9試合目:頭文字P

 切り立つ急登、立方体が積み上がってできた絶壁。

 キューブ山も後半に差し掛かった道のりで、ファラの行く手を阻んだのは、屏風のような高い崖だった。いや、立方体の岩が整然と積み重なる様は崖というより「壁」だ。

 当然普通の人間なら登れないし、登ろうとも思わない。こんなところでロッククライムしても、無駄に体力を消耗するし、ほかの代理に攻撃されたら一巻の終わり―――――


「の、はずなんだがな」


 セーフ=オッコチナイは、所在なさそうにカプコン機残骸の操縦席に座っている。

 揺れないよう設計されたはずのコクピットはミシミシと上下し、窓の外の景色はどんどん高くなっていく。

 そう、彼は今……ファラが背負うカプコン機の残骸の中に丸ごと運ばれているのだ。どうやら、アルバレスがこの崖を登るのが一番早いと言ったせいで、ファラは何の迷いもなくロッククライミングを始めたようだ。


『半分冗談だったんだがなぁ』


 アルバレスは苦笑いしつつも、やっぱり筋肉はスゲェなとしみじみしている。

 5tもの重量を担ぐファラにとって、セーフの体重など誤差の範囲でしかないということか。ただし、当のセーフは生きた心地がしなかった。


(近道……それにロッククライム……シチュエーションとしては最悪だ)


 ジンクスにこだわる彼にとって、ファラがやっていることはまさに自殺行為。いつどこから、大岩が降ってくるかわかったものではない。


「何かあった場合に備えなければ」



 しかし、予想に反して、ファラは何事もなく200メートルの断崖を登り切ってしまった。

 岩が降ってくることも、空中戦が得意な敵が襲ってくることもなく、何の盛り上がりもなく崖を登り切ってしまったのだから驚きだ。


「けがはない?」

「それは俺のセリフだ」


 筋肉はジンクスを破った。

 もはや筋肉は、概念すらも倒せるのか…………と、セーフは勝手に思い込んでしまうことになる。


 だが何はともあれ、ここを越えればもうすぐ城下町がある平原にたどり着く。そう思っていた矢先―――――まだまだ破られていないジンクスがあることを、彼らは思い知らされた。





「これは」

「うっ……」


 思わず絶句するファラとセーフ。

 彼らの目の前には、踏み固められたやや幅広な山道があったが、その道に沿って大勢の人間の轢死体が無数に転がっているのが見えた。


『げぇ……な、なんじゃこりゃ』


 画面を見ているアルバレスも、吐き気を抑えるのに必死だった。

 山道はまるで血と肉で舗装されたかのようで、中には原形をとどめていない者や、複数人纏めて押しつぶされて、合挽になってしまっているものもあった。

 戦場で死体を見慣れているファラとセーフですらショックを受けたのだから、アルバレスの心情は推して図るべしだ。だが、いつまでも見ているわけにはいかない。念のため二人はこれらの原因について調べた。


「こいつら……難民キャンプの連中だな。山の上に避難しようとしたんだろう」

「岩につぶされた?」


 結論としては、避難民の行列に何か転がる物……それこそ大きな岩が転がってきたのではないかと考えた。しかしながら、この山の岩石はすべて立方体であり、丸い岩など見たこともない。疑問は残るが、それ以外考えられないということで、二人は先を急いだ。

 坂を下っていけば、ひょっとしたら原因の物体が見つかるかもしれない。


 山道を下ること10分。そろそろ正午が近づいたころ、山の中腹に開けた土地を見つけた。

 相変わらず立方体がトーテムポールのような柱を作っているが、見晴らしはよく、風も心地よい―――――ただし、見渡す限りの轢死体と、血肉の香りが漂ってくるのが難点であるが。


「ここまで転がってきたのかな」

「それにしては異常だ! ラジコンで操作された岩でもあるのか!?」


 人間を轢殺した血のわだちが、物体の軌道を如実に物語っているが、その動きはどう考えても自然のそれではない。

 しかも、死体の向きや姿勢からして、彼らは逃げ惑った末に殺されていた。


「どこかに生きている人がいるはず」


 ファラは先に生存者を探すことにした。

 これだけ広くとも、身を隠す場所くらいどこかにあるだろう。


『ファラ。ここから西に100メートルあたりに生存者反応がたくさんある。残っている奴がいるとしたら、そこだ』

「ありがとう」


 アドバイスを送ってくれたアルバレスの声は、どこか淡々としていた。

 とりあえず生存者がいるというのなら、助けに行かなくては…………彼の言葉に従い西に進むと、岩肌に深いくぼみがあった。


「だ、誰だ!」

「大丈夫。私はあなたたちを助けに来た」


 予想通り、窪みにはボロボロの服を着た人間が、震えながら身を寄せ合っていた。


「とりあえず…………何があったか教えてくれないか?」


 難民たちは、誰もが入浴していないせいか酷く匂っていたが、敵の情報を得るためには我慢しなければならない。

 話によると、彼ら難民は戦争が勃発したせいでキャンプ地が次々に攻撃を受け、ここまで逃げてきたらしい。

 とりあえず山を越えてクリスタルレイクを目指そうとしていたのだが、山道を登る際に、巨大なドラム缶のようなものが山の上から転がってきて、仲間を次々にひき殺してきたらしい。

