20試合目:知られざる英雄たちの結末 前編
その頃、血の池スライム、ドュイを倒したエルは、テンプレ墓地を抜けてようやく聖域ナロッシュに突入した。
「いけない、まさかあんなに妨害があるなんて。一体何事だろう」
本来彼女はもっと早く合流できるはずだった。ところが、ここまでくる間に、実に30体以上もの♣陣営の代理と闘う羽目になり、一体当たり平均20秒で倒してきたものの、貴重な時間を大幅に消費してしまった。
おそらく先ほどの攻撃で、ただでさえ少なくなっている♣陣営の、戦力の半分以上は葬っただろう。天才ソリティアらしからぬ不可解な采配。非効率とかそういう問題ではない。ほとんど自暴自棄に近く、よほどのことがない限りこの失態は取り返しがつくまい。
(でも……一つだけ、思い当たる理由がある)
ふとエルは、木々の合間から空を見た。
日はすでに沈み、時刻は夜となった。
そしてちょうどその瞬間に、彼女の頭上を巨大な影が高速で通り過ぎて行った。
「やっぱり…………!」
エルは口に咥えていたキャンディーの棒をぷっと吹いて近くの木の幹に突き刺すという大胆なポイ捨てを行い、そのまま夜の森を駆け抜けていった。
♣陣営は…………あれにすべてをかけてきた。
負けるのならせめて――――一太刀浴びせんとするため。
《おめでとう、アルバレス。それで魔法陣の起動は成功よ。あとはエンジニアの子供たちと、四大魔法騎士たちを魔法陣の中に立たせなさい》
「ああ、まさか俺が魔法陣を使うことになるなんて思ってもみなかったぜ」
アルバレスの両手は、興奮で震えていた。
一介の記者でしかない一般人が、巨大な魔法陣を起動させる。それがいかに貴重な経験かは、語るまでもないだろう。
地面に刻まれた魔法陣は一層輝きを増し、遺跡の周囲だけまるで昼間のように明るくなっている。これで、カンパニーにとらえられていた命が解放されるのだ。
《なんならあなたも、とっとと別の世界に逃げたらどう? ほとぼりが冷めたころに、私たちの組織がこっちの世界に返してあげるわ》
「いや、いい。ファラの戦いはまだ終わってないからな。先に逃げたら男が廃るってもんよ。それに…………」
《それに?》
「俺とお前以外の奴に、ファラのオペレーターを任せちゃ置けねぇからよ」
《言うようになったわね》
「まあな。どうせお前も死んだふりしてどっかで生きてるんだろ。終わったら一杯付き合ってくれよ」
《…………ホテルにはいかないわよ》
「わかってらぁ。おーい、お前ら。魔法陣完全起動完了だ。さっさと中心の円陣に入ってくれ」
アルバレスに呼ばれて、エンジニアの少年たちと四大魔法騎士たちは、そろって魔法陣の中に納まった。アルバレスとファラだけはまだこの場に残るらしい。
「ありがとよ、ファラ。それに記者のおっさん。あんたらなら……カンパニーの横暴に終止符を打ってくれると信じてるぜ」
「リューリッカも、気を付けて」
「さらばだ、ファラよ。短い間だったが、世話になった」
「お前とはまたいつか戦ってみたいぜ!」
「また僕あそんでね、ファラお姉ちゃん!」
「私たちのこと忘れたら、許さないんだから!」
「またいつか会えると、私たちは信じてますから」
起動した魔法陣が、青白い光から暖かな暖色の光に変わる。移動の準備が整ったしるしだ。
だが、そんないい時に限って、邪魔は入るものである―――――
「アルバレス、早く終わらせて」
「え? お、おいファラ!?」
ファラが、突然大きく跳躍した。
その次の瞬間、魔法陣の頭上で巨大な爆発音と閃光が弾けた。
「くっ! 間に合え!」
DOOOOOOOOOOOOOMM!!!!
間一髪、アルバレスは魔法陣の転移を行い、魔法陣から光と人が消えた。
膨大な光と音のダブルパンチを食らい、視界と聴覚がぼやけ目を回しながら立ち上がるアルバレスの目の前には、シャムロ専用機よりもさらに一回り大きなロボットがそそり立っていた。
巨大な顔を持つ三等身のロボット――――その顔は卵型で、装甲は消え糸も不気味ともいえる虹色が波打っている。
後頭部からは無数のアンテナが後方へと伸び、胴体にはやけに細長い手と、短い脚部が付いている。背中からは蝙蝠の翼のような骨組みが一対、そして機体の中心部には、コアと思われる光り輝くクリスタルが埋め込まれている。
「あなたが、ファラ代表ですね」
ロボットが、若い男性のような声で語りかけてくる。その声は聴くだけならとても穏やかだ。
ロボットの言葉に対して、ファラはこくんと頷く。
「私の名はクリスタルナハト。わが主から直々に、あなたの抹殺を命じられました。わが主直々のご指名、ありがたくお思い下さい」
口調は丁寧ながらも、ロボットは明らかにファラのことを下に見ているようだ。
それもそのはず。このロボットは――――♣陣営の代表、ソリティア・ウィード自らが作り上げた最高傑作にして、ソリティアの命じられたどんな無理難題も余裕でこなす(ただし戦闘面に限る)、究極の兵器なのだ。
《両者、合意しますか》
「勿論、わが主は寛大でございますので、降伏し洗脳改造手術を受けると確約していただければ、投降を受け入れることも考えは致しますが」
「私は、戦う」
もはや、双方の間にそれ以上の言葉は不要だった。
《『石器時代の勇者』ファラ代理 及び 『光を喰らうもの』クリスタルナハト代理、戦闘合意が交わされました。交戦を開始します》
「では、愚かで哀れな野蛮人に、圧倒的な知と科学というものを、お教えいたしましょう。もっとも、1ミリ理解するだけの脳すらお持ちとも思えませんが」
ファラを煽りつつ、クリスタルナハトは背中から巨大な照明弾を打ち上げた。
打ち上げられた照明弾は上空はるかかなたで炸裂し小さな太陽となった。
その光は南区域全体を真昼のように明るく照らし、隣のエリアでもその光で周りの景色がはっきり見えるほどになったという。
「こんなに明るくしてどうする気だ? 普通ロボットなら暗視持ちで、暗い方が有利なはずじゃ」
疑問に思いながらも、巻き込まれないように魔法陣の外側に避難し始めたアルバレス。そんな彼の前に、エルがようやく戻ってきた。
「おじさん、遅れてごめん!」
「お前……! 戻ってきたってことは、あのデカ物を倒したのか!」
「そうだけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないよ。私がおじさんを守るから、もっとこっち来て」
「お、おう……!」
アルバレスはエルに手を引かれ、遺跡の岩陰に身を寄せた。
「ん? そういや……シャムロの野郎はどこに消えた? あいつ逃げやがったか?」
ふとアルバレスは、シャムロの姿を見失ったことに気が付き、当りを見渡すが……どこにも見当たらない。
しかし、エルはきちんと彼の姿を見つけた。それも、意外な場所に。
「シャムロってもしかして、あれ?」
「……嘘だろ」
エルが指さしたその先。
光で透過したクリスタルナハトの中に、閉じ込められたシャムロの姿があった。
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