11試合目:あの丘を越えて 中編

 静まり返った瓦礫の道を、ファラたちは無言で行く。

 元は緑豊かだった平原は、灰色の大地がむき出しになり、さながらごみの山となっている。瓦礫の中には人間の死体も交じっており、誰にも弔われることなく朽ち果てていくのを待っている。


「あそこにの小高い丘を越えた先が、目的地だよ。無事でいるといいけど」

「あまりそういうことを言うなよ。その言葉は『フラグ』だ」

「じゃあ、99%助からないよねっていえばいいの?」

「心を込めて言わなきゃ意味ないぞ」


 そんな中にあっても、女の子が持ち前の明るさで先導してくれるおかげか、一行の気分が沈むことはなかった。

 死の大地で、生存者の無事を祈りつつ進むのは、どれだけ心細いか……


『ファラ、聞こえるか。前方に生体反応だ。完全に待ち伏せてやがる』

「わかった」


 ここで、アルバレスから前方に敵が待ち構えている旨の知らせを受ける。


「二人とも、ゆっくりついてきて」

「うん」

「おう」


 ファラが先頭となり、後に二人が続く。

 このあたり一帯は車両駐屯所でもあったのか、ジープやバス、ハーフトラックの残骸が放棄されており、ところどころあるどす黒く澱んだ水たまりは、きつい揮発油の臭いがする。

 そして、彼らが見つけたのは…………四階建てビルと同じような大きさの木製の人形であった。

 雑に色を塗られ、顔も目をくりぬいて口が開閉するだけのシンプルなもの。

 ファラを見つけるや否や、内臓スピーカーからオルゴールの音を出し始め、腕をガションガション動かし始める。オルゴールの曲は、皮肉にも「くるみ割り人形」だ。


《両者、合意しますか》


「二人とも、下がってて」

「油断するなよ」

「頑張ってね、お姉ちゃん!」


 ファラは、おもむろに二人を安全地帯に下がらせ、巻き込まない体制をとった。


《『石器時代の勇者』ファラ代理 及び 『木目装甲』ピノキオン代理、戦闘合意が交わされました。交戦を開始します》


『無機物が珍しくアナウンスまで攻撃してこなかったな』


 今までが今までの所業だけに、巨大人形ピノキオンがアナウンスを無視しなかったことに素直に感心した。

 しかし、それと同時に、とあることを思い出した。


『あれって、もしや……何年か前の、子供を踏み潰した事故のやつか?』


 ジャーナリストの端くれならだれもが知っている、あの忌まわしき事件。

 カンパニーがオープンした遊園地で、巨大な木製人形に子供が踏みつぶされた事件があった。かつて、カンパニーが開店したピザ屋で、ロボット操作のマスコット人形が、子供の頭をかみ砕いた事故があったが、被害はあれの比ではなく、遊園地自体が解体に追い込まれてしまったそうな。


 そんな悲劇があったかどうかを、ピノキオンが覚えているかどうかは定かではないが、ピノキオンは大きく足を振り上げて、ファラを踏み潰そうと思い切り振り下ろした。


 ズシンと音がしたが、当然ファラは簡単によけた。それどころか、あまりの音が軽く、地面を揺らすほどの威力もない。それもそのはず、この巨大な――――約13メートルの巨体は、重さは1.5tもないのである! 驚異のスカスカ具合だ!

 確かに子供がつぶれてしまう程度の重量はあるのだが……


「とうっ」


 逆にファラの強烈なパンチが頭部に直撃! 四階建てビルの高さの相手にパンチを放つ光景ももはやおなじみであるが、喰らったピノキオンはひとたまりもなく、首が2688°曲がって瓦礫の山の中に吹き飛ばされた。


 しかし、ピノキオンは吹き飛ばされても、すぐにほとんど無傷で起き上がり、腕をガションガション元気に動かした。かわいい。


『効いてねぇな。案外頑丈なんだな』

『私に代わりなさい、アルバレス。ファラ、聞こえるかしら。あの巨大な人形は、ああ見えても「ジェッペット材」と呼ばれる貴重な木材でできているの』

「木が生きている?」


 ファラは、ピノキオンが振り下ろした貝殻製のブレードを筋肉で砕きながら、オペレーターと会話している。どうも、ピノキオンの攻撃は軽すぎて、彼女の筋肉にさっぱり響いていないらしい。


『まあ、おおむねそんな認識で間違いないわ。あれは、受けた衝撃を末端に逃がすことで、ダメージを抑える仕組みになっているの。数値的にはHPが1000万をよゆうでこえるわ』

「どうすればいい?」

『まずは四肢をどうにかしてもぎなさい。何事も手順が重要よ』

「わかった」


 今の会話で、ファラには何となく倒し方が見えてきた気がした。

 まず、ファラは胴体の中心に、全力でショルダータックルをお見舞いした!

 鬼の拳を相殺する威力の攻撃を受けて、ピノキオンはまたしてもすさまじい勢いで吹っ飛ぶ。

 この時、体内に勝手に住み着いていたシロアリの魔獣たちが、何事かと驚いて一斉に飛び出し、自らの住処を攻撃する対象を攻撃しようと、むやみやたらに酸を吐き出し始めた。


「セーフ、それちょうだい」

「……ああ」


 そして、ファラはセーフから火が付いたタバコを受け取ると、揮発油の臭いがする水と共に落ちていたドラム缶に投げ入れて発火させて――――


「ふんっ」


 ピノキオンめがけて投げつけた。


 BOWN!!


