16試合目:激流を制するは・・・

「そう、残るは私だけなのですね」


 蒼き人型兵器は、ポツリと一人つぶやく。


 彼ら4機は常に共にあった。それゆえに、離れた場所にいる彼らがおかれている状況が、なんとなくわかっている。そして、彼らが集えば集うほど、自分の方に自然に向かってくることになる。


「私もさっさとベルを取ってもらって、彼らに合流できれば、楽なのでしょうけど」


 もちろん、そうはいかない。

 無理やり戦わされている……からではなく、彼女が持つ騎士の矜持が、それを許さない。戦わずに相手に首を垂れるのは、よほどのことがない限り、騎士の風上に置けない行為だ。

 むざむざ敵に勝ちを差し出し「四大魔法騎士弱し」の屈辱に甘んじる事は、死よりも恐ろしい。


 今から相手するのは、圧倒的な「剛」の力。

 地の騎士は、奮闘しながらもその硬き守りを打ち砕かれた。

 風の騎士は、相手を侮ってしまい、隙を突かれた。

 炎の騎士は、相手の実力の高さに逆に焦り、戦闘ペースを乱された。


 ならば彼女は――――水の騎士はどう戦う?


「真の強者よ、私はここでお待ちしています」







 さて、そんな蒼い騎士の思惑を知ってか知らずか、ファラ一行は順調に南に向かっている。四大魔法騎士の3機が、それぞれ両側面と後方を固め、前方をカプコン機が索敵しつつ進む。

 浮遊するハーフトラックは、ロイヤル・ヤードの綺麗な草地に轍を残すことはなく、彼らを足跡で追跡することは不可能に近い。


「どうやら嫌がらせの陽動は効いているようだな。どこの陣営の兵士たちも対応に大わらわだ」


 カプコン機の中で無線の盗聴を行っていた赤髪の少年は、陽動に引っかかる各陣営の慌てふためく様子を聞いてほくそえんでいた。特に、人材流出をした、ソリティア・ウィード陣営の怒りはすさまじく、現在必死に陸上潜水艦(?)を停止させるべくリソースを割いているようだ。

