13試合目:守るべきもの

 3日目、午前3時前。

 まだ日が昇っていない真っ暗闇の中、瓦礫の山に囲まれた場所からリフトがせり上がり、中から1機のヘリコプター――改造されたカプコン機が姿を現した。

 機体の色はピンクだが、全体的に横にした卵型のような形になっており、胴体には今までついていなかった両翼が取り付けられ、プロペラもやや大型化した。

 機首についていたテーザーガンは外され、より威力が高いメーサーガンに変更された。


「各部異常なし。発進」


 操縦するセーフの声にも気合が入る。

 カプコン機は、再び大空に舞い上がったのだ。


「どうよ、調子は」

「ああ、まるで我が子が戻ってきたかのようだ」


 操縦席の隣の席には、赤毛の少年が同乗している。目の下に若干隈が見受けられたが、少年曰く「これしき程度、5徹した時に比べれば余裕」とのこと。

 そして、後部座席には、我らが筋肉、ファラが乗っている。

 彼女は飛び立った時から、窓の外の景色に興味津々だ。


「すごい」

「景色に見とれるのもいいけどよ、索敵も頼むぜ」

「わかった」


 ファラにとって、乗り物に乗って空を飛ぶというのはかなり貴重な体験だ。

 なぜこの鉄の塊が空を浮くのか、彼女にはわからないことだらけだったが、外の景色を見る目は子供のように輝いている。


 さて、ファラたちは脱出作戦を行うに当たり、まず拠点周囲に敵がいないかを調査する必要があった。

 何しろこの地域は、少し北に行けば、ファクトリア工業地帯がある。工業地帯と言えば陣営同士の抗争の最前線であり、同時に♣陣営の根城でもある。どの陣営も活動が緩やかになる払暁こそが、最大のチャンス…………目指すは南方地帯だ。


 ヘリコプターで巡回すること5分。やや南の方に、複数の生体反応と魔力反応があった。改造されたカプコン機には、最新のレーダーが搭載されており、生体反応だけでなく、魔力や動力にも反応するようになっていた。


「何かいるな。1体だけじゃない。何か大勢いるが……排除を頼めるか?」

「わかった」


 調査の結果、当面の作戦の支障になりそうなのはその一団だけのようだ。

 赤毛の少年は、ファラに排除を依頼した。


「よし、ならいったん着陸を…………っておいまて!」


 セーフがヘリコプターを着陸させようとしたときには、ファラは飛び降りていた。高度100メートル以上あるというのに、ファラはパラシュートもつけず、何のためらいもなくダイブし、見事な五点着地をきめた。


「あいつには怖いという感覚がないのかよ!」

「ったく……毎回危なっかしい真似ばっかりしやがって」


 セーフはそろそろ達観し始めてきたが、赤毛の少年にはまだショックが強すぎるようだ。



 さて、ファラが反応した場所に向かってみると、そこにはロボットの残骸のようなものがたくさん転がっていた。


『ファラ、聞こえるかしら』


 通信からスミトの声が入る。


『アルバレスは今寝てるから、朝までは私がサポートするわ。今あなたの足元に転がっているのは、♣陣営の尖兵『ジョストコンカラー』ね。すでに何者かによって壊されているわ』


 どうやらこのあたりで、どこかの陣営が激しく戦ったのだろう。ジョストコンカラーの残骸だけでなく、昨日ファラがぶちのめしたアルファ・ウォーリアーズの死骸も散見される。死因は、体の一部を吹き飛ばされた際のショック死、あるいは何らかの圧力でぺちゃんこになっている者もある。


 だが、その死体を量産した相手が、すぐにファラの前に現れた。


「敵か」


 重い足音と共に姿を見せたのは、かつて戦ったディアスが搭乗していた機体――――モートラス機と同じぐらいの大きさの人型兵器だった。

 ただし、モートラス機と異なるのは、どうも声を兵器そのものが発しているようだということ。コクピットのようなものもなく、まるで人間のように各部が細かく動いている。

 色は全体的に落ち着いた焦げ茶色で、フォルムは岩石から切り出したかのようにごつごつしている。そして、肩部には二対4門のバズーカのような長身の砲が搭載されていた。


《両者、合意しますか》


「戦う」

「私には守るものがある。負けられぬ」


《『石器時代の勇者』ファラ代理 及び 『四大魔法騎士「地」』ギー代理、戦闘合意が交わされました。交戦を開始します》


 敵と敵、余計な言葉は不要だった。

 両者ともすぐに、戦闘体制に移行するが…………ここでファラの耳に通信が入る。


『ファラ。戦いながら聞きなさい。あなたに頼みがあるわ。目の前の敵を「鹵獲」して頂戴。ベルの位置はこれから解析するわ。それまで相手を壊さないように』

「わかった」


 若干理不尽とも思える内容だったが、ファラは気にすることなく受け入れた。

 相手は弱いわけではない。むしろ、見た目だけでいえば身長がファラの3倍以上はある。


「ゆくぞ」


 相手の兵器……ギーは自分の足元に拳を振り下ろす。すると、次の瞬間にファラの足元の地面が鋭く隆起し、襲い来る!

