場外戦2:裏切者

 2日目夕方――――

 ファラとその一行は、ようやく目的の場所にたどり着いた。


 前回の戦いで瓦礫がごちゃごちゃになった中に、まるで駐車場のように黒いアスファルトで舗装された一角があった。見たところ、舗装されている以外は何もないようだし、人の姿は見えないが――――


 すると、少女がすぐそばにある壊れかけの井戸に駆け寄り……


「おーい、お客さんだよー」


 なにやら、井戸の中に向かって呼びかける。

 しばらくすると、舗装された部分から唸るような音が聞こえたかと思うと、中心部が左右にぽっかりと開き、中から深緑の迷彩服と外套を羽織った、赤髪の少年が出てきた。


「やっと来たのかよ。どっかの誰かが丘一つ丸ごとぶっ飛ばしてくれたおかげで、地上部分のバリケード全部なくなっちまったじゃねーか」

「ごめん」

「ごめんて……犯人はあんたか、筋肉ダルマ……」


 少年は、辛辣な言葉を吐きかけながらも、一行を自分が出てきた入り口のリフトに乗せ、地下へと案内し始めた。リフトで降りる事3分、地上とは打って変わって、地下は堅牢な黒いレンガで固められた、整然とした空間が広がっている。

 空間の高さは10メートル以上あり、所々に電気配線と光ファイバーが壁を這っている。


「ふーん、こんなところがあったとはな」


 元々♣陣営に所属していたセーフは、自陣営が各地に補給拠点を持っていることをあらかじめ教えられていたが、こんな難民キャンプの地下にも補給拠点があるとは聞いてなかった。――――いや、正確には違う。


「ここは「俺たち」の避難場所だ。どの陣営にも属さない――「持たざる者たち」の隠れ家ってわけだ」


 壁際には、様々な機械や、以前戦ったディアスが乗っていた様な大型の人型ロボット兵器もいくつか見受けられた。

 そして、奥にはなぜか畳張りの部屋があり、そこに同じような年齢の少年少女が7人いた。


「俺たちは、元々あのカンパニーに所属していたエンジニアだ」


 話によると、少年たちはもともと様々な異世界の技術者や科学者たちだったが、カンパニーの陰謀で名目上は事故死扱いされて、幼少の姿に転生させられたのだという。彼らが持つ技術はどれも一級品で、カンパニーはその技術を転生という手段で横取りしたのである。


「あいつらにはほとほと愛想が尽きた。アライの奴が社長になって待遇が若干マシになるかと思ったら、結局俺たちは研究所所長のシスコンの奴隷だ。今までと何ら変わりはない」


 そこに、この戦争が始まった。

 非戦闘員である彼らにはベルはつけられなかったので、千載一遇のチャンスとばかりにここまで脱走してきた。

 今後、彼らはとある伝手を利用して、別の異世界に逃げるのだという。


「あんたら、そのカプコン機を直してほしいんだってな?」

「直せるのか?」


 カプコン機が直せると聞いて、セーフの顔がやや輝いた。

 彼にとって、この機体は息子のような存在なのだ。


「直せるどころか、俺の手に掛かれば性能を10倍にして返してやんよ」

「しかし時間がかかるのではないか?」

「一晩もありゃ十分だ」


 なんという自信。

 少年エンジニアは口は悪いが腕は確かなようだ。


「その代わり……あんたに頼みがある。明日、俺たちを脱出地点まで護衛してほしい。もちろんできる限りのバックアップはするつもりだ」

「なるほどな、それが目的か。ファラはどうする」

「わかった。私でよければ」


 カプコン機を修理する対価としての護衛依頼を、ファラはあっさりと引き受けた。ファラにはもともと大した目標もないし、人の命が救えるならそれに越したことはないのだろう。


『おいおい、そんな安請け合いしちまっていいのかよ? まあ、お前らしいっちゃぁお前らしいがよ』


 アルバレスも、少年たちを疑うことをしない、ファラのお人よし加減に若干あきれはしたが、それよりも「それでこそファラだ」とも感じていた。



「決まりだな。この産廃一歩寸前の珍兵器は、俺が責任もって直してやる。明日からよろしくな」


 こうして、ファラは思いがけず夜を安全に過ごせる場所を確保できた。

 ここには水も食べ物も十分に備蓄されており、おまけにこの場所はほかの陣営が来ても対処できるようになっているのだとか。


「めでたしめでたし、だね♪ ファラおねえちゃん、私はちょっとやることがあるから、行ってくるね。朝までには戻るから!」


 ただ、今までついてきた少女が、何か別の用事があるのか、空調の配管を伝ってどこかへ行ってしまった。

 朝になれば戻ってくると言っていたが、はたして―――――――








「ファラの奴、今日はだいぶ仕留めたな」

「そうね。しかもなかなか強いのばかりで、ほかの陣営はまさに大打撃だわ。これでもう、ファラのことを無名の野蛮人だと思う人はいなくなるわね」


 一方、オペレーションルームでも、二人のオペレーターがようやく人心地つけたようだ。

 昨日にも増して緊迫する戦いが多かったせいか、アルバレスは若干神経をすり減らしている。愛用の煙草に火をつけて、ゆっくりと白い煙を吐き出し、久々にタバコ本来の味をじっくり味わう。

