20試合目:知られざる英雄たちの結末 後編
ファラの筋肉が盛り上がり、強烈な正拳突きが繰り出される。
フローガから受け取った炎の力を纏わせた拳が、展開された光の盾を粉砕する。
「私は、負けない」
「害虫というのは、思いのほかしぶといものですね」
砕けた盾を犠牲に飛翔したクリスタルナハトは、再び虹の雨を射出しようとしたが、目の前からファラが消え、直後に自分より上にファラの気配を感じた。
「馬鹿な!」
DOGOM!!!
強烈な踵落し! とっさに虹の装甲を上部に集中させたが、分厚い装甲はあっという間に砕け、背後の翼一対が付け根ごと破壊され、残骸が飛び散った。
クリスタルナハトは翼がなくても飛ぶことはできるが、この部位を損傷してしまうと照明弾が失われる。たとえ翼を再生しても、照明弾のストックは失われたままだ。
つまり、クリスタルナハトは最大で後20分しか光を活用できなくなる。
「くっ……なんということ。このようなデーターはなかったはず……!」
振りぬく光線剣が受け止められる。
ビームが筋肉に逸らされる。
先ほどまで瀕死だった野蛮人が……数倍も強くなってよみがえるなど、あってはならないことだ。
クレーターの端と端で、構えたままにらみ合うファラとクリスタルナハト。
そんなとき……どこからか少女の声が聞こえた。
《J陣営の皆さん、聞こえますか。私が……プリンセス・フーダニットです》
「フーダニットの声……?」
「全体アナウンスから、あのみすぼらしい悪魔の声が……」
まさかの人物のアナウンスに、双方の動きが止まる。
《私たちの陣営は、三日間の戦闘で、多くの命が失われました。残る代理の方々も、正に精も根も尽き果てんばかりであることは、承知しております》
アナウンスは、南区域にとどまらず、戦場となっている1991支部王国全体に明瞭に響き渡った。
《私は戦争のことは、よくわかりません。でも、聞いてもらわなくちゃいけないことがあるんです》
「……技術部と情報部は何をしているのです。直ちにこの放送を止めるのです」
クリスタルナハトは、ベルを通して自陣営のオペレーターに放送の停止をさせているようだが…………
《あなた方の活躍により、私たちは勝利に手が届く所まで来ました。私は、何もできなかったというのに……代理の皆さんは、勝利をつかんできたのです。あなた方のおかげで…………悲願だったカンパニー打倒が、ようやく実ります!》
アナウンスの声が……徐々に大きく、明るくなる。
《死にゆくこの世界で……私たちはあなたたちに希望を見ました。全世界のみんなも、よく見てほしい。劣勢にありながらも、その眼に激しく燃え立つ気焔を! 今こそ、私たちは世界を上げて、彼らにエールを送ります!》
「なんでだろう、フーダニットの声を聴くと……もっと力が湧いてくる」
《私たちの代理の皆さん…………あなた方は、一人一人が
フーダニットは…………拠点内に急遽設置した放送室で、ラジオのマイクで空の彼方に語り掛けている。その顔は緊張で赤くなりながらも、言葉はよどみなく、しっかり感情が込められている。
彼女は……もともと魔の王族だった。生まれながらのカリスマというものが、あるのかもしれない。
《皆さん、あと少しだけ、私に力を貸してください! 私たちの故郷を取り戻すために、あなた方の力が必要なんです! そして……近い将来、私たちも故郷のために立ち上がります! ありがとう……ありがとう!》
演説の声が途切れた。
そして、それを合図にファラの筋肉が宙を舞った。
「させるものか」
大ぶりな攻撃など当たらない。クリスタルナハトは余裕をもってこれを回避しようとしたが……回避行動をとろうとする足が、予想外の方に曲がり、機体バランスが崩れた。
DOGOOOOOOOOM!!!
ファラの蹴りがクリスタルナハトに直撃し、装甲が粉砕される。
「いったい何が……」
クリスタルナハトは機体のあちらこちらに違和感を感じた。そしてその違和感の原因がすぐに特定された。
「認めたく…………ない、もの……だな。若さゆえの…………あやまち……」
「この男の洗脳が解けかかっていますね……! なぜ、想定外のことばかり起きる……」
洗脳して中に格納していたシャムロが、洗脳から目を覚ましつつある。
どうやら……彼の心にも、フーダニットの言葉が聞こえたようで、それがトリガーとなって自我を取り戻しつつある様だ。
彼の洗脳が解けてしまうと…………機械親和能力という特別な力を持つ彼に、機体が操られてしまいかねない。
「むんっ!」
ファラが拳を閉じる動作をすると、巨大な気がクリスタルナハトを挟み込む。
クリスタルナハトも、左右に手を伸ばすが、光を吸収しながら走行を張るだけで精いっぱいだ。そして正面から、筋肉の剛掌波!
筋肉の衝撃が、巨大な機体をガクンと震わせ、シャムロが囚われていた巨大な頭部パーツを吹っ飛ばした。
クリスタルナハトはシャムロの影響から逃れるのと、剛掌波の威力を逃がすために、あえて頭部パーツを切り離したが、その分虹の装甲とビームの威力は3分の2以下にまで落ち込んでしまう。
「ありえない。私は、世界最高の方に作られた、史上最高の兵器。ここで「苦戦」している暇はありません」
森を薙ぎ払う光線剣の一閃が、ファラの筋肉を貫けなくなった。
収束させるビームも、ファラの掌で受け止められた。
「ぬぅん」
ファラの脚が大地を抉るように蹴られ、上半身がタックルの構え。
クリスタルナハトは、今度こそ瞬間移動で避ける――はずだった。
「なぜ……またしても身体が、動かない?」
今度は、何かに拘束されたように動けなくなったクリスタルナハト。
よくみれば…………なんと! ファラの巨大な筋肉のオーラがもう一つ、後ろからクリスタルナハトを羽交い絞めにしているではないか!
