14試合目:筋肉千里行
午前5時――――東の山向こう、分厚い雲が薄らと光り始めたころ、難民キャンプ・コモンの東端の瓦礫の山が突如として揺れと共に隆起し始めた。
ズズズズと轟音ととともに現れたのは、長さ約200m、全高約30mの巨大な……………潜水艦(?)だった。ただし、形状は潜水艦だが、そこには巨大なキャタピラが付いており、水に潜る気概が一切感じられない。
すさまじい音を聞いて、工業地帯からカンパニーの兵士が駆けつけたころには、潜水艦のような物体は、キャタピラをうならせてゆっくりと西の方角に進んでいた。
兵士たちは唖然としたが、すぐさま通信兵が、各地の舞台へ緊急報告を行う。
「所属不明の……せ、潜水艦を発見!!」
『
『
『
『駄目だ!』
帰ってきた反応は散々だった。
それもそうだろう、今回の戦場には湖はあっても海はない。しかもホワイトルーク部隊の受け持ちは、湖から離れた東北方面だ。ほかの部隊も、彼らの報告を真に受ける者は、この時点ではいなかった。
だが、彼らの報告が事実だと気づくのには、そう時間はかからないだろう。
「これでよし」
赤髪の少年が、リモコン片手に満足そうに頷く。
ステルスを施したヘリから地上を見下ろすと、キャタピラが付いた潜水艦のような物体が、がれきを踏み潰しながら西に進むのが見える。
そしてヘリはそのままUターンし、ファラとギーが戦った場所まで戻ってきた。
「おかえり」
「戻ったか」
セーフと少年が戻ると、ファラとギーが出迎えた。
二人の背後には、難民の女性たちと、少年少女エンジニアたちが全員そろっている。
「しかし、壮大な囮だな。もったないとは思わないのか?」
「あんなもん、どうせそこらへんに落ちてた素材で作ったやつだ。人件費以外はタダだから、惜しくもねぇよ」
先ほどの潜水艦もどきは、夜の間ファラたちが滞在していた空間そのものだ。
技術者たちは兵器を数日で魔改造して、自分たちの生活拠点にしただけでなく、最後は自分たちの脱出のための囮に使ったのだ。
黒く巨大な潜水艦は、すべてAIが操縦しており、近づくものには問答無用無差別攻撃を行うよう設定してある。さらに、内部には主に♣陣営からパクリ……もとい、参考にしたデータから人型の機動兵器も作り、激しい攻撃が加えられると、やはりAIが迎撃に出て抵抗するようになっているそうな。そしてとどめに自爆装置付き。これで各陣営の目を欺き、その隙に自分たちは南に逃亡するのだ。
『あんまりJ陣営には引っかかってほしくないわね。念のため匿名で、各オペレーターに注意喚起のメールを送っておきましょうか』
無差別のため、当然J陣営も巻き込まれる恐れがある。
スミトが何とかしようとするが、果たしてきちんと通達が行くかは未知数だ。
「よし、改めて出発だ」
基地から持ってきた唯一の装備である、浮遊式のハーフトラックに脱出者を乗せ、カプコン機とギーが両脇を固め、彼らは脱出を急いだ。
彼らが次に向かうのは、東南方面――――富裕層の居住区だ。
「ファラ殿、貴公の腕を見込んで頼みがある」
「どうしたの」
ハーフトラックの屋根の上に座るファラに、並行して飛ぶギーが話しかけてきた。
「我らは四大魔法騎士と呼ばれる通り、私のほかにも3人の同胞がいる。彼らもまた、この先で無理やり戦わされているのだ。どうか、彼らにも救いの手を差し伸べてほしい」
ギーをはじめとする四大魔法騎士は、ある国で作られた自我を持つ兵器だ。
彼らは兵器になる以前から、スピリットとして苦楽を共にしており、その絆はとても固い。
彼らはついに、自分たちの生み親たちの役に立てる――――その矢先に、カンパニーは卑劣な方法で彼らをこの世界に連れ去ったのだ。
『ギーの言う通りよ。都合がいいことに、この先の区域に同型機が3機あるそうなの。すべて鹵獲を頼むわ』
「まかせて」
