23.「さまよう軍人」

 霊魂がさまよう物語は、各地に似たような話が散見される。

 そして、その霊魂の「種類」の中でも、かなりの確率を占めるのは……


 中世の騎士

 戦国時代の落ち武者

 または、


 先の大戦の、軍人などだろう。




 ***




「ロー兄さんは、この場所のこと何か知ってるの?」

「ん?よく知らないよ。あんまり気にしたことなかった」


 まだ真新しく見える軍服を着たまま、兄さんは不思議そうに首を傾げた。

 こんなに親しげに話していても、僕の地元ではかなり騒がれた幽霊だったりする。

 たくさん尾ひれがついて、今では第二次世界大戦の折に戦死した若い軍人が無念のあまり故郷に帰ってはどうたらこうたらという話になっていたりも……


「……じゃあ、兄さんにはこの街……えっと、どんな感じに見えてるの?」

「普通の街並み、かなぁ?ロンドン郊外らへんって感じ」


 その回答が、先程アドルフやレオに同じことを聞いた時と、ほほ同じだった。


 ……そう。異国の街並みでなく、「自分の国の普通の街並み」だ。そして、「この街にいるほとんどの人間」がそう認識している。




「ここっすか?別に、何の変哲もない街っすよ」

「……ええと、僕イギリスから来たんですけど、どこら辺の街並みに一番近く感じます?」

「あー、そういう……。ま、フランクフルトとかでも似たような景色なんじゃないすかね?」




「あ?こんな街そこらにあんだろ。珍しいかそんなに?」

「ほら、僕島国出身だから」

「んなもんよ、オレだって昔は島国いたぜ?あれ、半島だっけ?なんかほら、名前……あー、あれ、シチリア的な」

「うん、島だね……。島だけど、国としてはイタリアだね……」

「いろんなとこフラフラしてきたけどよ、ここはなんつーか懐かしい感じ。んでまぁ、違う国のヤツ多いじゃん?んじゃーあれだよ。近くにコロッ……ナントカがあるよ」

「コロッセオかなぁ……?」

「おっ、それ!!」




 つまり、ここは存在する人間達にとって、

 イギリスのロンドンの郊外「らへん」やマンチェスター「あたり」にもなり、フランスのストラスブール「付近」にもなり、ドイツのフランクフルト「とか」にもなり、イタリアのローマ「ナントカ」になるわけだ。

