2試合目:殺意と共に経巡る植物

 アルバレスは、震える手でライターを擦り、口にくわえた煙草に点火する。

 手だけでなく、体の震えが止まらないのはニコチンが切れたからではない。先ほどまで戦っていたファラの、常識はずれな戦いを見て、恐怖に苛まれているからである。


「まさか…………あの原始人が、あれほどの化け物だとは思わんかった……。銃弾まで効かないんだったら、どうやって倒すんだよ……」


 アルバレスは、今までファラに舐めた態度をとっていたことを思い出す。

 もしファラが、何かしら機嫌を損ねてアルバレスを殴ってやろうと思ったら?

 硬そうな金属装甲すら撃ち抜いた、ファラの拳をもろに受ければ、ただの人間はそれこそ水風船のように破裂してしまうかもしれない。そう思うと、恐怖が止まらない。


「ふーっ」


 煙を吐いてようやく落ち着いたアルバレスが、備え付けのモニターの方に目を向けると、ファラは先ほど素潜りで獲った魚を串焼きにして食べている。

 近くの木を組み上げて作った、キャンプファイアーのような焚火の周りには、串に刺さった魚が林のように立って、焼かれるのを待っている。

 中には、体長1メートル近くある魚や、鋭い牙が生えた怪物のような魚もあったが、ファラはどれもおいしそうに食べていた。


「あれ、全部食べる気なのか…………?」


 串に刺さって焼かれるのを待つ魚はまだ100匹ほど残っている。

 すでに数十本の串がその辺に転がっているというのに、呆れた食欲である。


「なんだかなぁ…………と、なんか大量の反応がファラの方に近づいてるな。今度は何が来たんだろうか?」



 アルバレスが何かの接近に気が付いたと同じころ、ファラも大勢の何かがこちらに向かってきているのに気が付いた。だが、殺気は全くない。むしろ、何やら慌てている気配がする。


 やがて気配は、ドタドタという足音に変わり、森林の方の道から貧相な身なりの人間が大勢飛び出してきた。


「た、たすけてくれぇっ!」

「どうしたの?」


『なんだなんだ? そいつらまさか、現地民か? 住民は全員避難したって、俺は聞たはずだが』


 アルバレスが察した通り、彼らは難民キャンプに屯していた貧民の集団だった。人数は全部で20人ほど。全員がそれなりの歳の男性だった。

 彼らは、何かに追われていたらしく、ファラを見つけると、後ろに隠れるように転がりだしてきた。


「なにかくる」

『ああ、レーダーに大きめの何かが反応しているぞ。一直線にこっちに向かってくるぞ』


 すると、難民たちが逃げてきた方から、植物の蔓が何本もファラに向かって伸びてきた。蔓の先端には、杭のような鋭い棘が束になっており、それが多方向からファラめがけて襲い掛かる!

 が、残念ながら銃弾すらはねのけたファラの筋肉に、そのような攻撃は通用しない。ファラは目にもとまらぬ速さでパンチの連打を繰り出し、棘をすべて正面から打ち砕いた。

 それだけでなく、伸び切った蔓をまとめて抱えると――――


「ふんっ」


 まるで綱引きのように思い切り蔓を引っ張る。

 引っ張られた蔦に引きずられるように姿を現したのは……人間の女性のような形をした、奇妙な植物だった。大きさは、ファラより若干大きいくらいだが、手のような部分から無数の蔦が鞭のようにしなり、足のような部分からは地面に向かって太い根っこが突き刺さっている。


『な、なんじゃありゃ……』


 アルバレスは、ふと何かを思い出し、大会開始直前に預かったパソコンを開いた。そこには、戦争出場代理の情報がある程度網羅されていて、好きな時に情報を閲覧することができる。もっとも、J以外の陣営の代理は、情報統制が敷かれているのか、良くて名前と容姿くらいしか載っていない場合が多い。

 そして、ファラの目の前にいるのは―――――


『【『根棘』ボナンザ】……生物兵器の次は植物兵器か!』


 だが、そうこうしているうちに、ファラとボナンザは代理同士が遭遇したとみなされた。


《両者、合意しますか》


 ファラは無言で頷いたが、ボナンザは「そんなの関係ねぇ!」とばかりに、アナウンスを無視してファラへ棘のマシンガンを発射した。植物にそのような知性はないとはいえ、とても失礼な代理であった。


《『石器時代の勇者』ファラ代理 及び 『根棘』ボナンザ、戦闘合意が交わされました。交戦を開始します》


 アナウンスが虚しく開戦を告げる中、両者は猛烈な勢いで殴り合いを始めた。

 ボナンザの蔦が荒れ狂い、ひたすら棘や種のマシンガンをファラに撃ち込もうと暴れまわる。対するファラは、それほど強度のない蔦を千切っては投げ千切っては投げ…………


「……?」


 千切っても千切っても、蔦が減らない。

 まるで玉ねぎを剥いているような感覚を覚える。


『すげぇ再生スピードだ……あんなのが種を生やしたら、あっという間にボナンザの森ができちまう……………しかし、あの再生速度を、もっと前向きに使えねぇのか、カンパニーの連中は?』