 そして、スミトはパソコンの前から離れ、体をベッドの上に投げた。


「さてと。私はいったん寝るわ。変なことしたら殺すわよ」

「しねーよ。勝手にしろ」

「助かるわ。念のため、夜の間もファラを見ててね」

「くそっ、朝になったら交代だぞ」


 スミトも、一日中パソコンをいじり倒していて疲れたのだろうか。ベッドに入ると体を仰向けにして、さっさと寝てしまった。

 一見無防備にも見えるが、アルバレスは襲う気は全く起きなかった。下手なことをすれば、どんな報復があるかわかったものではない。



「にしても…………この予言者様は、本当に何者なんだ?」


 アルバレスにとって、スミトは理解に苦しむ存在だ。

 預言者という神秘主義の大家であるにもかかわらず、ハッキングというハイテクな真似をし始める。かと思えば、戦闘中のファラに助言ができるほどの戦闘のセンスもある。

 ただ、あまり詮索しても碌なことにならない予感はする。


(全ては終わったら話すと言っていた。今はそれを信じるほかないか)



 焦りは何も生まない。

 パパラッチの経験として、真実は追えば追うほど逃げるのが常。

 こういうものは、待つのだ。待って、待って、決定的瞬間をとらえる。


 そして、待っていても腹は減るので、アルバレスは夕食にビーフシチューを注文した。





××××××××××××××××××××××××××××××

 



 さて、その日の夜のこと。

 いよいよもって戦況が思わしくないJ陣営の代表――プリンセス・フーダニットは、たった一人で部屋にこもり、蝋燭の明かりの下で、何かを必死に書いていた。

 手はインクで汚れ、眼はとても眠そうだったが……それでも彼女にはやらなければならないことがあった。


 コンコンコンコン

 

「失礼します」

「今は入らないで」


 ノックの音が聞こえ、いつもの側近の声が聞こえたが、フーダニットは入室を拒否。しかし、側近は平然と部屋に入ってきた。


「姫様、このような時間まで起きていらしたとは…………お休みの時間はとうに過ぎております」

「あなたには関係ないでしょ。これ終わったら、すぐ寝るわよ」

「まあまあ、お手紙ですか」


 ずっと前からフーダニットに仕えてきた、水色髪の側近…………

 何から何まで世話してくれた彼女をフーダニットは大いに信用していたが、今日ばかりは何か様子が違うと悟った。

 優しい顔が……一挙手一投足が……怖く見えた。


「姫様のような高貴なお方が……下賤な者たちに、そのようなことをする必要はありません」

「うるさい……。何をしようと、私の勝手よ。わかったらさっさと部屋から出ていきなさい」

「そうですね、ではせっかくですのでこの手紙は私が責任をもって、送って差し上げます」


 そう言って側近が、紙の束に手を伸ばそうとした――――――その時だった!


「そこまでよ」


 突然、窓の方から声がした。

 慌てて二人がそちらの方を見ると、そこには全身がほのかに白く光る女性の姿があった。しかもその女性は――――スミトだ。


「ようやく食いついたわね、スパイさん? いえ、シエラザード」

「くっ……貴女はまさか!」


 シエラザードと呼ばれた側近は、じりじりと後退していく。

 そもそもこの側近は、シエラザードという名前ではないはず―――――いや、彼女こそ、フーダニットの懐に潜り込み、カンパニーに情報を送っていたスパイだったのだ。


「お顔に余裕がなさそうね。さては、何か「」のかしら?」

「おのれ大図書館…………! あくまで私の……カンパニーの邪魔をする気か!」


 側近だったスパイ――――シエラザードは、わなわなとその身を怒りに震わせ、身体を変化させてる。青白い炎が沸き上がり、炎の渦となってスミトに襲い掛かるが……


「破ぁっ!」


 スミトが右手を前に掲げて一喝すると、一瞬で光の暴風が吹き荒れ、

逆にシエラザードを消し飛ばした。

 彼女は断末魔すら上げることなく―――――消えてしまった。



「そんな……まさか……」


 フーダニットはその場にへたり込んだ。

 なにしろ、長年信頼していた側近が実はカンパニーの手先だと判明したのだ。そのショックはすさまじいものがあるだろう。

 何もかもが信じられなくなりそうだった。数しくない部下も、警備員も、そして代理たちも…………


 だが、白く輝くスミトが、フーダニットの頭をゆっくり撫でた。スミトの姿も幻なので、撫でられる感覚はなかったが、なんだか温かい気持ちになった。


「戦いなさい、気高きお姫様。あなたにしかできないことがあるんだから」


 そう言って、スミトの姿も――――はらりと消えた。

 部屋は、最初から一人しかいなかったかのように、寒く静かになった。



「私にしかできないこと…………」


 そうつぶやいて、フーダニットは改めて決意した。


 手紙を届けよう。

 私のために戦ってくれている人たちに、せめてありがとうって言いたい!

 その為にこうして一人で、50通以上の手紙を書いた。


 今この時にも、彼らは戦って……命を落としているかもしれない。

 彼女は手紙の1通1通に大量の魔力のコーティングを施し、宛先に向かって飛ぶ蝙蝠の使い魔の形に仕上げた。これが対象者の手に届けば、蝙蝠の形をした魔力は、たちまち手紙に代わる。

 ステルス、飛行、索敵……あらゆる魔法をかけた蝙蝠は、夜明け前の空に一斉に飛び立った。全ての手紙が、彼らの手に届くと信じて…………。



 次の日の朝、フーダニットが魔力枯渇による熱で寝込んだところを、別の家来に発見されたという。

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