場外戦1:ダモクレスの剣

 ファラがリュウジを撃退したころ、オペレーションルームでは……


「アルバレス、ファラの戦いは一段落しましたか?」

「まあなっ。周囲に反応もねぇ、当分は大丈夫だろうよ。便所か?」

「失礼な。預言者はおトイレなんてしません」

「それもどうかと思うんだが」


 スミトはいったんカンパニーPCへの接続を切ると、時を置かずして別の場所にハッキングを開始した。


「今度は何をする気だ?」

「フーダニット姫の部屋に、ちょっよばかり田代行為とうさつをしようと」

「好きにしろよ。俺はお前の性癖にとやかくケチ付ける気はねぇからよ」


 J陣営にはサイバー専門員がいないらしく、スミトはあっという間にフーダニットがいる部屋に接続。部屋の中に余っているベルを一時的に通信可能に切り替え、田代行為に及びはじめた。


「あなたは見ないの?」

「俺はロリコンじゃねぇ。それに覗くったって、あの部屋は執務室だから着替えをするわけでもない」

「そうじゃないわ。世紀のスクープ映像を見逃す気?」

「はぁ? どういうことだ?」


 アルバレスが画面を覗くも、特に変わったことはない。

 フーダニットが腰かけるソファーのやや後ろから、側近と思わしき女性3名と、屈強な警備員が5名控えているのが見える。

 だが、しばらくして、映像内で異変が起き始めた。


 ××××××××××××××××××××××××××××××



 それは突然のことだった――――――


「こんにちはー!」


 フーダニットがいる執務室の扉が、いきなりバーンと音を立てて開き、一人の少女が入室してきた。見た目の歳は、だいたいフーダニットと同じくらい。明るい金髪をツインテールにして、上下とも黒い服装をしている。そしてその顔はまるで天使のようにあどけない。


「な、何者!?」


 突然の侵入者に驚くフーダニットとその周囲の人物たち。

 相手は子供。どこからか迷いこんできたのかもしれない。そう思っていたら、謎の少女は満面の笑みで、告げた。


「フーダニットちゃんを暗殺しに来ました!」

『!!』


 警備員が一斉に拳銃を抜く―――――前に5人の警備員全員が、両手首両足首を射一瞬で砕かれ、さらに側近の一人が警報装置を押す前に、警報装置が破壊された。そして、少女どこからか取り出した長さ2メートルの槍の刃先が、フーダニットの喉元ぎりぎりに突き付けられた。なんとこの間僅か2秒にも満たなかった。


「く………ぁ……」


 警備員は全員激痛でのたうち回り、側近三人はフーダニットを人質にされ動けない。フーダニットはさすがに死を覚悟した。あとほんの0.1ミリでもうごけば、槍は彼女の喉を突き刺すだろう。


「やめて……私はまだ、死にたくない…………」

「死にたくない? じゃあ、社長戦争を降りる?」

「…………それは、ことわる!」


 笑顔のまま槍を突きつける暗殺者。

 それに対してフーダニットは、息もまともにできないほど怯え、真っ青な顔で額に大量の汗を流している。しかし、フーダニットにも意地があるのか、暗殺者の言葉には力強く拒否を示した。


「じゃあ死ぬ? 死にたくなかったら降参してよ」

「……………私は死にたくない。カンパニーを倒すのを見届けるまで……私は死にたくない。私がここで降参したら…………カンパニーは永遠に倒せないの」


 体は震え、その表情は恐怖で今にもつぶれてしまいそうだ。

 だが、目だけは――――その瞳だけはしっかりと少女を見据えている。


「死ぬのは嫌、でも降参はもっと嫌! どうせ私が死んでも…………代わりなんていくらでもいるもの」

「姫様! そんなことは……!」


 側近の一人、水色の髪の毛の女性が慌てて止めに入るが、暗殺者の視線が彼女を射抜くと、口をパクパクさせて引き下がらざるを得なくなる。その間にも槍は全くブレることなく、フーダニットの喉元で止まっている。


「降参するくらいなら………死んだほうがましよ! さあ、殺しなさい! その槍で、私をめった刺しにするといいわ! ま、どうせ無駄だけどね! 私が死んでも新しい候補が来て代理たちは勝手に戦ってくれる! 残念だったわね! 私なんて、その程度なのよ!」