 ファラは隆起した地面を避け、逆に避けた足で空を切って衝撃波の「気」を飛ばす。だがこの攻撃は、ギーが展開した岩のシールドに阻まれ、それを破壊するにとどまった。


「む……【アースウォール】を……」


 ただ、ギーもシールドを破壊されるとは思わなかったようだ。

 何しろ展開した岩のシールド【アースウォール】は、野砲の砲撃でも傷一つつかないほど頑丈なのだ。それを木っ端みじんにするような攻撃など、今まで見たことがない。


「とうっ」


 ファラが接近し、拳を繰り出す。ギーもすぐに拳を魔力で補強し、殴り返す。

 やはりと言おうかなんと言おうか……拳と拳がぶつかって出せるようなレベルではない爆発音が、何発も響き渡る。

 拳を何十発も交わすうちに、ギーの拳にひびが入り始める。

 これを拙いと判断したギーは、いったん拳を止め、巨大な岩石を召喚し、ファラに叩きつけた。ファラは岩石を蹴りでぶち破るが、その一瞬でギーとの距離が再び広がった。


「ぬん」


 DOKOKOKOKOKOKOKOKOKOKO


 ギーの搭載している砲から先端がとがった岩の塊が次々に射出される。

 先ほどの死骸の山も、おそらくこの攻撃でまとめて薙ぎ払われたのだろう。あのアルファ・ウォーリアーズが着用する装甲すら余裕で貫く、恐ろしい攻撃力だ。


「ふん」


 QWANQWAQWANQWANQWAQWAN


 が、ファラがマッスルポーズをしたことで、岩の弾丸はことごとく弾かれる。


「なんと」


 これには、さしものギーも納得がいかないようだった。

 全身が魔力で動く魔法騎士にとって、人間の筋肉が実弾を弾くレベルにまで昇華されることが信じられないのだ。

 だからと言って攻撃の手を緩める彼ではない。彼の背後には――――守るべきものがあるのだ。


『ファラ。あいつのベルは胸の中にあるわ。ただし、装甲はあのメイドと同じくらい硬い。できるかしら』

「わかった」


 ベルの位置が胸部装甲の裏にあることを掴んだファラが、一気にギーに向かって駆け寄る。


「まだ終わらぬ――【プレートバインド】」


 右足でズシンと地面を踏む。するとなんと、周囲の地面が一気に柔らかくなり、泥濘と化した。


「?」


 ファラの脚がズブリと地面に沈んだ――――――次の瞬間、柔らかかった地面が一気に盛り上がり、今度は鉄のように固くなった。ファラの脚が地面に囚われたのだ!


「出力上昇――【プレートバインドⅡ】」


 ギーは魔力を惜しむことなく更に出力を上昇させた。

 足を埋めた地面をさらに盛り上げ、数秒後には両脇から2メートル近い岩のタワーがファラの身体をがっちりと挟み込み、ついに身動きそのものを封じた。


「良い敵だった。だがここまでだ。【グラウンドシェイカー】」


 ギーが手を前方に掲げると、地面が大きく盛り上がる。

 そして、幾重にも盛り上がった地面は、高さ5メートルほどの岩盤の津波となり、ファラに襲い掛かった。

 【グラウンドシェイカー】は本来、一回当たっただけで相手も大きく吹っ飛ばしすので、どちらかというと軍隊同士の戦いで使うのがセオリーだ。だが、【プレートバインド】で相手の動きを完全に封じれば、一回当たっただけで吹き飛ぶ大威力の地属性ダメージが、全部で32回相手を襲うことになる!

 いくらファラと言えども、これほどの強力な攻撃を食らえばひとたまりもない―――――はずだった。


「ぬぅん」


 が、ファラは拘束していた硬い岩盤をわずか数秒で破壊した。

 そして、襲い来る岩盤の大津波を、拳の連打で次々に砕いていく!

