10試合目:あの丘を越えて 前編
そこは、一言でいうと「地獄」であった。
足の踏み場のないほどの瓦礫や、建物の残骸が黒い煙を上げて燻っており、各地で炎が立ち上っている。まるで、戦略爆撃を受けたような惨状のなか、わずかに道となっている隙間を縫うように、ファラたちは歩く。
『聞こえるかファラ』
「うん」
『そのガキから言われている場所は、難民キャンプのほぼ東端にある。目標物もなくわかりずらいだろうが、気を付けて進めよ』
「わかった」
そもそも、この場所『人でなし難民キャンプ』コモンは、王国の貧困層が戦禍を避けるため貧困層を非難させたまま放置していたものが、いつの間にかその土地に根付いてスラムを形成したという経緯がある。
闇市や怪しげなテントが毎日のように現れては消え、一日として同じ場所に道はない。中には凶悪な犯罪グループの根城もあり、治安の悪さではこの地区の右に出る場所はない。
だが、そのせいか、1日目から各陣営の小競り合いが繰り返され、それが次第に強力な代理同士のぶつかり合いの場所となった。
壊すのに何のためらいもない場所――――――いや、むしろ手軽に人を殺せる場所として、目をつけられてしまったのだ。
『おっと、言ってる傍から生体反応だ。近いぞ』
「わかった」
とりあえずファラは、同行者のセーフと女の子、それとカプコン機の残骸を下ろして近くの廃墟に隠れさせ、先手を打って攻撃を行うことにした。
「やることね~な~」
「ほんと、やることね~な~」
「どうするよ、暇だ」
ファラが視認したのは、まるで太った熊のような、体長2メートル強の黒い装甲服を纏った人間たちだ。見る人が見れば「お相撲さん?」と思わずにいられない、ずんぐりむっくりな装備をしている。
すると、ファラの耳に聞きなれない声が聞こえた。
『ファラさん、聞こえますか?』
「?」
『私はスミト。新しく、アルバレスと一緒に仕事をすることになったわ。よろしくね』
声の主は新たに加わったオペレーターのスミト。彼女はわざわざホログラム通信で、ファラの前に自身の姿を見せた。アルバレスも一緒だ。
「……? こっちに来たの?」
『残念ながら違うわ。これはあくまで影を飛ばしているだけ。それより、あの敵たちについて簡単に説明するわね』
スミトが言うには、彼らは「アルファ・ウォリアーズ」という、カンパニーの異世界侵略の尖兵で、数々の戦争におけるカンパニーの暴力を担っている存在だ。
『彼らは銃器を使うわ。あの鉄の弾をばらまいてくるやつね。ファラは銃弾なんかへっちゃらなようだけど、中には毒結晶やナパーム……つまり炎攻撃もあるわ。装備に注意するのよ』
「わかった」
『危険な装備を持っている敵は、私が知らせるわ。戦い方はあなたに任せるから』
アドバイスを受けたファラは、慎重に、音をたてないように進んでいく。
密林で、素手で野生動物をしとめるファラは、隠密行動もできるのだ。
『左手、腕に緑色のラインを巻いている兵士。あれは毒結晶弾装備よ。それ以外は貫通と散弾ね』
小さく頷いたファラは、テントの残骸を蹴って、ペグを飛ばした。
ペグは、鋭いナイフとなって飛んでいき、狙った兵士の頭部側面に突き刺さった。
「グワッ!?」
「ど、どうした!?」
「敵だ!」
気が付いた時にはもう遅い。
まずは一番近い敵を強力なパンチで吹き飛ばし、次にペグが頭部に刺さった兵士の首をチョップで叩き折る。そして最後の敵が銃を構えた時には、目に見えない拳が瞬時に3発叩きこまれ、パワードスーツの中で内臓がはじけ飛んだ。
吹き飛ばされた敵も、5メートルほど地面をバウンドして、木片の残骸にくし刺しとなって息絶えた。
ここまでわずか10秒の出来事だった。
《両者、《両者、《 『石器 《交戦 《この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》 のファラ代理です》 です》
あまりの早業に、アナウンスもバグる始末。
一応彼らも、代理のメンバーだったようだ。
『素晴らしい動きね。で、華麗な活躍をしてすぐで悪いんだけど、此処から南に同じ反応が16人分あるわ。しかも、こっちに向かってきてる。おそらく、隊長格が部下の反応消失に気が付いたんでしょうね』
「わかった、それも倒す」
ファラは、今後の安全のためにも、残りメンバーを撃破することにした。
しかも、今までの代理と違って、一切容赦なく命まで奪うつもりだ。
実は、ファラは戦っている相手がどんな心理で戦っているのか大体わかるらしい。その中で、殺さない方がいい人物は、見逃してやっている。
ファラはヒーローだが平等ではない。残念ながら、ファラは彼らに有罪判決を下した。
「こっちだ!」
「この俺たちに逆らう奴らがまだいるとはな!」
「まだ殺したりねぇ! 俺に殺しをさせろ!」
スミトが予想した通り、味方の反応が消えたことを受けて、本隊が駆けつけてきたようだ。だが、反応が消えた味方の心配をする者がいないのが、彼ららしい。
「よし、付近を調べろ!」
純白の装甲を纏った隊長格が、部下の兵士たちに指示を出す。
さっきはファラにあっけなくやられた彼らだが、本来は一体一体が凄まじい戦闘能力を持ち、一人だけで近代軍兵士1万人に相当する戦力があるという。
戦車砲すら耐える強化アーマードスーツに、倉庫一個分ほどもある潤沢な弾薬を背負い、機動力も十分にある。まさにワンマンアーミーの集まり。
ちょっとした代理であれば、彼らなら一ひねりなうえに、それが16人も集まっているのだ。
試合になると1対1になる可能性があるとはいえ、次々に投入される新手の前に、苦戦は必至――――――の、はずだった。
だが、本物の筋肉の前では、彼らの装備などおもちゃでしかなかった!