 ただでさえ印象的に不利な♣陣営は、これ以上の失態は許容できないのだが、

いずれにしろ陽動に引っかかっている時点で、失点は免れない。


「ああ、まずまず成功だな。だが、そうは言っても終わるまで油断するんじゃないぞ」

「わかってるっての。しつこいねオッサン」

「言わなくて死ぬよりはずっといい」


 今のところ追手の心配はほとんどない。それでもセーフはいつも通り慎重に、緊張感をもって索敵にあたる。

 ここは♠陣営の支配下……いつ接敵してもおかしくはない。


「む、魔力反応だ」

「まだ遠いな……しかし、ひょっとしてこれは」


 搭載レーダーが魔力反応を捕らえた。

 だが、それと同時にカプコン機の横に緑の機体……アネモスが接近してきた。


「ねえ二人とも、この先に同胞の魔力を感じるわ」

「同胞……ということは」

「そう、私たち四大魔法騎士の最後の1機よ! ネロがこの先にいるの!」


 表情はわからないが、アネモスの声はとてもうれしそうだった。

 バラバラになった同胞が全員揃う……彼らにとって、これほど喜ばしいことはない。


「フローガ! ギー! ネロがいたよーっ!」

「本当かアネモス」

「ようやっと4機揃うのか……!」


 他の2機も同様に喜びの声を上げる。しかし……


「だが……まだ彼女が勝てると決まったわけではない」

「そうだね。ネロはお母さんみたいに優しくて……強い。けど、ファラならきっとやってくれるって信じてる」


 四大魔法騎士たちの期待を一身に背負ったファラは、ハーフトラックの幌に座って、ただ前を見つめていた。



 同胞の魔力をたどり、彼らがやってきたのは、ロイヤルヤードのほぼ中心部にある遊泳区域だった。

 ここは、人工池や噴水が作られていて、夏場になると貴族たちが釣りや舟遊び、バーベキューなどを楽しむ。

 もちろんこんな時世で呑気に水遊びをする者はいないが、所々にごみが放置されており、このあたりの住人のマナーの悪さを物語っている。



 そして、噴水に囲まれた広場に、蒼い人型兵器が待ち構えているのを見た。


「お待ちしていました」


 そう言って、蒼い機体は静かに頭を下げた。

 この機体こそが、四大魔法騎士最後の1機……ネロだ。


「ネロ! 無事でよかった!」

「やられてはいないようだな」

「かえって来いよ……と、言いたいところだが、そうはいかねぇんだろ?」


「ギー、アネモス、それにフローガ……みんな揃ったのね。そして、みんな負けたのね♪」

『うっ……』


 「負けた」という言葉が、彼らの胸に刺さる。

 今回はベル破壊ルールがあったからまだよかったが、通常の戦闘だったら今頃どうなっていたことか。

 この点だけは、遺憾ながらカンパニーに感謝せねばならない。たとえそれが「仲間内で殺し合いして、必要な人員が減るのは困る」という理由であってもだ。



《両者、合意しますか》


 マッチングのアナウンス。

 元から戦う気でいたファラとネロは、同時に頷いて、決闘に同意した。


《『石器時代の勇者』ファラ代理 及び 『四大魔法騎士「水」』ネロ代理、戦闘合意が交わされました。交戦を開始します》



「よし、巻き込まれないように急いで避難だ!」

「こっちにまで攻撃が飛んで来たらたまらん!」

「わるかったっての!」


 前回のフローガ戦で大被害を被ったばかりの避難民たちは、戦闘開始のアナウンスを待たずして後方に退避し始めた。

 その原因を作ってしまった張本人のフローガは、若干ばつの悪い思いをした。



「参りますわ」


 ネロは水に同化するかと思われたが、意外にも氷剣と氷の盾を手にファラへと向かってきた。

 相変わらずの3倍の体格差……迫りくる2階建てビルの高さの兵器を前にすれば、

常人なら有無を言わさず逃げ惑うしかない。ましてやそれが、4メートルを超える氷の剣と、重厚な氷の盾を持ってくるのだからたまったものではない。

 しかし、やはりファラにとって、相手が大きいことは問題にはならなかった。


「とう」


 掛け声とともに地を蹴り、振り下ろされる氷の剣を正面からサマーソルトで粉砕。その反動でいったん盾の上に乗り、さらにジャンプする衝撃で盾を蹴り砕く。

 あっというまに、ネロの武装は二つとも失われてしまった。


「なるほど、やりますね」


 しかし、失われた剣と盾は、数秒後には再生してしまう。

 彼女は水を操る機体…………周囲に水さえあれば、それを用いて一瞬で再構成することができるのだ。


「ふんっ」


 空気が膨らみ、ファラの拳から何発もの「気」が連打される。

 気が剣を、盾を、何度も砕く。しかし、本隊に直撃するはずの筋肉ミサイルは、どういうわけか、彼女の身体をすり抜けていってしまう。


「これはどうかしら」


 ネロの肩部についた四門の砲から、べとつく水の塊とツララが交互に連打される。これらの攻撃は、当然マッスルポーズに弾かれる――――はずだった。


 BAWAWAWAWAWAWAWAWA!!


「っ」


 なんと、ファラの皮膚のあちらこちらから血が飛び散ったのだ!

 これには、遠巻きに戦闘を見ていた者たちを、逆に驚かせた。


「ファラが怪我を!?」

「筋肉が防ぎきれなかっただと!?」

「ネロの奴、なにか秘策が!?」


 四大魔法騎士たちも含めて、彼らはリアル審議AAと化した。

 いままでどんな実弾ですら弾いてきた筋肉に傷をつけた。これは、リュウジに並ぶ快挙と言っていいだろう。


『おい、ファラ! 大丈夫か!』

「アルバレス、おはよう」

『言ってる場合か!』

「大丈夫、かすり傷」


 心配になったアルバレスが、思わず無線で語りかけたが、帰ってきたファラの返答は相変わらずマイペースだった。幸い、表面が少し掠っただけで、傷は深くなさそうだ。

 無線で会話する間にも、ファラは魔力の銃弾をなるべく回避し、拳や蹴りを打ち付けている。アネモスと違って、しっかりと手ごたえはあるのだが、なぜかあまり効いた様子がない。


「激流に棹差せば、流される。激流に身を任せるの」


 ネロの動きは、まるで水中を漂うがごとく、しなやかで変幻自在だ。

 打たれても、打たれても、周囲の水が舞うように彼女の下に吸い寄せられる。


「踊りましょう【タイダルウェイブ】」


 ネロの胸元から、大木のような太さの水柱がファラに向かって発射される。

 発生がやや遅かったため、ファラは何とか避けたが、水柱が走った地面は掠っただけでも抉れ、草原に一筋の線を残すほどだった。


「はぁっ」


 ここでファラは、筋肉の気を増幅させて、一気に10メートル近い巨人のような存在となる。再度発射された水流は、この筋肉の「気」に押しとどめられ、貫通することはなかったが、それでも少しファラの筋肉を後退させる。


「まあ、筋肉の「気」を増幅させるとは……私も負けていられませんわね」


 以前にもまして強く放たれるファラの拳。

 押しつぶさんと迫る「剛」の気が、ネロをとりまくも、彼女は踊るようにすいすいと避けていく。


「耐えられますか? 【コキュートス】」


 ネロの手から放たれたのは、水ではなく霧……それも、草が一瞬で凍る絶対零度の霧だ。白い霧に包まれたファラの巨大な「気」は、まとわりついた水分が即座に凍っていき、数秒後には巨大な氷の彫刻が出来上がった。