 まき散らされる岩石の破片、そして膨大な土煙。その向こうからファラの姿が現れた時、ギーの胸にはファラの巨腕がめり込んでいた。


「貴様!」

「終わり」


 硬い装甲に突っ込んだ手が、表面をベルごと砕いた。


《『四大魔法騎士「地」』ギー代理のベル喪失を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》


 アナウンスが、ベルが破壊されたことを告げると、ギーはゆっくりその場に腰を下ろした。


「私の負けか。己の好きにするがよい」


 ややあきらめきった口調でそうつぶやくギーだったが…………


「騎士さん、大丈夫!?」


 なんと、後ろの廃墟から貧しい身なりの女性たちがわらわらと湧いて出てきた。

 どうやら、複数の生体反応の正体は彼女らのようだった。


「騎士様を壊すくらいなら、私が……!」

「いえ、わたしが!」

「あたしが!」


「貴女たちは下がりなさい! ここは危険だ!」


 ギーの前にかばうように現れる十数人の女性たちを前に、ファラはどう説明しようか思案していた。

 そんなところに、救世主が現れた。


「安心しろよ。その筋肉達磨は無抵抗の奴を殺すほど野蛮な奴じゃねーよ」

「このあたり生存者か。騎士さんとやら、あんたが守ってたんだな」


 ファラの様子を見に来たセーフと少年が、ようやく到着した。

 彼らは、口下手で外見が野蛮なファラに代わって、自分たちが危害を加えるつもりはないと説明した。


「こいつは昨日何人もの難民を助けた。こんな顔だが野蛮ではないぞ」

「それに俺たちはな、こいつに頼んで戦場から脱出しようとしているんだ。よければ俺たちと一緒に来ないか?」

「私が守る」


 女性たちは顔を見合わせていたが、やがてギーが重い口を開いた。


「なるほど、偏見で見ていたのは私の方だったようだ。貴女は立派な騎士道精神の持ち主のようだ」


 ギーはその巨体を曲げて、謝罪の意を示した。


「詫びと言っては何だが、その脱出の行路に私も力を貸そう」

「ありがとう」


 こうして、ギーをはじめ新たな脱出メンバーが加わった。

 時刻は午前3時半…………まだ空は暗いままだが、脱出作戦開始のめどはついた。


「よし、ちょうどいい。おっさん、全員をここに集めてくれ」

「おっさんて……まあいい。頼まれた。…………うん?」


 セーフがヘリコプターに戻ろうとしたところ、一匹の蝙蝠がファラの下に飛んできた。蝙蝠は人懐っこく飛び回り、やがてファラの肩に留まると、ポンと姿が消えて、一枚の紙になった。


「なんだそれは?」

『ファラ、ゆっくり読んでみなさい』

「うん」


 セーフがカプコン機の明かりをつけ、その明りの下でファラは紙を開いた。

 その紙は―――――手紙だ。それも、まるで子供が書いたようなつたない字で書かれている。


『ファラへ それと、戦っているみんなへ

 まず、私から謝らせてください。ごめんなさい。

 私は、あなたたちを命の危険にさらしています。にもかかわらず、私はずっと後ろで命令しているだけでした。私に力がないのはわかっています。だからこそ、あなたたちの力が必要なんです。

 ファラ、あなたに最初に会った時、たくさんの食べ物をくれましたね。私は幼いころから、奪われるばかりで、人からもらったことがありませんでした。だから、とても嬉しかった。今まで食べた、どんなものよりおいしかったです。

 そんなあなたが、いまも命を懸けて戦っていると思うと、胸が苦しくなるのです。

 ファラ、どうか死なないで。戦争に勝っても負けても、あなたと生き残ったみんなでお祝いをしたいんです。いまさらと思うかもしれませんが、私にはもうこれ以上みんなに死んでほしくありません。戦いをやめるわけにはいかないですが、きっとファラなら、最後までかっこよく戦ってくれると信じています。

 カンパニーを倒すためにも、この世界のみんなが平和に暮らすためにも、改めて私に力を貸してください。


 プリンセス・フーダニットより―――――』


「なんつーか、若干言い訳がましい内容だが、お前んとこの代表も苦しい戦いを続けてきたんだってことがわかるな」

「よき主君を持ったな。私はこの戦争に、同意なく連れて来られ、戦わされている。うらやましい限りだ」


「フーダニット……」


 ファラは手紙を読み終わると、大事そうに胸元にしまい込んだ。

 セーフが言う通り、内容はたどたどしかったが、わざわざ手紙で気遣ってくれたというだけでも、ファラにとっては十分だ。


「私、がんばる」

『その調子よ、ファラ』


 フーダニットの思いのひとかけらは、ファラに届き、彼女の力となった。

 同陣営の代理の中には、フーダニットに悪い感情を抱いている代理も多くいるという。彼らにもその思いが届くかは定かではないが、フーダニットもまた必死なのだ。

 この世界を、カンパニーの支配から取り戻すためにも、J陣営は気合を入れなおす。


 そして、1時間後には、史上最大の脱出作戦が始まるのだ。


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