《両者、合意しますか》
「隊長! そ、空から筋肉モリモリマッチョマンが!!」
「なにっ!? 上からくるぞ、気を付k――」
BAOOOM!!!
なんとファラは、上空から大ジャンプして、彼らの中心にいる隊長に襲い掛かったのだ! 実は、ファラは直前に廃材から即席のジャンプ台を作っており、ジャンプ台をばねに一気に30mもの大跳躍を敢行したのだ。
あまりの衝撃に、ジャンプ台は壊れてしまったが、ファラは見事に隊長格に気づかれることなく、飛び蹴りを食らわせることに成功したのだ!
当然、それほどの威力の飛び蹴りを食らえば、いくら強化スーツと言えどもひとたまりもなく、隊長は顔を吹っ飛ばされて即死した。
「なんだこいつ!」
「やっちまえ!」
「15人相手に勝てるわけないだろ!」
彼らは、味方に誤射することも考えずに、腕から小銃やグレネードを乱射するが、ファラはマッスルポーズしただけで、すべて弾き落としてしまう。
「うっ、なんてことだ! 俺の徹甲弾が!?」
「グレネードが効かない!? う、噓だっ!」
『あーあ、そんなこと無駄だっつーのに』
オペレーターは再びアルバレスに代わるも、現場はすでに阿鼻叫喚地獄と化していた。
唸る筋肉、襲い来る拳……本物の暴力を前に、今まで弱い者を一方的に殺すだけだったアルファ・ウォリアーズの面々は、あっという間にパニックに陥った。
泣き叫ぶ者、逃げ出そうとする者、破れかぶれに銃を乱射する者……指揮する者がいなくなった軍隊は、脆いものである。
『この兵士どもは、俺たちの国をはじめ、各国の仇のようなものだ。剣で切りかかっても、魔法を撃ってもびくともせずに、一方的にこっちを破壊しつくした死神ども――――それがこうもあっさり倒されるとは、実に愉快だ!』
ファラの拳や、蹴りが、それまでこの世界が受けた仕打ちを倍返しするがごとく、アルファ・ウォリアーズたちに叩きつけられる。
パンチ、アッパー、ミドルキック、叩きつけ、気功拳……ありとあらゆる筋肉が、人でなしの兵士たちを粉砕していく。
「た、助けてくれ……!」
「援軍を頼む!」
そんな彼らの祈りは誰にも届くことはなかった。
最後の一人が、逃げ出そうとしたところを足を掴まれ、最後の最後にファラは体を猛烈に回転させて、ハンマー投げの要領で兵士をぶん投げた。
投げられた最後の一人は、エリア外越境で失格扱いとなったが、それでも止まらずに成層圏を突き抜けて宇宙へと飛び出していった。
彼がこの星に帰ってくることは二度とないだろう。
『ご苦労さん。俺も今までの恨みが晴れてすっきりしたぜ。こりゃ勝ったら、かつ丼なんてちんけなものじゃなくて、うな重20人前おごってやんよ』
アルバレスも、だいぶ上機嫌だった。
「おかえりお姉ちゃん! あんなにすぐにやっつけちゃうなんてすごいね!」
「帰ったか。ほんと、お前さんはすごいな」
廃墟に隠れていた二人も、無事なようだった。
これで当分邪魔者はいないだろう。ファラたちは、再び目標地点に向かうべく、燻る廃墟と瓦礫の道を進んでいった。
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