場外戦3:ミッション・インポッシブル
社長戦争が勃発する、半年ほど前―――――――
色白の肌と漆黒の髪の毛が特徴的な女性が、貴族街「セレブ・ボーダー」の一角にある、負け組の邸宅だった廃墟を訪れた。
ひび割れた大理石の壁、色褪せた赤い絨毯、そして所々にこびりついた赤黒い血の跡や拭えぬ死臭……この館の主一族は当の昔に「非国民」の名の下に処断された。
そして今この館にいるのは―――――
「やあお姉さん、僕たちと遊びに来たんだね! うれしいな!」
「おっ……おっ、女だ! ヤるしかねぇか!」
「とりあえず服を脱いで四つん這いになるんだよ、あくしろよ」
欲望と残虐性に目を光らせ、豪華な装飾が施された短剣を突き付けてくる、三人の貴族の子弟。今やこの館は、彼らの遊技場になっているのだ。
だが、女性は彼らに屈する気は微塵もない。
彼女の双眸が一瞬青く光ると、イキり立った若者三人の動きが、急にぴたりと止まった。
「命令します。死んでも、この館に誰一人いれないように」
『はいっ』
彼らの目は光を失い、まるで兵士のようなきびきびした動作で、入口の方に行ってしまった。
「これでよし」
若者貴族を洗脳した女性は、エントランスを右に進み、書斎に入った。
元の主人の執務机や本棚が並ぶ中、彼女は迷うことなく化粧台に近づき、その二段目を開ける。
中には、何の変哲もないノートがあり、彼女はそれを取り出すと、今度は執務机に彫刻刀で簡単な魔方陣を書いた。そして、魔方陣の上にそのノートを乗せれば――――――ノートが青く光り、その光がやがて小さな人の形を形成する。
「おはようオリヴィエさん。お久しぶりですね」
青い人影が、男性とも女性ともつかない声で、女性――――オリヴィエに語り掛けてくる。
「ようやく貴女に最終命令を下す時が来ました。知っての通り、現在カンパニーでは第1991支社の処遇を巡り、大規模な内戦に突入しようとしています。優秀な貴女のことです、すでに重要情報と「裏切者」の目星はついているでしょう」
オリヴィエは、何も言わずに頷いた。
目の前の青い人影は、事前に録音されたホログラムだ。会話する相手ではない。
「彼らがせっかくお膳立てしてくれたいい機会です。「裏切者」を回収し、p.w.カンパニーの重要情報のサルベージを命じます。私の「召喚霊」…………貴女も知っているあの子を、時期が来次第向かわせます。協力して事に当たってください」
大雑把な指令、それはいつものこと。
彼女はたった一人で、作戦立案から実行に至るまでをこなす裁量を与えられている。
今回の任務は、今までの中でも特に困難なものだ。だが、彼女に命令拒否という選択肢はない。
そしてホログラムは淡々と語り続ける。
「例によって貴女が捕らえられ、或いは殺されても組織は一切関知しませんので、そのつもりで。貴女の成功を祈っていますよ」
「一切関知しない…………か」
オリヴィエは、自嘲気味に呟いた。何しろ彼女は、命がけの火事場泥棒を命じられていて、失敗したら切り捨てられるのだ。
自分たちも、やっていることはカンパニーとあまり変わらない。
いや、むしろこちらの方が悪質かもしれない。
(だからこそ、やめられないのよね、この仕事)
そう思いながら、彼女はホログラムの言葉を最後まで聞くことなく、悠々と部屋から立ち去った。そして、誰もいなくなった部屋で、ホログラムが最後の言葉を発する。
「なお、この本は10秒後に自動的に消滅します。体に気を付けてくださいね」
10秒後、魔方陣が大爆発を起こし、本も「屋敷も」丸ごと消滅した。
爆発の際に生じた炎は住宅街の一区画を焼き、火元の廃墟では現在でも3つの人骨が、短剣片手に侵入者に襲い掛かっているという。
××××××××××××××××××××××××××××××
舞台は現在に戻る。
「ふぁ……あ、どうだ調子は……」
仮眠から目覚めたアルバレスは、相変わらず一心不乱にパソコンに向かうスミトに話しかけた。
「悪くないわ。ファラは避難民脱出のために、次々に敵を撃破してるわ」
「ご苦労なこった。よくまぁあいつは、初めて会った奴らのために頑張れるよな」