ファラは基本的に頼まれごとは断らない。
もちろん、できる範囲で、ではあるが――――
「敵に情けをかけてる場合かねぇ。ま、こっちとしては護衛してくれるだけでもありがたいから文句は言わないがね」
ヘリの中では、セーフの横で少年がそんなことをつぶやきながら、眠そうに目を擦る。
「油断するな。このヘリが安全だと言えども、敵がいつ来るかわからん」
「大丈夫だろ。最新鋭の索敵レーダーが積んである以上、よっぽど速い奴が来ない限りはすぐに察知できるさ」
「………あまりそういった口は聞くなよ」
ジンクスを何より嫌うセーフは、この手のセリフには敏感だ。
だが、残念ながら少年の言葉は、現実に跳ね返ってきた。
「!」
ファラが何か察知し、拳から「気」を飛ばした。
飛ばした気は、カプコン機の10メートル手前で別の何かにあたって相殺した。
あまりの速さに、レーダー反応が追い付かなかったのだ。
「ちっ、言ったそばからこれか!」
「悪かったってば!」
すぐに第二派が来ると予想した操縦者二人は、即座にシールド素子を展開し、攻撃に備えた。攻撃が次々に飛んでくるが、幸いすべてファラが叩き落してくれた。
筋肉の感覚は、最新のレーダーにすら勝るのだ。
「あれー、全部撃ち落されちゃった! 君凄いね!」
少女のような声が響いたかと思うと、一行の前に突風が巻き起こり、竜巻が集まった中に、ギーとよく似た緑色の機体が現れた。
大きさもギーと同じくファラの3倍はあり、2対4門のバズーカも健在。さらに、右腕には緑色の長弓を構えている。
「あれ? ギーも一緒? もしかして負けちゃった?」
「アネモスか……いかにも。負けはしたが、未だこうして生きながらえている」
「ふーん、ならば私とも戦ってくれるよね? この戦いもそろそろ飽きてきたんだ」
堅物なギーとちがい、アネモスと呼ばれた機体は、どこぞの少女に似て自由奔放な性格のようだ。
《両者、合意しますか》
「合意する」
「言っとくけど、手加減は無しだからね!」
《『石器時代の勇者』ファラ代理 及び 『四大魔法騎士「風」』アネモス代理、戦闘合意が交わされました。交戦を開始します》
合意のアナウンスが流れてすぐ、再び突風が吹き、アネモスの姿が消えた。
「さあ、私がとらえられるかな?」
アネモスの機体素材は、魔術で風を固めたものという、よくわからないものになっている…………つまりは、機体の姿はあくまで存在を主張するためのもので、結合を解除すればたちまち風となって空気に交じることができる。
「そーれ!」
SWAU! SWAU! SWAU! SWAU! SWAU!
肩部の魔道砲がファラに狙いを定め、緑色の弾丸を音速で飛ばしてくる。
ギーの放ってきた岩石砲と同じく、当たれば人体には文字通り「風穴」が開く危険な威力だ。
「ふん」
QWANQWAQWANQWANQWAQWAN
しかし、ファラがマッスルポーズをすれば、風の弾丸は筋肉に撃ち落される。
「まじで!?」
初見で驚くのは誰もが通る道。
次に、装備している弓をつがえ、連発しようとするが…………その前に、突風の中をファラが猛烈な勢いで接近し、アネモスに向かって拳を繰り出した。
「とう」
確実に入った……と、思われた拳だったが、筋肉は機体をすり抜け霧散してしまう。
これぞ「風」の魔法騎士の真骨頂。
物理攻撃は、どんな威力があろうとも、決して彼女に届くことはない。
空気にパンチしても何の手ごたえもないように、風そのものには「剛」のものは一切通用しない。
「ほーら、キリキリ舞いにしてあげる! 【トルネイド】!」
アネモスの手から、巨大な蛇のような竜巻が襲い来る。
対するファラは、腕をひねることでハリケーンパンチを放ち、筋肉の竜巻でこれを相殺。さらに、ファラ自身が独楽のように回転し始める。
「ぬぅん」
大回転したファラが巨大な竜巻を生み出す――――筋肉旋風!
