12試合目:あの丘を越えて 後編

 かつてこのあたりには、スラムで独自に発生したカルト宗教の拠点があった。

 いや、カルト宗教というよりも、テロ組織に近かった。

 曰く「神に選ばれた戦士は、聖戦を全うすることで、転生後の成功が約束される」――戒律などはない。神の戦士として選ばれた後は、より大勢殺せば殺すほど、素晴らしい転生ができる。カルテル教の教えが、さらに歪んでねじ曲がった…………狂気の集団がいた。


 そんな彼らは、例外なく全員が地面に倒れ伏している。

 大規模な爆発跡の数々が、このあたりで激戦があったことを示し、薄汚れた廃墟に、信者たちが内臓をぶちまけている。


「このあたりは戦闘の直前まで大勢の人がいたんだ。けれど、戦争が始まって右往左往している間に、強力な兵器で皆殺しにされたんだよね」


 少女は特に感傷に浸ることなく、淡々とこの地獄について解説する。

 腐った肉と鉄の臭い……戦場というのは、かくも無残なものなのか。


「仕方ねぇさ。奴らは巻き込まれないようにする努力を怠った。それだけのことだ」


 軍人として、様々な戦場を渡り歩いたセーフも、彼らに同情は一切向けなかった。戦いが終われば、この瓦礫の山は撤去され、元の平野にも同ことだろう。



『ファラ。聞こえるか。前方に生命反応だ、こちらに向かってくる。向こうは気付いているようだから、態勢を整えろよ』

「わかった」


 遠かった丘の上。筋肉の行進を阻む、文字通り最後の「壁」と当たった。

 その場所だけ、異常なまでに整理され、掃き清められている…………

 瓦礫と死体が一か所に積み上げられ、灰色の地面が直径50mにわたって、露出していた。

 そして、真ん中に静かに佇むのは、メイド服を着た女性だ。体はスマートで、背筋はピシッと伸びており、丸でファラを賓客のように出迎えた。しかしながら、その眼は、眼球すべてが瞳になっているのではないかと思えるほど、真っ黒だ。


《両者、合意しますか》


「合意する」

「あー」


『こいつ、ふざけてんのか?』


 端正な顔立ちに似合わない、まるで赤ん坊が喋るような声。

 アルバレスは、この時点で大した相手ではないのではと思いこんだ。


《『石器時代の勇者』ファラ代理 及び 『鉄壁メイド』メイドラ=メイド、戦闘合意が交わされました。交戦を開始します》


 アナウンスが鳴った瞬間、先に攻撃を仕掛けてきたのはメイドラの方だった。

 低い姿勢から両腕を構え、ファラの腹部を狙う。常人では見切ることは不可能な素早い打撃! しかし、ファラはその拳を難なく受け流し、逆に背中に思いきりけりを食らわせた。

 空気まで振動する威力の蹴りの直撃を受けて、メイドは頭から地面を一回跳ねた。誰がどう見ても、首の骨が木っ端みじんになるであろうと思われる、危険極まりない一撃だ。


 が、メイドラは何と1回跳ねただけで空中で無理やり体をひねって、やや後方に着地した。


『は? なんだこいつ!?』


 アルバレスはあっけにとられた。

 驚くことに相手は、かすり傷一つついていない。


「うーあ」


 メイドラが挑発するようにスカートのすそを持ち上げる。

 まるで「わざわざ攻撃させてやったのに」と言いたげだ。


「ふんっ」


 今度はファラの拳が、メイドラを襲う。

 一発、二発、三発………直撃すればビル一棟が軽々粉砕される威力のパンチが複数回繰り出されるも、メイドラの腕が攻撃をことごとくいなす。

 受け流された拳の勢いは、後方の瓦礫を派手にぶっ飛ばし、ごみの雨あられが難民キャンプの西部へと降り注ぐことになる。その当りに別の誰かがいれば、たまったものではないだろう。


『ファラ、そのまま聞きなさい。そいつは耐久力と防御力がとてつもなく高いだけじゃない。攻撃を受け流すのも得意としているわ。今の攻撃は、当たっているように見えて全部回避されていると思っていいわ』

