インターバル 2

 ファラは、一心不乱に拳で地面を砕いていた。

 何度も何度も拳をガンガンと振り下ろし、コンクリートのように固い立方体の塊を壊していく。

 イライラすることがあったわけではない。きっかけとなった出来事があったのは、つい先ほどのことだった。


「ありがとう見知らぬ人よ!」

「おかげで助かった!」


 助かった難民たちがしきりにファラに感謝の言葉を述べている最中、助けたもう一人の女の子が、こう言い放った。


「くさい…………」


 難民たちは阿鼻叫喚だった。

 そんなわけで、ファラが「私が何とかする」と言い出して、先ほどから難民たちが避難していた窪みを、筋肉で掘り出し始めたのだ。


「いったい何がしたいんだあいつは」


 これまでいろいろと、わけわからない行動に振り回されたセーフだったが、今回の行動もまた、彼の理解の範疇を超えている。

 地面を殴ったところで難民たちの臭いが消えるわけでもないのに。


 そして、セーフはその間にファラから難民たちに飯を食べさせてやるように言われ、先ほどの女の子と共に炊き出しを行っている。

 何人かが鍋を持っていたので、ソウ村でもらった遺伝子組み換え米「ウタダヒカリ」を煮込んだり、山岳山羊の肉を焼いたりなどしている。


「ああ…………久々のまともな飯だ……」

「もう半年もまともな飯を食ってねぇ!」


 彼らもまた飢えていた。

 この世界の住民は……皆何かしらに飢えていた。

 ネズミですら、人間に見つかればたちどころにつかまって食われるというのだから、いかに過酷な環境かがわかる。



DOKOW!!!!


「何の音だ!?」


 突然どこからか、火山が噴火するような音が聞こえた。

 まさか別の陣営の代理が攻撃してきたのではと思い、セーフは料理を女の子に任せてファラがいる方に駆けつけた。そこで彼が見たのは――――


「できた」

「できたって……お前――――」


 立ち込める霧……ではなく、避難民たちが身を隠していた深い窪みは、大量の白い熱湯で満たされていた。

 なんと、ファラは地面を砕いて温泉を掘り当てたのだ!


「このあたりの地面はとても暖かかった。だから、お風呂ができると思った」


 実はファラは、こう見えても綺麗好きで、お風呂も好んで入る。

 彼女は難民たちの衛生状態を見て、温泉を作ろうと考え付いたのだろう。しかし、本当にそれを可能にしたのは、筋肉のなせる業だ。



「えっ!? 飯を食わせてもらった上に……風呂まで用意してくれたのか!?」

「我々のために……どうしてここまで」


 ファラが温泉を掘り当ててくれたと知った難民たちは、次々と困惑の表情を浮かべる。それもそうだろう。彼らの大半は、生まれながらにして最低の環境で育ち、他人から向けられるのは悪意ある視線のみ。

 それなのに、見知らぬ人が、自分たちの命を助けてくれたばかりか、身を粉にしてここまでしてくれる。あまりの器の大きさに、いくら頭を下げても足りなほどだ。


「さあ、入って」


 こうして、難民たちは天然の温泉に浸かり、汚れと疲れ、それと嫌な気分を洗い落とした。お湯は白く濁っていたが、これはキューブ山の立方体の石灰成分が溶けているからであり、むしろ肌に良い効果がある。

 源泉はかなり熱かったが、ファラが同時に湧水を発見して、それらを混ぜて適温にしていたので、誰でも心地よく入ることができた。


「極楽だ……」

「まさか風呂に入れるなんてな…………」


 汚れた服もお湯で洗って干すことで、今まで纏っていた匂いが一気に消えていく。これで彼らは当面、清潔に過ごすことができるだろう。


「俺、なにやってんだろうな……」


 セーフもまた温泉に浸かり、そんなことをつぶやくが、言葉とは裏腹に彼の表情は穏やかだ。ずっと戦場で過ごして張りつめていた神経が、ほぐれていくのを感じる。もはや、ヘリが壊れたことすらどうでもよく思えてくるくらいだ。


 しかし、その平穏は長く続かなかった!



「私も」

『!!??』


 すっぽんぽんのファラが現れた。

 今までもほぼ裸だったとはいえ、大事なところは隠していたのだが―――ファラに恥じらいがないのか、男たちが入っている温泉に、当然のように入ろうとしてきた。


「ま、まて! まてまてまてまて!」

「……? 私はだめなの?」

「いや、そうじゃなくて……女と男が一緒に入るのは、拙いだろ!」


 その場は大混乱となり、難民たちは慌てて風呂を飛び出した。

 自分がハブられているのかと思い、若干悲しそうな顔をしたファラだったが、セーフの説得で結局もう一つ浴場を作ることになり、最終的にそこで助けた女の子と入浴することになった。


「ファラお姉ちゃん……まさか堂々と混浴しようとするとは思わなかったよ」

「いけなかったの?」

「ふつうは女の人の方が嫌がるものなんだけどね」


 そう言って女の子はケタケタと笑った。

 一方で、ファラは何となくこの女の子の様子に違和感を持ち始めている。

 敵ではなさそうだし、ベルも持っていない。しかし、何かを隠している気がしてならない。


「ところでさ、お姉ちゃん。あそこにあるヘリコプターの残骸は、どこかに捨てるの?」

「あれは、直す。私は直せる場所を探してる」

「そうなんだ。だったら私、直せるところ知ってる!」


 なんと、驚くことに女の子は、ヘリコプターを修理できそうな人物に心当たりがあるのだという。なんという幸運だろう。


「どこにいるの?」

「私が来た……難民キャンプの端っこの方に、逃げて無ければまだいるはず。私が案内してあげようか」

「ありがとう」


 話は決まった。

 次の行先は『人でなし難民キャンプ』コモン。

 凶悪な人間たちが跳梁跋扈する、王国の中でも特に危険な地域である。


 果たして、無事に目的を達成できるのか。



××××××××××××××××××××××××××××××



「飯の次は、温泉と来たか。あいつなら、もはや海を割っても驚かねぇ」


 本日何本目かわからないタバコに火をつけて、煙を吹かすアルバレス。

 もともと人外の強さはあったが、ファラは戦うたびにどんどん強くなっていき、どんな無茶なことでもやってのけて見せた。そのうち宇宙にでも飛び立ってしまうのではないかとも、最近思い始めるほどだ。


「だがな、預言者様よ」

「何?」


 少しの休憩をはさんで再びパソコンとにらめっこし始めたスミト。

 それに対してアルバレスは、やや辛辣なまなざしを向ける。


「どうしてがあそこにいる? お前は知り合いだとか言ったな、何か企んでるのか?」

「今は言えないわ。けれども、ファラには危害は加えない。むしろ、あの子は彼女を助けるために動いてるわ」

「だとしてもなぁ……」

「すべては終わってから話すわ。この状況じゃ、どこでだれが聞いているかはわからないし」


 ファラが助けた女の子。

 彼女はほかの難民に比べても、明らかに身なりがよすぎる。


 いや、それ以前の問題として―――――

 金髪のツインテールに黒い上下の服。10代前半の体格…………

 確かどこかで見たことあるような?

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