 魔獣なのか、それともカンパニー製の兵器なのかはわからないが、奴はまだこのあたりにいる……逃げたくても逃げられない。


「なるほど「くるま」ね」

「違うと思うんだがな……」


 セーフは何か思い当たる節があったようだが――――


「みんな、伏せて」

『!!』


 またしても、敵は突如として現れた。まるで空から降ってきたかのように、巨大な円筒形の金属が彼らに襲い掛かってきた。だが、ファラの筋肉は、襲撃を難なくはじき返した。


『ちっ、生体レーダーに反応がねぇから気が付かんかった! 完全に無機物かこいつは!』


 窪みから出たファラが見たのは…………全体を真っ赤に染め、人間の顔のようなシミがあるローラーだった。

 ローラーの口は獰猛に笑い、目は紫色の光を発している。


「あ、あれはまさか!」

「知ってるの?」

「カンパニーの『本当の』珍兵器四天王の一つだ! 勝手に転がる爆弾だ!」


 なお、その情報は間違っている模様。

 目の前の敵は、あくまでローラーであり、爆発兵器ではない――――はず。


《両者、合意しますか》


『党を称えよ! 主席をたたえよおおぉぉぉぉぉぉ!!』


 アナウンスが流れたが、血塗られたローラーはそんな事お構いなしに、意味不明な叫び声をあげてファラに向かって突撃を開始した。


「あ……あぶない! 逃げて!」


 難民たちが悲痛な声で叫ぶ! このままではファラは仲間たちと同じく、ぺしゃんこにされてしまう! …………と、思いきや、ファラはこれを余裕で正面から受け止めた。


《『石器時代の勇者』ファラ代理 及び ド根性平和デモ隊代理、戦闘合意が交わされました。交戦を開始します》


 そして今更の開戦アナウンス。そろそろ様式美となりつつある。


「まさか……あの殺人タイヤを……!」


 難民たちが驚きの表情で見守る中、ど根性ローラーをつかんで、思い切り投げ放った。

 ド根性平和デモ隊は、縦方向に投げられてそのまま落下する………はずだったが、なんと空中で姿勢を制御して、再び突撃を開始した。


『造反有理いぃぃぃぃぃ!! 愛国無罪いぃぃぃぃぃぃ!!』


 名前が名前だけあって、根性とあきらめの悪さは底なしだった。

 100キロを超えるスピードまで加速し、ギャリギャリと地面を削りながらひき殺さんとするド根性平和デモ隊。ファラのパンチも効いてはいるようだが、攻撃されてなお突っ込んでくる。

 ファラはファラで、あまり難民から離れてしまうと、彼らを守れないので、決定的なすきを窺いつつ殴るほかなかった。



『平和デモ隊か……「地安門事件」の……』


 一方で預言者スミトもまた、独自に心当たりがあったようだ。

 この殺人ローラーには、悲しき歴史があった。

 かつて別の世界でなかったことにされた「地安門事件」は、独裁国家で民主化を求めるデモに対し、国軍がロードローラーでデモ隊を無残にひき殺した事件だ。

 その筋のうわさでは、記念品的な扱いをされる予定が急遽廃棄されたと聞いていたが、まさかここで目にするとは思わなかった。


 その合間にもファラとデモ隊の攻防は続く。

 この巨大殺人ローラーは、カンパニーの技術で防御力を増しているらしく、さらにその怨念が一種の「気」となって、なかなか破壊に至らない。その上、多数の難民を轢き殺した血染めの呪詛がコーティングされていることで、破壊力も増した。


「パンジャンドラムのくせにかてぇな」


 セーフが勘違いしている「パンジャンドラム」という兵器は、ロケットを推進力にして一直線にしか走らない「自爆兵器」だ。

 そう、パンジャンドラムはあくまで爆弾で、轢き殺す兵器ではない。

 カンパニーはパンジャンドラムを作ってしまった過去があるので、セーフが勘違いするのも無理はないかもしれないが。


『強い党に! 一致団結! 人民の血で大地を潤そう!』


 何度目かわからない突撃に入ろうとした平和デモ隊! しかし、加速する前にそれは急に方向転換をして、明後日の方向に転がり始めた。


『これは……!! ファラ、そいつの後を追え! そっちに生存反応がある!』

「わかった」


 ファラは即座に駆けだした。

 別の方向に走っていった平和デモ隊は、坂道を下っていく。

 そして坂道の半ばには……一人の女の子の姿があった!


