け加えてなかったっけ、弟子の名前。


『それはカミーユじゃなくてソレイユ!でもソレイユはソレイユで、僕はあくまでセルジュの友達。……あ、えっと……ミシェルの方?あれ?』


 ……どれが僕のものかなんて、どうだっていい。どれも、僕の痛みだ。僕が感じたすべて。

 どれも、僕が流した血潮に変わりない。


 生命いのちのために、描きたい。




「……へぇ、アドルフさん、警察してたんですか」

「まあ……この身体だとしばらく戻れませんけどね。……フランスの方から来たんですか?」

「パリで画家してました。……住居は、今、知人に任せてます」

「……パリなら、俺にも知り合いがいますね。……アイツには申し訳ないことをしたと思ってて……今でも、夢に見るんですよ」

「…………。……あ、不在着信。知らない番号……?」

「気を付けてくださいね。悪質なストーカーは、知人からも情報を聞こうとするそうですから」

「……ストーカー……。……まあ、気をつけます」


 24歳で彼は、すべての感情に殺されかけた。もはや法的にどうこうとか以前に、ただ、ひたすらに突きつけられたものが重すぎた。同い年の青年と友人になることで少しずつ立ち直っていったけど、彼の犯した罪は消えないし、背負うものが変わるわけでもない。

 ドイツの方の医療の調べも兼ねて、また旅をした。自分の罪がどれか、分からないまま……描いた作品は、着々と増えていった。


 弟が26歳になり、もうすぐ自分も同じになるとレヴィくんから電話を聞いたから……あれは、夏だったかな。


 僕は、あの男に殺されてしまった。




 これすらも、罪人の記憶だ。

 …………ロバート、お前に用はない。


 貴様だ。コルネリス・ディートリッヒ。


 赦すものか

 貴様の「正義」を赦すものか


 忘れるな

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