 そうこうしているうちに、埒が明かないと判断したファラは、いったん蔓を引きちぎるのをやめて、わざと自分の身体に蔓を巻き付けるようにする。

 ファラの身体はたちまちボナンザの蔓でぐるぐる巻きになり、さながら緑のミイラとなる。

 ボナンザはファラが抵抗をやめたと勘違いしたのか、とどめを刺すべくぐるぐる巻きの蔦の上から無数の棘を一気に突き立てつつ、蔦でおもいきり締め上げた。


『んなことしても無駄だっちゅーのに…………』


 何も学ばない植物を見て、アルバレスはやれやれという表情で、たばこの煙を吹かす。

 彼の予想通り、限界まで巻かれた蔦が急に途轍もない力で引っ張られ、ボナンザの肩のような部分からごっそり千切れとんだ。それと同時に、ファラを締め付けていた蔦が、いともあっさり引きちぎられ、四散する。さすがに、根元から引きちぎられるとなると、それなりの長さになるまでにやや時間がかかる。その隙を、ファラは見逃さなかった。


「んっ」


 ファラは、ボナンザの細い胴体に手をかけ、一気に引き抜く。

 ボコボコという音と共に、地面に亀裂が入り、根っこごと持ちあがっていく。

 ボナンザは慌てて腕の再生を中止し、地面から離れるものかと猛烈な勢いで値を四方八方に伸ばし始めた。


『なるほど……こいつは根っこから栄養を吸っていたんだな』


 必死になって根っこの方を伸ばさんとするのを見て、アルバレスはボナンザの弱点が地面からの栄養の途絶にあると確信した。

 そして、ファラがボナンザの身体をどうしようとしているかも、すぐに検討が付いた。


「それっ」


 駄々を捏ねる様に悪あがきをするボナンザを、ファラは容赦なく「焚火」の中に投げ捨てた。

 業火があっという間に植物兵器の全身を包む。

 口のないボナンザは悲鳴を上げることは叶わなかった。ただ、バチバチと身を焦がす炎が燃え上がるが、彼女の断末魔なのかもしれない。


《『根棘』ボナンザゲニスロト代理のベル喪失を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》


 どうやら、焼いているうちに体内のベルが破損したようだ。なにはともあれ、ファラの勝利である。


『やれやれ、今回も危なげなく勝ったな』


 難民たちを襲撃しようとやってきたボナンザだったが、たまたまその場にいたファラに返り討ちにされた。なんだか若干、代理ヒーローしているなと、アルバレスはしみじみ思った。


『ん? そういえば、さっき逃げてきたやつらは…………って、なにやってんだ!?』


 で、その襲撃された難民たちは…………あろうことか、助けてくれたファラの食事――――湖魚の串焼きを、勝手にむさぼっているではないか!

 なんという身勝手……なんという恩知らず……

 アルバレスは思わず、手元の机を両手でドンと叩いた。


『おいゴラァ! てめぇら! 何人の食事に勝手に手を付けてやがる!』


 叫んでみるも、この声はファラにしか届かないため、無意味。

 しかし……………


『あ、おい……ファラ。ちょっと待った、確かに奴らはとんでもないことしたし、食べ物の恨みは恐ろしいとは言うが、あんまり手荒な真似は……」


 ファラが、難民たちにゆらりゆらりと近づく。

 ひたすら魚をむさぼっていた難民たちは、ファラが近づいてくるのを見て、改めて自分たちがしでかした罪に気が付いた。

 彼らは彼らで、ここ数日まともな食事にありついておらず、考えなしに食べてしまったのだ。


「や、やべえよやべえよ……」

「ど、どうする……ここのところ食べてなかったから……」

「アレを倒した人間が……俺たちを殴ったら……」


 難民たちは、その場でおもむろに土下座した。

 五体投地の見事な土下座である。


 ファラは、土下座する難民たちの前まで来て――――


「おさかな、足りた?」

「へ?」

「お腹が空いていたら、もっととってきてあげるよ」


『う……嘘だろ…………』


 アルバレスは口をあんぐり開けて、咥えていた煙草を机の上に落としてしまう。

 自分の食事を勝手に食べられたにもかかわらず、まだ相手のことを気遣う人間が、未だかつて存在しえただろうか?


 ファラの心遣いに、難民たちは涙を流しながら魚を勝手に食べたことを謝罪した。そして、改めて自分たちを襲った植物兵器を倒してくれたことに、感謝の意を示した。


『はぁ…………なんだかファラのことが分からなくなってきたな』


 アルバレスは、二本目の煙草に火をつけて煙を吹かした。

 どこか虚しい気持ちが、心に引っかかっていた。


 さて、ファラは改めて倒した後の周囲を振り返った。

 本体はそのうち燃え尽きるだろうが、周りには千切って投げたボナンザの蔓が無数に残っている。これらが根を伸ばして復活することはないだろうが、ファラは念のためこれらも焚火にくべることにした。






 ――――――――その時であった!



「お嬢ちゃん、片付け大変そうだなぁ、手伝ってやんよ!」


 空から男の声が聞こえた瞬間、あたりが灼熱の炎に包まれた。




記事『今日のファラ代表』

 我が国代表のファラは、避難が遅れた難民たちを、カンパニーの植物兵器から守る活躍を見せた。各国の代表選手の一部が早々に脱落する中、我が国代表はいまだ健在である。

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