 このままでは女の子は無残につぶされてしまう!

 ファラの足の筋肉がうなりを上げ、立方体の崖を一気に駆け降りる。


『大文化革命アタアアァァァァァァック!!』


 平和デモ隊が少女を視認し、勢いよく走る!

 だが……少女の前に、ファラが立ちはだかる。


『……!!』


 デモ隊の動きが―――――一瞬鈍った。


(この光景どこかで…………手を広げる人……ロードローラー………うっ、頭が……)


 無いはずの頭が痛む。

 しかし、彼の存在意義はただ一つ!

 すなわち、人民を一つの党にまとめ上げる事!


 今までになく凄まじい速度で襲い掛かるローラーに、ファラはひるむことなく立ち向かった。


「ふんっ」


 ファラは両手を広げ、側面から挟み込むようにローラーの動きを止めた。平和デモ隊は必死に動こうとするが、ファラの筋肉はびくともしない。いや、それどころか、ファラの腕の筋肉が盛り上がり、両側から押しつぶさんと力を掛けた。


『あ………アガガガガ……造反……有利…………』


 徐々に圧縮されていく殺人ローラー。めきめきと金属が拉げ、日々からなぜか煙が立ち上る。そして……!


「ゆうりっ」


 ファラは、その脚で平和デモ隊を思い切り蹴っ飛ばした。キックの衝撃はすさまじく、ローラーは空中分解し、軸が露出した瞬間―――――



『サ・ヨ・ナ・ラ!!』


DOGOOOOOOOOOOOM!!!!



 空中で爆発四散。木っ端みじんとなった。



《ド根性平和デモ隊代理のベル喪失を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》


 かなり往生際の悪かったド根性平和デモ隊という名の殺人ローラーは、筋肉の圧力に耐えきれず、火薬もないのに爆発て果てた。難民たちや、少女の命は守られたのだ。


「けがはない?」

「うん、ありがとう、おねえちゃん!」


 怖い目に遭ったというのに、少女は笑顔でファラにお礼を言った。

 窪みに隠れていた難民たちも、ド根性平和デモ隊が撃破された瞬間、歓喜の声を上げた。


「助かった!」

「素手であんな化け物を倒してしまうなんて、信じられない!」

「もうパンジャンドラムはこりごりだ!」


 ファラの筋肉はまたしても人々を救った。

 この世に泣いている人がいる限り、筋肉は戦い続けるのだ。





「なんとまぁ、違う世界でもそんなことがあったのか。ジャーナリストとしては捨て置けねぇな」

「ゴシップ専門のパパラッチなのにね」

「うるせぇ。そんなネタがありゃパパラッチでも飛びつくぜ」


 スミトから「地安門事件」の詳細を聞いたアルバレス。

 どんな世界でも、カンパニーみたいな悪辣な奴はいるのだと、しみじみと実感させられた。


「で、その独裁政権はどうなった? クーデターでも起きたか?」

「いいえ。それどころか、世界で2番目の強国を自称するまでになってるわ」

「世の中分からんものだな」


 ヒーローは現れず、巨悪はそこにある。

 その世界の人々はどんな思いで生きているのか、気になるところではある。


「けれども、嘘はいずれ身を滅ぼすわ。それは、きっちりと「予言できる」わ」

「そうか………」


 J陣営のヒーローたちがやろうとしていることは、まさに異世界でロードローラーに立ち向かうくらい無謀なことなのかもしれない。

 しかし、それでも彼らは戦う。己らの信じるもののために。



記事『今日のファラ代表』

 戦争で犠牲になるのは、いつも力なき者たちだ。

 今日の戦いは、ファラ代表もそれを痛感している。

 『ド根性平和デモ隊』と名乗った殺人ローラーは、かつて異世界で暴君の圧政に立ち上がり、そして犠牲になった。カンパニーは、その怨念すらも利用し、洗脳して兵器とした。

 カンパニーの前では、この世界の人間などひき潰しても構わない、虫けら以下の存在として考えているかのように…………まるで見せしめのごとく、避難民たちを虐殺した。

 我々は弱い。カンパニーの気分次第で、命すらも危うい存在だ。

 ならば、強くなればいい。ファラ代表のように、筋肉でローラーを止められるくらい、世界中の民衆が強くなれば、カンパニーの圧政にも立ち向かえる。


 さあ、諸君も明日から、レッツトレィニング!


(※この記事は検閲されて紙面に載りませんでした)

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