 そして、それが馴染みのある光景であればあるほど、自分たちの置かれた環境への違和感が薄れていく……

 出会った中で、何人が「気づいている」のかもわからない。


 ……あれ、思ったより怖いな、それ。


「……兄さん、ここによく来るって言ってたよね?」

「うん。だって家とそんなに距離変わらないよ?」


 兄さんはまったく気付いていないのか、ケロッとしている。

 ……本当に幽霊らしくないなぁ、この人。

 だからこそ、いつまでも変わらない関係にどこか安堵してしまうんだ。


「……ご苦労なこって」


 と、背後から聞き覚えのある声がした。

 振り返ると、例の少年が腕を組んで壁にもたれかかっている。

 ……下手すればかなり滑稽に見える姿だけど、様になっているようのは彼の雰囲気が大人びているからだろう。


「……レニーくん、だっけ?」

「おうよ。……なぁ、とっくに壊れてるもんに気づいてないわけじゃねぇよな?」

「……うん……」


 気付いてるさ。この兄弟関係が歪だってことぐらい。

 それくらい、僕にもわかる。


「……ま、そりゃ置いといて。俺もちっと話がしたくてな」

「僕も、味方は多い方が嬉しいな」

「そりゃま、懸命な判断だ。俺が敵じゃねぇとは言えねぇけどな?」


 にし、と八重歯を見せて笑うレニー。……確かにもっともな発言だけど、彼なら知っていることは多そうだ。


「情報交換相手ってことで」

「おうよ、構わねぇぜ」

「じゃあ……この街について聞きたいな。噂のこととか、この街そのもののこととか、色々」


 そして、耳を疑った。


「この街の噂?んなもん山ほどあるな」


 一言一句変わらないセリフを知っている。

 偶然かもしれないと思いつつ、記憶を辿る。

 掲示板に書き込まれていた、あの文章……。


「……悪人が出会ってはいけない何か、とか」

「……あー、あれか」

「うん、まあ、よくある話だけどさ」

「そりゃ、誰でも自分以外が何とかしてくれるってのは思いてぇだろ。だからこそ、余計に広まる」


 ……偶然、とは思えない。

 可能性があるなら、彼がわざと同じことを言っているかどうかだ。

 でも、


「悪いことしたら酷い目に遭うって、どこでも説話やら童話やらで使い古されてるネタだ。事実っちゃ事実だしな」


 カバンからあの文章を印刷した紙を取り出す。


 やっぱり、変わらない。言ってることが、既に掲示板に書き込まれた内容と言い方まで一致してる。

 そこまで記憶できる人なんかいるはずがない。そして彼は、今は何も見ていない。


「おいおい、話の途中によそ見すんなよ」


 呆れたような声。……一体何が、起こっているんだろう。


「ま、人間生きてりゃ必ず」

「ね、ねぇ」


 思わず遮った。……このまま、同じことを言わせるのはあまりにも恐ろしかったから。


「やっぱり、別の噂の話がいいな」

「別の?」

「え、ええと……」


 チラッと、隣で黙っている兄さんを見た。


「ん?どうしたのロブ。何かして欲しいの?」


 昔のようにニコッと笑う兄さんに、どこかホッとする。


「に、兄さんは、聞きたいこととかある?」

「ロブが話してるのに、邪魔するのは悪いよ」


 そう言って兄さんは苦笑する。……そして、思い出した。

 兄さんも、地元で噂になってるじゃないか。


「……軍人の幽霊の噂、とかさ」

「へぇ、「さまよう軍人」か。なかなかエゲツねぇとこ行くな」

「え?えげつないの?」

「おう、心して聞け」


 まあ、えげつないなら……兄さんとは、たぶん関係ないだろう。


「そいつはまだ新しそうな軍服を着てふらふら街を歩いてる。そんで、たまに通行人に聞くんだよ。「何か出来ることはありませんか?」ってな」


 あれ?


「頼んでも何も害はねぇ。むしろ、ニコニコ笑ってて、親切な青年って感じだ。でもな、そいつ……たまに落っことすんだよ。……腰から上」


 それって


「何でも、列車に轢かれて死んだ軍人だからだそうだ。……しかも、見たやつの話によりゃ、そん時の叫びを聞いたら耳から離れなくなるらしい」


 待ってよ


「……で、泣き喚いてしばらく経ったら消えるんだと。もしまた会ったら……同じように聞いてくる。……「何か出来ることはありませんか?」って、ニコニコした笑顔で……何事もなかったみてぇにな」


 ……それは、


「え、そ、それは怖いね……俺は会いたくないなぁ……」


 兄さん、

 どう考えても、それ、


「兄さん、他人事みたいに……」

「え?あ、ああ……俺も軍人だし、確かに似て……。……って、やめてよ!まるで俺が、じゃないか……!」


 ああ、そうか。

 兄さんは、


「……こりゃ、思ったより重症だな……」

「……もしかして、話しかけたのって」

「ん?元からローランドの方に用事があったんだよ」


 ……逃げたい。

 確かにそう思った。それでも、僕は、もう……

 後戻りしたくない。


「兄さん、もしかして、もう」

「マジで気づいてなかったのかよ。……たぶんだが、お前が思ってる以上にひでぇもんだ」


 ずっといつも通り……いや、のほうが異常だと、

 ……薄々だけど、気付いては……わかっては、いたんだ。


「受け入れたくなかったか?」


 先程より数段冷めた声で、レニーが言う。


「……目を逸らし続けるつもりなら、とっくに逃げてるよ」

「だろうな。……せいぜい、こっから先も頑張るこった」

「……っ、ねぇ、兄さんの噂、どこで聞いたの?」

「この街で特殊な奴は、だいたい噂になってるぜ。……そうじゃなきゃ、誰が話のできる奴か分かんねぇだろ?」

「……ゲームの、NPC……みたいに……」


 話しかけても同じような言葉ばかり返す住人が、大半だってことか。


「ま、条件は一応あるんだぜ。ここに「呼ばれる」にはな」

「……どんなの?」

「因縁だよ。要するに、既にいる奴と多少深い繋がりがありゃいい」

「……そんなの、」

「まあ聞けよ。そん中でも「一部の人間と関係が深けりゃ」、できることは格段に増えるぜ。第一に、自我がちゃんと認識できる」


 ……ようやく、恐怖が現実味を帯びてきた。この街にいることがどれほど危険なのか、と、レニーは容赦なく突きつけてくる。


「……縁ってのは、わかりやすい「共通点」がねぇとなかなか結ばれねぇ。そのせいでまともな女っ気が少なくて仕方ねぇよ」

「……要するに、この街にいる「一部」の「男性」……それも、「噂になってる人物」と「深く関わること」で、できることが増えるって?さっきから言い方まどろっこしいよ」

「お?気づいたか?なかなかもの分かりいいじゃねぇか」


 エメラルドの瞳がきらりと輝き、にやっと相手の口角が上がる。

 ……楽しんでる。こいつはこの状況を、本気で楽しんでる。


「試して悪かったな。お前がどんなやつか知りたくてよ」

「……え?どういうこと?」

「人の記憶力あんま舐めんな?あの掲示板にちょちょいっと書いたの、俺だし」

「…………は?」

「面白かったぜ。冷や汗ダラダラ垂らしてやがった」

「……悪趣味過ぎない?」


 このクソガキ……いや、たぶんガキじゃない。そう思いたい。

 ……ロー兄さんは、隣で「いつもと何一つ変わらず」ニコニコしている。


 ……じわりじわりと腹部に赤い染みを滲ませながら、ニコニコしている。


「ロー、兄さん……」


 思わず呼ぶと、兄さんは、

 苦しそうに腹を押さえた。


「…………わざわざ、今、と…か……」


 今にも血を吐きそうな呻き声。どさりと地面に落ちた塊から、絶叫が響いた。


 ただただ純粋に痛みを訴える慟哭が、確かに僕を責めていた。

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