腕と足、それに胴体まで固められたクリスタルナハトは…………渾身のショルダータックルを回避することはできなかった。
BAKOOOOOOOOOMM!!!!
《『光を喰らうもの』クリスタルナハト代理のベル喪失を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》
アナウンスが、勝負の終わりを告げた。
勝ったのは、ファラだった。
一度は敵に屈しかけた筋肉が、ソリティア・ウィードの切り札を逆転撃破せしめたのだ。
頭部を失い、円筒形の胴体と手足だけになったクリスタルナハトは、各部が損傷しているのか、バチバチと火花を飛ばして小刻みに震えていた。
すると、ファラの上空から声が聞こえた。
「おーい、ファラ。無事だな!」
「アルバレス」
「こいつに無理を言って、お前が勝つところを見させてもらったんだ。いやー、あの姫様も言うようになったな」
カプコン機から手を振るアルバレスに対し、ファラも手を振り返した。
苦しい戦いだった。だが、こうして勝利をねぎらってくれるものがいると、疲れが吹き飛ぶように感じるのが不思議だ。
「まだです。まだ、終わりません」
ファラの身体に、クリスタルナハトのパーツが突然絡みついた。
ファラはこれをはがそうとしたが、何らかの力が加わって剥がれない。
「お、おいファラ! なんだそれは!?」
「アルバレスの旦那、何か様子がおかしい」
「私は……主様の期待に沿えませんでした。かくなる上は、消滅をもって償わせていただきます。そして、あなたは私の道連れとなるのです」
クリスタルナハトの胴体部分がまるで太陽のように輝き始める。
間違いない。中央動力部のクリスタルを暴走させ、自爆する気だ。
「旦那、逃げるぞ。掴まれ」
「おい、まだファラが!」
「馬鹿……俺たちまで巻き込まれるぞ!」
ファラは背中に凄まじい熱を感じた。
筋肉の気をもっても、焼けつくような熱が伝わってくる。
「アルバレス」
「ファラ! 早くそいつをなんとか!」
「いままでありがとう」
ファラは…………初めてアルバレスに、笑顔を見せた。
苦しくても、悲しくても、ほとんど表情を崩さなかったファラがわらった。
その瞬間だけ………時が止まったように思えた。
ファラがぐっとサムズアップしたのを最後に、カプコン機はブースターを点火し加速。
世界が反転するほどの爆発と、この世のすべてが消えるかとすら思う真っ白な光。――――――遅れて轟音。
カンパニー最高頭脳が総力を挙げて作ったおもちゃが、最後にその身を砕いて、ファラを地獄の道連れにした。
月夜の空に、黒いキノコ雲だけを残して――――――
「畜生! 畜生、畜生、チクショウッ! こんなのありかよ! あいつは、何の見返りも受け取ってないのに、この世界のために戦って、死んだんだぞ!」
「アルバレスの旦那。まだファラが死んだと決まったわけじゃない。もしかしたらあの筋肉が、どっかからひょっこり出てくるさ」
この日の夜は満月で――――大きな月の前を、ヘリコプターのシルエットが飛んで行った。
「お祭りの時間はまだまだ続いてる。でも、私たちの戦いはこれで終わり」
ファラが戦っていた場所にできた巨大なクレーター。
その東側、かつてカンパニーが召喚に応じてこの世界になだれ込んできた魔法陣がある遺跡で、黒髪の女性がインカム付きのマイクを頭から外した。
髪の毛の色は違うが、その顔はスミトそのもの。
「ちょうどよく殺そうとしてくれて助かったわ。これで私も晴れて自由の身、後は好きな時に家に帰るだけ。ね、聞いてるかしら、そこのアンポンタン」
スミトが見た方向には、クリスタルナハトの頭部の残骸と、その横で気絶しているシャムロの姿があった。
「あなたの細胞サンプルが取れるなんて思わぬ収穫だったわ。でも、流石にカンパニー人員を直接拉致するほど私たちは落ちぶれていないもの。それじゃあね、社長の忠実なるしもべさん。大図書館のエージェントは2度死ぬのよ」
それだけ呟いて。スミトは魔法陣を起動した。
わざわざカンパニーが一番大事にしている記念品の魔法陣の上から、大図書館への使い切り転移魔法陣を書くという嫌がらせ。
不可能指令をこなした女傑もまた、戦場から去っていった。
スミトの言う通り、社長戦争はまだまだ続き……
日付が変わって4日目になり……
開始から72時間目の正午……
《代理の皆様にお伝えいたします。ただいまの時刻を持ちまして、社長戦争は終了となります。各代理は時間内に戦闘を終え、撤収の準備に取り掛かるように。繰り返します、ただいまの時刻を持ちまして、社長戦争は終了となります》
長かった……永遠に来ないのではないかとすら思われた72時間目の終了のアナウンスが、王国全体に鳴り響く。
焼き払われた山野、瓦礫の山と化した市街地、川は血の色に染まり、ところどころで撃破された兵器が黒煙を上げる。
1991支部王国中央。
あれだけの破壊の中で奇跡的に形を保った『無人の王城』レジェンド。
その最も高い尖塔の頂上で、金髪ツインテールの少女が、感慨深そうな表情で座りながら、板チョコレートを齧る。
「この世界は、また歩き出した。カンパニーはこれから確実に分裂して、またどこかで仲間同士で殺しあう。その時この世界が、再び戦場に選ばれないことを祈る」
そして、願わくば私が再びこの世界に呼ばれないように。
少女は心の中でそうつぶやいて――――白い光に包まれて消えた。
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