自然の摂理に対抗する、筋肉の「気」が、アネモスの周囲の空気を乱す!
『ファラ、相手のベルは、同じく機体の胸部よ。いくら彼女が風と一体化できると言えども、ベルは消せないはず』
「わかった」
荒れ狂う風と筋肉の中、ファラは気を膨らませ、まるで10メートルの巨人になったような迫力を纏う。
「うわっ!? な、なになに? メガ〇ンカ!?」
これにはアネモスも思わず焦ってしまう。
さっきまでやや大きいくらいの人間サイズだったファラが、いつの間にか自分より大きく見えたのだ。
「あいつは怪獣かよ!?」
また、赤髪の少年も思わず腰を抜かすほど驚いた。
一応すぐに筋肉の錯覚で大きく見えるだけと気が付いたものの、そのプレッシャーの大きさは、先ほどとは比べ物にならない。
「ならばこれでどう! 【ミッターテンペスト】!」
アネモスが操る空気の流れが、空気の壁となり、ファラを押しつぶそうと四方八方から迫る。空気が圧縮され、そのままでは身動きも取れずにつぶれてしまう!
しかし、アネモスの攻撃はそれだけではない。
「そしてとどめ! 【ギガスカリバー】!」
空間を切り裂き巨大な空気の刃。
この魔法が通った大地には、谷ができるともいわれる超威力の風魔法……それが圧縮された空気の中にいるファラに迫る!
しかし、ファラは止まらない!
「はあっ」
膨れ上がった筋肉の気が、巨大な拳となって、空気の壁を破壊。
そして即座に蹴りの「気」で、【ギガスカリバー】の真空刃を、無理やりかち割った!
「なんてこと!?」
今まで破られたことのなかった必殺魔法が破られた!
ショックを受けたその一瞬で、ファラの巨大な拳が伸びる!
アネモスは慌てて風と一体化するが…………ベルは一体化することができず、ファラの手中に収まった。
《『四大魔法騎士「風」』ギー代理のベル喪失を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》
「あのアネモスに徒手空拳で勝つとは……! やはり彼女は素晴らしい!」
一連の戦いを見ていたギーは、思わず感嘆した。
ギーにとって、アネモスは最も苦手な機体であり、同時に(相対的に)やや苦手とする相手だった。だからこそ、ギーはアネモスの強さを理解していたし、その上で勝ったファラの力量は称賛に値する。
「それ、取られちゃったかー。でも、それがなくなったおかげで、もう変な命令に従う必要もないもんねー!」
敗北したというのに、アネモスはかなり嬉しそうだった。
ベルによって、♥陣営のオペレーターに生成与奪を握られていた彼女は、無事にそのくびきを脱出することができた。
♥陣営の代理は敗北すると、ビンインに魔力を根こそぎ奪われるとされているが、アネモスとギーは吸血鬼契約を結ぶことがなかったので(というか無機物だからできない)命を奪われることはなかった。
『よくやったわファラ。苦手な相手なのに、すごいじゃない』
物理が通らない相手ということで、若干懸念していたスミトだったが、こちらも杞憂で終わった。四大魔法騎士の半分を確保できたことで、気分は上々だ。
「無事に戻って何よりだ、アネモス」
「ギーもね! ほかの二人は?」
「まだどこにいるかすらもわからん。だがこのままいけば……」
「二人とも戦うんだね。仕方ないけど、できれば四人で一緒に元の世界に戻りたいよね。ねえお姉さん、私も力を貸すわ。ほかの二人のことも、よろしくね!」
「わかった」
こうして、一行の下に二機目の魔法騎士が加わった。
彼女はいったん、消耗した魔力の補給を行い、改めて「風」として、残りの仲間の捜索を始める。
やがて、川と橋が見えた。
橋は厳重に封鎖されているが、見張りなどはおらず、人が大勢乗り越えたような跡がある。
「この先は……ロイヤル・ヤード。腐れ貴族たちの巣窟だ」
橋に地雷などがないことを確認したハーフトラックが、障害物を排除して一気に突破する。
ここから先は、身を隠す場所がほとんどない…………熾烈な戦いは始まったばかりだ。
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