スミトはアルバレスに、寝ている間のファラたちの経緯について、簡単に説明した。現在ファラは、四大魔法騎士のうち3機を下し、比較的順調に南に向かっているという。
「ところでアルバレス、起きたところ悪いんだけど、これから起こることをしばらく口外しないと約束しなさい」
「なんじゃそりゃ? 誰かに、知られちゃまずいことでもあるのか?」
「そうね。下手に外部に漏れると、この社長戦争自体が中止になる可能性すらあるわ」
妙なことを言い始めるスミト。
アルバレスはあまり関心がないように応じるが、記者の本能は若干ヤバイにおいを嗅ぎつけていた。
(いずれにしろこの戦いが終わっても……俺は国元には戻れん。覚悟を決めるか)
だいぶカンパニーのやばいところにまで突っ込んだ彼を、
カンパニーがおめおめ返すとは到底思えない。ならば、毒を食らわば皿まで……だ。アルバレスはそう決意した。
「むしろ、そこまで心配してくれるのはありがてぇ。俺は嫌われものだって自覚してっからよ、これ以上嫌われたところで、同じだ」
「信用第一のマスコミが聞いてあきれるわね。まあいいわ、入りなさい」
「はーい」
天井裏から少女の声が聞こえた。
その声を聴いたとたん、アルバレスは自身の覚悟がまだ甘かったことを悟った。
そしてすぐに、天井の点検口を開けて、金髪ツインテールの少女が降り立った。
少女は槍と、ロープでぐるぐる巻きにされた布を背負っている。
小さな女の子が、これだけのものを担いで空調ダクトを通ってきたというのだから驚きだ。
「約束のもの、とってきたよ! だから、甘いものちょうだい!」
「はいはい、冷蔵庫にケーキやチョコがあるから、好きなだけ食べなさい」
「わぁい!」
甘いものが冷蔵庫にあると聞いて目を輝かせた少女は、ロープにくるまれた布を無造作に放り出して、備え付けの冷蔵庫に駆けよっていった。
ポイ捨てされた布は、床に打ち付けられると「ぎゃん」という声を発した。
布の中には、簀巻きにされたエルフの女性が入っており、それもまたアルバレスの度肝を抜いた。
「……まじかよ」
「いい気味ね、シエラザード。…………思ったより憔悴してるわね、何があったの?」
シエラザードと呼ばれたエルフは、スミトを前にしても反抗的な態度をとることなく、まるで囚われの姫のようにしくしくと涙を流していた。その姿があまりにも情けないため、演技ではないのだろう。
「オリヴィエぇ……あなたのせいでっ、私の計画は……滅茶苦茶よ! どうしてくれるのぉ!」
「オリヴィエ?」
「私の名前の一つよ。そしてこいつは、私の元先輩。こいつのために、私たちはどれだけの不利益を被ったか」
そう言ってオリヴィエ……もといスミトは、汚いものを見るように吐き捨てた。
「例のもの、回収してきた?」
「うん……どうぞ」
冷蔵庫から出してきたケーキを頬張ってご機嫌だった少女だったが、例のものと言われた瞬間、一気にテンションが下がるのを感じた。
ただ、渡すのが嫌というわけではないらしく、黒いマイクロチップをポンとスミトに手渡した。
「でも、あんまり見ないほうがいいかもしれないよ。私はもう見たくない」
「……そんなにやばい情報が?」
「おじさんも見ないほうがいいよ。一度見たら、自分の目玉を抉り出したくなるから」
「そんなにか!」
好奇心を抑えきれないアルバレスだったが、少女に見ると死ぬと言われると、躊躇してしまう。
そして結局、精神衛生上の為、見ないことにした。しかしながら、内容をチェックする立場のスミトはそうはいかない。
「さて……何を隠してたのかしら、この子は」
「やめてぇ! ひどいことしないで! 鬼! 悪魔! リンド(♠)!」
シエラザードの泣き言も罵倒(?)も、スミトは真顔でスルーし、情報をPCに取り込んでいく。
一方で少女は、何かを忘れようとするかのように、ケーキやチョコレートを爆食いし始める。そんな中、アルバレスは今までにない疎外感のようなものを感じていた。
「お姉ちゃん……それ、見ても何ともないの?」
「ああ、はいはい。そういうことね」
持ってきた情報は、少女が恐れ、シエラザードが喚くほど恐ろしいものがあるようだが、スミトは何時まで経っても平然としている。
(まさか……カンパニーの残虐な研究実験や拷問の記録が……!)