「むっ」


 ファラが再び蹴り、拳を見舞うが、後方の瓦礫が盛大に飛散するだけで、メイドラに全くダメージが通っていない。


『さてファラ。あなたはさっきの木製ロボットとの戦いで、何か学んだことはあったかしら』

『あんなのから学ぶものなんてあったかねぇ?』


 アルバレスはよくわかっていないようだが、ファラはこの一言だけで何かを察したようだ。

 ファラは、筋肉を盛り上げ再び拳を連発する。


「んー」


 そして当たり前のように攻撃を受け流すメイドラ……が、直後にファラの手がメイドラの左腕に伸びる。


「やー」


 寸前に気が付いたメイドラが間一髪で掴みを避けるも、ルーチンがやや乱れたせいか、一部の拳の威力が相殺しきれず、メイドラの体を震わせた。

 彼女からしてみれば、ほんの些細なダメージ…………それこそ、数秒もあれば自然に回復する程度なのだが、回避しきれなかったことは事実だ。

 ちなみに、メイドラも受け流してばかりではなくしっかりカウンターもしているのだが、こちらもファラの筋肉によって受け流されている。なんともレベルの高い殴り合いである。


 ただ、このままではお互い千日手。いや、どちらかと言えば、バックアップ体制が皆無なファラが明らかに不利だ。


「よし」


 ファラは何かコツつかんだようだ。


「ふんっ」


 次にファラが繰り出したのは……「気」による遠距離パンチ。

 あの大鬼と殴り合った時以来の――――いや、ドレイクドーパントのリュウジを木っ端みじんにて以来の、筋肉ミサイルだ。


「あー」


 対するメイドラにとって、むしろ遠距離攻撃の回避など近距離攻撃よりたやすい。両腕をしなやかに動かして、轟音を上げて迫りくる筋肉ミサイルを次々と叩き落とす―――――はずであった。


 受け流したはずの筋肉ミサイルは、直後に方向を変えて、しかも威力を増して再び襲い来る。しかも、通常の威力の筋肉ミサイルに交じって、両側から挟み込むように、巨大な「気」の塊が迫る。


「はぁっ」


 ファラが両手を握りしめて、胸の前でガツンと合わせるのと同時に、巨大な気がメイドラを押しつぶさんと迫る。


『まさか大鬼にやられたことを、別の敵にやり返すとはな』


 そう、かつてファラが大鬼と闘った時のように、力でねじ伏せんと筋肉が迫っている。

 受け流しきれないと判断したメイドラは、とうとう大胆な手法に打って出た。


「いーあ」


 背中がセミの抜け殻のようにパカリと開き、腕が3対6本飛び出し、本来の腕が両側から迫り来る筋肉を強引に押しとどめている間に、飛んでくる筋肉ミサイルを拳で迎撃し始めた。

 その姿はさながら人間CIWS。まるで10数人のファラに袋叩きにされているような状況にもかかわらず、圧倒的な耐久度をもって、これを打ち消していく。

 拳が3,4発当たれば、背中から生える腕は折れてしまうが、折れるたびに新たな腕が飛び出し、壊れた腕は体内で修復に入る。

 そして、両側から迫った巨大な筋肉の「気」を、両腕が完全にした。


『ふーん、そんな高度なこともできるのね。やるじゃない。ファラ、よけなさい』

「!」


 珍しくスミトからの回避指示。

 だが、ファラは勢いよく両腕を前に繰り出した。

 それとほぼ同時に、メイドラも両腕を繰り出す。


BUH-KOOOOOOOOM!!!


 その時、丘全体が一気に消し飛んだ。

 半径1キロ以内のものが、丸ごと吹き飛び、難民キャンプ全体に瓦礫の嵐を巻き起こした。


「バカヤロウ! 俺たちを殺す気か!」

「やんなっちゃうね」


 避難していた二人は、ファラがとっさに気を纏わせていたおかげで無事だったが、生きた心地はしなかっただろう。


 いったい何が起きたのか? それは、メイドラがファラの巨大な「気」のダメージを体内で、逆に腕から打ち出してきたのだ。そして、ファラもまた同じだけの威力の「気」を放って、至近距離でぶつけた。

 ぶつかり合った「気」と「気」の威力があまりにも大きすぎた上に、ファラはソウ村のときと違い、このあたり一帯の地面を守る気はなかったので、相殺することすらしなかったのである。


 まあ、要するに筋肉の核爆発である。

 とにかく、発達しすぎた筋肉というのは、暴発すると大変危険だということを、皆様は覚えておいてほしい。


「あー」


 メイドラも幾分かダメージを受けたようだが、まだまだ倒すには至らない。この威力の攻撃を、すくなくとも100発分以上―――再生力を加味するなら、その3倍は必要になるかもしれない。

 まさに鉄壁!

