15試合目:今日からお前はフジヤマだ!
ファラとその一行は、ロイヤル・ヤードに入ってしばらくしたところにある、無人のテラスで朝食をとることにした。
東の空はほのかに青く染まり始めており、あと1時間もすれば完全に夜が明ける事だろう。
「静かだね、このへん」
「我らは言われていなかったが、元所属していた陣営はこのあたりに侵入するのを禁じていた。なぜだかわかるか」
「んー……わかんない」
休む人間たちを守りながら、ギーとアネモスが会話する。
「俺もだ。上からこのあたりにまで攻め込むなと言われていた」
その会話に、パンを片手にセーフが混じってくる。
「何しろこのあたりは、ある意味危険地帯だ。特にセレブ・ボーダーは……♠陣営の拠点だからな」
セーフの言う通り、ここ東南地区は強力無比な♠陣営の支配下にある。
今でこそ戦力はだいぶ削れはしたが、それでもまだ「やる気はないが戦うと滅茶苦茶強い」代理が、そのあたりを闊歩している恐れがある。
そのため、特に❤陣営と♣陣営は下手な消耗を避けるために、このあたりに手を付けないでいたのだ。そして、そうとも知らないJ陣営の何人かは、この地に入り込んで大勢が返り討ちにあったと言われている。
「でも今はむしろ、フローガとネロに会えるかもしれないから、悪いことでもないんじゃないかな!」
「それもそうだが……果たしてあの二機に、人の身で勝てるのだろうか」
「大丈夫だよ! あの子ならどんな理不尽でも壊してくれそうだもんね!」
別の陣営に行ってしまった同胞二機は……果たして今どこで何をしているのか。
心配しながらも、それでもファラならやってくれると、信じていた。
ところが――――
「あ、この灼け付くにおいは……」
アネモスが、遠くにいる何かを感じ取ったようだ。
その頃、噂のファラはと言えば、さっさと朝食を取り終えた後の運動に、やや離れた場所で狩りをしていた。
ロイヤル・ヤードで放牧されている大きな羊や豚がいるが、ファラはこれらを野生動物と勘違いして、片っ端から狩っているのだ。もちろんスミトも見ているが、止める気は全くない。
『(どうせもう持ち主はいないもの。失敬しても怒る人はいないわ)』
このロイヤル・ヤードを所有する住民たちは……今頃その無様な死にざまを、瓦礫の上に晒しているだろう。
スミトは知っている。富裕層が住む選ばれし町、セレブ・ボーダーはすでに戦争の略奪ですべて灰燼に帰しているということを……
だが、そんなことを思っている間に、スミトの手元の魔力探知が何かの接近を見抜いた。
『ファラ、何か来るわ。一旦構えなさい』
「わかった」
仕留めた動物たちを、すべて四次元ブラジャーに詰め込むと…………果たして、しばらくもしないうちに、真っ赤な人型機動兵器が姿を現した。
一目見てわかる。その姿、装備はギーとアネモスとほぼ同一。
違うのはその色と、手に持っている紅蓮の大剣くらいだ。
「おう! そこのお前! どさくさに紛れて家畜泥棒とはふてえ奴だ!」
「家畜?」
「俺はフローガ! 熱き正義の使者だ! この世の悪事は見逃しちゃおけねぇ!」
フローガと名乗る人型兵器は、正義感に燃えていた。
対するファラは、いまいち自分のやっていることが悪いことだとピンとこない。まあ、以前にいた世界でも、家畜という概念がないアマゾネスは、帝国の領土からしょっちゅう家畜を略奪していたのだが。
《両者、合意しますか》
ここで、マッチングのアナウンスが流れる。
「さてはお前、別陣営の代理か! どこの賊かと思ったぜ!」
「戦うの?」
「おうよ! 一瞬で消し炭にしてやるぜ!」
《『石器時代の勇者』ファラ代理 及び 『四大魔法騎士「炎」』フローガ代理、戦闘合意が交わされました。交戦を開始します》
『ファラ。相手のベルはあの二機と同じところよ。鹵獲よろしく』
「わかった」
ファラの前に立ちはだかるのは、相変わらずビル2階建て以上の身長がある人型兵器。知らない者が見ると絶望的な光景だが、スミトにとってはもはや見慣れた光景である。
「ラぁっ!」
長さ4メートルの紅蓮の大剣が、ファラに向かって振るわれる。
だが、ファラは大剣に向かって拳を振り上げる。
BAKOOOOOOOOOO-M!!
ぶつかり合った剣と拳が、大爆発を起こし、周囲に炎の突風が巻き起こった。
「うわっ!? 何だ今の!?」
仮眠をとっていた赤髪の少年が、爆発音と熱風で飛び起きた。
他大勢の避難民たちも、何が起こったのか分からず右往左往するばかり。しかも、いまファラはいない……どころか、先程ファラが狩に行った方向から爆発音がしたのだ。
「落ち着け。この熱波は我が同胞のものだ。余波は私が防ぐ」
「私ちょっと止めてくる!」
同胞がファラと戦い始めた時が付いた二機。
ギーは、一般人が巻き込まれないよう、テラスの周囲に【アースウォール】を展開し、アネモスはフローガに一般人を巻き込まない様に言いに行くようだ。
「うわっ、風強すぎなんですけど!」
しかし、爆風で気流が乱れ、アネモスは思うように飛べなかった。
そんな周囲の迷惑も意に介さず、大剣をふるっていたフローガだったが、5回ほど打ち込んだところで、紅蓮の大剣が破砕されてしまった。
「おいおいおい、なんなんだこいつ!?」
人間どころか、並のロボットであれば一発で大破炎上に持ち込む威力の炎の大剣を、目の前の野蛮人は拳で破壊してしまったのだ。非常識というほかない。
対するファラの拳は、相変わらず少し焦げて、少し煙が上がっている程度。それもファラがふーっと息を吹きかければ、たちまち元通りとなる。
「へっ……そりゃそうだ、生半可な奴がここまで生き残っているわけがねぇもんな!」
フローガ自身も、今まで何人もの代理を撃破しており、中にはなかなか骨のある相手もいた。どうやら目の前の存在も一筋縄ではいかない……彼はそう判断した。単なる熱血バカと思われがちだが、その思考はかなり冷静で用意周到なのだ。
(ならば、出し惜しみは不要だ……! 一撃でケリをつける!)