アルバレスが真っ先に思いついたのが、カンパニーの暗部の記録。
倫理観のかけらもないカンパニーなら、どんな残虐なことをやっていてもおかしくはない。たしかに、それが事実であれば記者のはしくれとして知っておきたいところだが、同時に知ってしまったせいで精神に異常をきたす恐れもある。
「まあ、アルバレスが見るようなものじゃないわ」
スミトはそういった画像に耐性があるのだろうか。それとも……
「でもね、この子も大人になったら、これの良さが分かるようになってくると思うの」
「それはあり得ないっ!」
「くっ! 殺せ! あなたのその槍で、私を好きなようにしてっ!」
「…………なんだか知らんが、やっぱり見るのはやめておこう」
スミトが黙々とチェックする間、泣きわめくシエラザードを、少女が槍の石突で打ち付けて気絶させた。
手早くチェックを終えたスミトが、マイクロチップを懐にしまうと、改めて三人で今後のことについて話し合う。
「さて、時間的には4日目の正午がタイムリミットだけど、実質今日が千秋楽と言ってもいいわ」
「けどよ、ファラたちはどこに向かってんだ? 場外に逃げたいなら、いくらでも脱出スポットがあると思うんだが」
アルバレスの言う通り、カンパニーは住民避難のためと、代理のギブアップ用に
脱出路をいくつか用意しているらしい。
当然ここを越えたら失格だし、避難と言えども戦場外に出るというだけであって、戦争が終わったら再度締め出されることになっている。
「彼らは……南地区最果て「始まりの地」と呼ばれるナロッシュに向かっているわ」
「ああ、あの曰く付きの場所か……そういえば、あの辺はまだ大規模な戦いが起きてないな」
「そうね。あの場所は……数ある戦場の中でも一番の危険地帯。ほとんどの代理は近づこうとすら思わないわ」
三日目に入り、各地で行われた激戦で、元王国の領土は各地で黒煙を上げている。
人外や兵器による容赦ない破壊行為……乱れ飛ぶ流れ弾……そしてどさくさに紛れて狼藉する連中。恐らくこの戦争が終わった後は、カンパニーは支配地域の地図を書き直す必要があるだろう。
それだけのことが各地で起きているにもかかわらず、不気味に静寂を保っているのが南地区だ。
「南地区は……結束が最も固いと言われる♦陣営の拠点なの。♦陣営は、質だけなら♠陣営に匹敵するものね」
♦陣営……モナリザ・アライの陣営が他と大きく異なる点として、自発的に集まった代理が「強い」という点が挙げられる。
確かに、数はそこまで多くないし、直前になって無理やりかき集めた質の悪い代理も多い。だが、他陣営の主力メンバーの大半がそもそも「代理」という地位に不満を持っている中、モナリザ・アライの社交性とカリスマは、主力メンバーとの強固な絆を形成しているのだ。
その様子は、誰が言ったか「J陣営の完全上位互換」。そのため、各陣営は♦陣営の拠点を無理攻めするのを躊躇しているのである。
それに……どうせ、モナリザ・アライは友人勢が死ぬのを見たくないと判断して、拠点に主力を死蔵するだろうし。
「手出ししなければ、♦陣営は拠点に主力を温存した末に判定負け。でも、ファラたちはそこに殴り込みをかけるわけ」
「戦略的に見れば最悪だな。勝っても負けても、敵が有利になるばかりで、こっちにメリットはほとんどねぇ」
「ええ……けれども、だからこそ面白いと思わない?」
「…………奇遇だな。俺もそう思っていたところだ」
窓の外からは陽が昇り、分厚い雲を白く照らし始める。
3日目……J陣営から反撃開始のファンファーレが高らかに鳴り響いた。
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