 最強の筋肉と最強の鉄壁メイドは、さながら中国の矛盾のごとき様相を呈しているが、このままでは「盾」が勝ってしまうのか?

 というか、それ以上にこの星が耐えられるだろうか?


『やばいくらいタフだな。それこそこいつが鬼を倒せばよかったんじゃねーの?』


 さすがに大鬼の本気を真正面から受けきれるかは定かではないが……それでもこのタフネスと防御技術は非常識と言わざるを得ない。


「私は、負けない」


 途方もない防御力を持つ相手だが、それでもダメージは通ると確信したファラ。


『三度目の正直よ。もうそろそろ仕留めてほしいものね』


 周囲が固唾をのんで見守る中、スミトだけはあくまでも冷静だった。

 ファラが再び筋肉ミサイルを放つ。

 空間が膨らむかのような「気」の塊が何十とメイドラに迫りくる。


「むー」


 メイドラは「またか」と言いたげに迎撃態勢に入る。

 一部は受け流し、一部は吸収し……背中から生える腕を千手観音のようにせわしく、そして正確にうねらせて防御に徹する。

 そして再び両側から轟音と共に挟み込む巨大な筋肉の「気」―――また先ほどのパターンを繰り返すつもりなのか。

 両腕が「気」を飲み込んでいく。


 が、なんとすぐさま巨大筋肉第二派が前後から押し寄せる。

 これを吸収すべく、20本の腕が伸びて、直後に来るであろう第三派もろとも、ダメージを体内で止める。

 この「ダメージを体内で止めて、放出する」という動きは「超科学神拳」と呼ばれる幻の技術が元になっていると言われている。なんでも、受け止めた腕から体内の一部を共振化させることで、ダメージとなるのを遅らせ、逆に反動を反対の腕から逃がすというものなんだとか。

 このメイドラにかかれば、不可能と言われた「二重反作用舞空術」も「共振遠当て拳」も、実用になるのかもしれなかった。


 だが、あと一歩足りなかった。


「右肩甲骨下3センチ!」


 突然、少女がこんなことを叫んだ。

 そのコンマ1秒後―――――背後に回り込んだファラが、伸ばし指先が少女が言った通りのところにギリギリ食い込んだ。

 食い込ませたファラの右腕は多数の腕に阻まれかけたが、ぎりぎりほんの1ミリ届いてしまった。


「あ、あー」


 すると、メイドラの身体がガクガクと震え始めたではないか。

 そしてしばらくもしないうちに、体のあちらこちらで骨が踊り狂い始め、体の制御が利かなくなった彼女は、クルンクルン周りはじめ、思い切り身体を弓なりに逸らしたかと思うと…………


「わー―――――――」


 ガシャンと大きな音を立てて、動かなくなった。


《『鉄壁メイド』メイドラ=メイド代理の生命力喪失を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》


『すまない。何が起こったのか、今まで以上にさっぱりだ』


 なぜか急に暴れた末に壊れてしまったメイドラを見て、アルバレスは呆気にとられた。ファラがやったのは、肩甲骨のやや下あたりを指で押しただけにしか見えなかった。そこに自爆スイッチでも仕込んであったのだろうか? いや、違う。


『簡単な話よ。体内で止めたダメージを、無理やり動かしたの。あれは繊細な技術だから、少しでもバランスが崩れるとあんなふうになっちゃうのよ』


 簡単とは言うが、実際は途方もなく眉唾な話だ。

 要するに、体でいったん止めて逃がすはずだったダメージが、体内のバランスが乱れたことで、逆に抑えていられなくなったのだ。さすがに、丘を吹っ飛ばす威力のダメージを軽減することなく、それも数発分も食らえば――――――体の中で爆弾の破壊エネルギーが暴れまわったようなものである。


「ありがとう、助かった」

「ううん、どういたしまして! 私もやっと役に立てたね!」


 駆け寄った女の子とハイタッチを交わしたファラ。

 だが、それを見ていたセーフは背筋が凍る思いだった。


(この少女……本当に何者だ?)


 ただの少女に、あのメイドラのウィークポイントを見破れるはずがない。

 果たして、彼女の案内に従って本当にいいものか? フラグだとわかっていながらも、セーフは悶々とせざるを得なかった。


 越えるべき丘は

 目的地は近い。



 ―――――――先ほどの筋肉爆発に巻き込まれて消えていなければの話だが。

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