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!! 出力上昇! 【アークプロミネンス】!!」
その時、世界は赤く染まった。
やや離れた場所にいた脱出者一行の周囲に至るまで、急速に温度が上昇し、遠くに火柱が上がるのが見えた。
「おい、まずいぞこれは!」
「大丈夫だ……私が抑える!」
膨大な熱量の嵐を、ギーが岩盤の結界を貼ることで、何とか抑えた。
幸い人々にけがはないが、数名が熱に当てられてめまいを起こしてしまう。
しかしそれ以上に…………もはや「炎の柱」と言っても過言ではない火の手が上がるのを見た彼らは、さすがにファラの生存を絶望視してしまう。
そうでなくとも、あれだけの炎ではいくらファラが無事でも、ベルが溶けてなくなってしまうのではないだろうか……
まるで火山が噴火したかのような激しい炎は、周囲の木々や柵などを燃え上がらせ、見る見るうちに炭化させた。彼が操る特異能力「温度上昇」――――これだけの出力で倒せなかった相手はいない。それこそ、本気を出せば、あの「ネロ」すら蒸発させうる熱暴走だ。
しかし、彼が見たのは炭化するファラの姿ではなく…………
「ふん!」
「!?」
自分の胸に突如迫る巨大な手。
まるで怪物のような大きさとゴツさを併せ持った手は、フローガが後退する前に彼の胸元にめり込み、ベルをえぐった。
《『四大魔法騎士「炎」』フローガ代理のベル喪失を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》
「なんということだ…………! だが、俺の負けか!」
フローガは納得いかないようだったが、素直に負けを認め、温度上昇を解除した。
紅蓮の炎と熱風が晴れると、そこには炎をまとい、全身が赤くなっている巨大なファラの――――「気」の塊が姿を見せた。ファラ自身は、全身汗だくになってはいたが、身に纏った「気」が炎を遮ったせいか、やけどなどはしていなかった。
ファラの戦いの中で、最も早く決着がついてしまったが、一歩間違えれば―――――それこそ大鬼から「気」をまとう方法を学んでいなかったら、即死だった。これぞまさに、筋肉と炎の魔法が一瞬で咲かせた、大輪の花火だったのだろう。
ただ、その花火は地上で大爆発したがゆえに、周囲は跡形もなく燃え尽きてしまったが。
すると、しばらくもしないうちに、フローガにとって聞きなれた声が飛んできた。
「フローーーーーーーーーーーガ!!」
「その声、アネモスか!」
アネモスが、戦いが終わってようやく駆けつけてきたのだ。
「なにやってんのよこのバカ! あんたのせいで危うく一般人が巻き込まれるところだったんだからね!」
「そ、そうだったのか! それはすまねぇ!」
フローガは律義に頭を下げて謝罪した。
正義の使途を自負する彼は、無辜の民が戦いに巻き込まれるのを何よりも嫌う。それがまさか、自分がやらかしそうになったことがとてもショックのようだった。
「ファラちゃん、無事かしら?」
「大丈夫。だけど……これ、人のものだったから、返さなきゃ」
ファラもまた、知らなかったとはいえ人のものを勝手に持っていこうとしたことに罪悪感を覚えているようだった。しかもすでに仕留めて血抜きまでしているし。
「それはまあ……持ってた人に謝るのね。フローガも、あっちこっちの家畜焼いちゃってるから、一緒に謝るっ!」
「おお、もう…………」
ファラもフローガも、自分たちの力の振るいすぎを深く反省することとなる。
「かくなる上は、反省の覚悟を示すべく、焼かれた鉄板の上で土下座を!」
「フローガがやっても意味ないでしょ。ほら、二人とも、いくよ」
自由奔放なアネモスだが、きちんと締めるところは締めるのが騎士らしい。
アネモスが二人を連れて戻ると、脱出者たちも出発準備を整えていた。
これだけの騒ぎを起こしてしまっては、いずれ他の代理に気が付かれ、面倒になるからという判断だった。
「お前もいたのか、ギー」
「まあな。随分と派手にやったな」
「正直すまんかった」
この後フローガは、律義に脱出民たちにも頭を下げたが、彼らもまた「戦いだから仕方がない」と許してくれた。そして、ギーとアネモスから説明を受け、彼らをカンパニーの手から逃がすのに協力するよう求めた。
「それと我が同胞の最後の一機、ネロの開放にも力を貸してくれ」
「もちろんだ。これ以上カンパニーの好き勝手にさせてたまるかよ!」
フローガはこの申し出を快諾。
ここに、四大魔法騎士のうち、3機が集結したのだった。
『ファラ、残すはあと一機よ。ただし、その機体はリーダー格だけあって、なかなかの強敵よ。油断しないように』
「うん」
ハーフトラックの幌に乗っかったファラは、再び南を見据える。
目的地はまだ遠い、けれども彼らは着実に前に進みつつあった。
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