 あっという間に燃え上がる巨大な木製人形。

 ただでさえ燃えやすい木製でありながら、可燃性が高い蟻酸がまき散らされたことで、その炎上具合はすさまじかった。


 だが、ピノキオンはロボットである。熱さを感じないことをいいことに、燃える身体でファラに攻撃を仕掛けてくる。

 ジェッペット材でできた体は、炭化していく下から再生を続けるため、燃えた程度では致命傷にならないのだ。


「~♪」


 オルゴールの曲が「歩兵の本領」に変わり、一身火の玉になった木製ロボットが、アグレッシブに暴れまわる。

 ファラは冷静に立ち回り、まず右足の付け根に回し蹴りを放つ。

 付け根の関節がバキッという音と共に折れて、根元から分断してしまい、ピノキオンは盛大にこけた。

 次に、左足の付け根を砕いて、これまた足が分断された。

 燃え上がる足をファラは平気な顔で掴んで、油の水たまりに投げ入れて燃やした。この程度の炎は、かつて戦ったあの大悪魔ゼパルに比べればなんともないということか。

 ピノキオンの胴体は、燃え上がりながらも慌てて足を再生しようとするが、腹はその隙に上半身の方に回った。


BRAM!!


 ファラの方に顔を向けたピノキオンは、なんと顔についている円筒形の部品(鼻)を飛ばしてきたが、銃弾をはじき返す筋肉の前には効果なし。

 そして、右腕、左腕が、あっという間にチョップでブチ切られてしまった。

 どんなロボットであっても、関節や付け根はほかの箇所に比べてどうしても脆いものである。


『足が再生してるが……あんなんじゃ立てないだろうに』


 アルバレスが言う通り、根元からとれてしまった足が再生し始めているが、股間から丸太が生えているような……動かせない脚が生えてしまっている。その上、腕までもがれたせいで、再生スピードが遅くなってきた。

 しかも、手足の再生に栄養をまわしているせいか、燃える胴体が炭化し始めている。そう、とうとう継続ダメージが、再生を上回り始めたのだ。

 これだけ燃えているにもかかわらず自己再生を続ける耐久力は大したものだが、継続ダメージで相殺されてしまってはどうしようもない。


 ファラは、満を持して胴体に攻撃を加えた。


「むんっ」


 ドンッと爆発音とともに筋肉が叩きつけられる。

 恐ろしい耐久力を持つ胴体も、威力を逃がす場がなく、一気にヒビが入る。


「とうっ」


 チョークスリーパーで、首をへし折る。

 その後、頭部は再生をやめたのか、丸焦げになって沈黙した。


 そして最後に、首のあった場所から胴体を、チョップでから竹割。

 木製ロボットは、最後の断末魔を上げることなく、無残に木っ端みじんにされてしまった。


《『木目装甲』ピノキオン代理のベル喪失を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》


 とうとう今の一撃で、体内に内蔵されていたベルが破壊された。

 無限とも思える再生力を持った木製ロボットの破片は、虚しく「星に願いを」を流しながら、黒煙を上げて燻る。



『お疲れさん。二度も連続で、俺のうっ憤を晴らしてくれてありがとよ』

「どういたしまして」


 アルファ・ウォーリアーズに続いて、この世界に因縁があるピノキオンを倒したことで、アルバレスも上機嫌だ。

 

「勝ったか。だが油断するなよ。目的地はまだ遠い」


 セーフの言う通り、目的地はまだ見えない。

 彼らは目的地に向かって、再び歩を進める。

 大量の木片が黒煙を上げる中、どこからか物悲しげなオルゴールの音が、虚しく鳴り響いていた。



記事『今日のファラ代表』

 カンパニーは、時々思い出したかのように、我々に友好な態度を示してくることがあった。しかし、そのどれもが、彼ら自身の身勝手によって頓挫してしまっている。当然だろう。彼らはあくまで、我々を下に見ている。その実態は単なる「施し」に過ぎないと言ってもよい。

 数年前に起きた、カンパニーが作った遊園地で起きた、木製ロボット暴走事件を覚えているだろうか。カンパニー友好国の子供が遊びに行ったさなか、巨大な木製人形が暴走し、数名が犠牲となった。カンパニーは紆余曲折の末、遊園地の廃園を決定したが、遺族にはびた一文も補償金が支払われなかった。当然謝罪もない。

 かれらは、このようなことをしても許される存在だと自負している。だが、それがファラ代表の手によって崩されようとは、夢にも思わなかっただろう。


 遊園地で子供を踏み潰した木製ロボは、この戦いでファラ代表を潰そうと、敵意丸出しで挑んできた。だが、ファラ代表は逆にロボットをボロボロに砕き、踏み潰された子供たちの仇をとってくれたのだ。

 もちろんカンパニーは、この情報をずっと秘匿するだろう。だが、私が記事を書く限り、彼らの恥は全世界の知るところとなるだろう。

 

 そう、ペンは剣より強し、だ。

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