『この機体はなかなか器用な真似をするじゃない。鹵獲が楽しみになってきたわ』

『言ってる場合か! ファラが氷漬けだぞ!』

『大丈夫よ、あの子を信じてあげなさい』


 巨大な「気」ごと氷に閉じ込められたファラ。だが、アナウンスはファラの死亡を告げてはいない。中でまだ生きているのだ。


「「気」とはいえ、わずかながら水が含まれます。人間の身体の6割以上は水。筋肉もまた然り。あなたの鎧は、私にとっては布程度のものなのです」


 ネロは、魔力弾を浸透する水と、浸透した部分を切り裂く氷に分けて撃ちだした。そのため、ファラが纏っていた筋肉の鎧は、あちらこちらが一時的にはがされ、その上から氷によって物理的に攻撃された。肉まで切り裂かなかったのは、最終的に筋肉自体が固かったからに他ならない。


「さあ、出ていらっしゃい。たっぷり、かわいがってあげましょう」


 ファラが氷漬けで死んだとはネロも思っていない。

 彼女は待ってる。ファラが氷の殻を破って出てくる瞬間を。

 その時こそ、最大の攻撃チャンスなのだ。


 ビシリと、氷にひびが入る。

 日々は瞬く間に大きくなり―――――


 BAOM!!


 中から特大の拳がネロに向かって飛ぶ!

 一発だけではない、二発、三発と、砲弾のように襲い来る。


「圧縮! 【アクアブラスト】」


 肩部の砲からツララが、胸からは水流が、一斉に発射され……巨大な拳に容赦なく穴をあけていく。剛を制するは静水……水は筋肉を包み込み、氷が穴をあける。これだけの威力の物を食らえば、ファラとて無事では済まされない。


 しかし、ネロは集中力を高めるために、根本的なことを見逃していた。

 常に水の中にいるように動く彼女は…………背後の空気の「流れ」の変化への対応がほんの少し遅れた。


「背後から気配……まさか――――――っ!?」


 気が付いたとき、ネロの胸に「腕」が生えた。

 その拳には、彼女の体内にあったベルが握られている。


 なんと、ファラは巨大な「気」が凍らされる寸前に、筋肉の鎧を脱ぎ捨て、まるで水の中をゆらりと流れるように背後に回っていた。

 そして、そのまま背中から彼女の胸を貫き、見事ベルを破壊したのだった。


《『四大魔法騎士「水」』ネロ代理のベル喪失を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》


「これは一本取られましたね」


 ネロが攻撃をやめると、アナウンスを聞いた四大魔法騎士の同胞たちが、すぐに駆け寄ってきた。


「ファラ、よくやってくれた」

「あんたすげぇぜ! 筋肉が不可能を可能にした瞬間を見た!」

「ネロもきちんと生き残ってるね! 本当に、本当に良かった!」


「あなたたち……心配掛けたわね」


 異世界に召喚され、バラバラとなった魔法騎士たちは、この日ついに無事に再会することができた。胸を穿かれた傷は、ネロの能力により早くも完全に修復され、つい今まで戦っていたというのが嘘のように、ボディーの損傷が消えている。


 4機は、再会を祝して握手を交わし。ファラと共に互いの健闘をたたえた。


「約束通り、私たち四大魔法騎士は、この戦争中はあなたを主として忠誠をつくします」

「避難民たちは、我らが命を賭して守る」

「いけすかねぇ奴らから解放してくれて、ありがとよ」

「きっと元の世界に戻っても、この恩は忘れない!」


 強敵だった四大魔法騎士は、カンパニーの支配下から逃れたことで、改めて避難民の護衛を買って出た。彼らほどの実力があれば、頼もしいことこの上ない。

 そう、これですべてはうまくいく―――――





「きちんと4機とも鹵獲したわね。改めてファラにお礼を言わなきゃね」


 一方、オペレーションルームにいるスミトは、珍しく上機嫌だった。

 その様子を、アルバレスは訝しんでいる。


「心強いこたぁ確かだが……なんであんたが喜ぶんだ?」

「それはもちろん…………彼らの詳しいデータが手に入るからに決まってるじゃない。あの魔法騎士たちを構成する技術はカンパニーすら掴んでいない未知の物……私たちが手に入れたと知ったら、きっとカンパニーはハンカチを主食にするでしょうね」

「……………」


 どうやら、スミトもまた背後組織を持っているようだ。

 しかもかなりヤバイ類の…………


(どこまで突っ込めるか……)


 もう引き返せないとわかっていても、アルバレスは今進んでいる道が正しいのか自問自答せざるを得なかった。


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