 フーダニットは自棄になったか、命乞いをすることなく少女を怒鳴った。

 彼女にとっては、もしかしたら生き残るためにあえて自分を無価値としたのかもしれない。だが、啖呵を切る姿は…………まごうことなく女王の態度だった。


 しばらく静寂が走る。


「フーダニットちゃんは―――――」


 暗殺者がゆっくり口を開く。


「戦いが始まったとき、J陣営代理が何人いたか、覚えてる?」

「代理の数は…………151人(※あくまでこの小説内の設定です)」

「ちゃんと覚えてたんだ。えらいね♪」


 暗殺者の上から目線にイライラしそうになるフーダニットだが、今は下手な反応は出来ない。


「じゃあ……今代表が何人残ってるか知ってる?」

「………………」


 フーダニットは答えられない。

 敵陣営に情報を渡したくない……のではない。わからないのだ。

 開戦以来、誰がどこで死んで、何人生き残っているのか、側近には聞いていない。予想以上にほかの陣営を多数撃破していることは知っているが。


「正解はね、なんと68人でした!」

「ろくじゅう…………はち?」

「うん、しかも、ほかの陣営は一番少ない♣でも80以上で、♥陣営はまだ100以上いるよ。これ、逆転できると思う?」

「う……うそ…………」


 フーダニットの表情が絶望に染まる。

 というか、彼女は自陣営の人数は知っていても、敵陣営の数は全く把握していなかった。実はこれでも、各陣営はとある理由により大規模な人数を代理からパージしており、かなり数を減らしている。それでもこれだけの差があるというのだ。


「あーあ、こんなのがリーダーじゃ、死んだ人は浮かばれないね。ちなみにね、J陣営は死亡率がダントツで高いの。ほかの陣営は多くても40%くらいなのに、Jはなんと95%! すごいでしょ! 誰も助けないから殺されちゃうの!」


 そう、J陣営はフーダニットの適当さが災いして、戦死率が圧倒的に高い。ただ、ほかの陣営は知り合い同士でなれ合ったり、ベルを意図的に放棄する例があるので、一概に比べることはできないが…………それでも、この結果を知ったらJ陣営は一気に士気が下がることだろう。もはや戦いどころではない。下手すると脱走が発生してしまう。


「わたしは…………どうしたら?」

「もう遅いよ、何もかもね。せめて戦ってるみんなを信じてあげることしか、できないよ」


 一転して暗殺者は、者悲しげになった。


「でもね、代理のみんなを一言でも褒めたことはある? ありがとうは言った? みんなはね、本心でも建前でも……フーダニットちゃんのために戦ってるんだから」


 そして…………暗殺者は、槍を下げた。

 フーダニットは命の危険から遠のいたものの、ソファーからは離れなかった。今ここで目の前の少女から逃げ出したら、今度こそ喉を一突きされるだろう。


「覚えておいて。王様の椅子の上には、いつも剣がぶら下がってるの。でも、その剣は、家来という紐でしっかり釣る下がってるから落ちてこないんだ。けれどもね、もし家来が王様にそっぽを向いたら、剣は……こーんな風に!!」


 少女は、どこからか取り出した剣を、思い切り床に突き刺した。


「こーんな風に、なる。今日はただお話したかったから来ただけだけど、くれぐれも本当に味方に殺されないようにね♪ じゃあね☆彡」


 いうだけ言って、暗殺者の少女はあっさりと扉から帰っていった。

 呆然とするフーダニット。執務室には、重傷を負った警備員の呻き声だけが聞こえる。

 するとしばらくして、大勢の警備員が執務室に駆けつけた。


「姫様! 侵入者がいたとの報告がありましたが……!」

「もう遅いわ。彼女はもう帰った…………それより、怪我した人を治療して。あと警備体制を強化して!」

「は、ははっ!」


 フーダニットはようやく我に返り、警備員にけが人の搬送を指示した。

 いったい先ほどの少女は何者なのだろうか? 考えれば考えるほど不思議で、あれだけの身のこなしにもかかわらず、代表として参戦していないようだ。


「ねぇ、リストを見せなさい」

「リスト……ですか?」

「そう。代表全員の名前が載っているのをね!」


 フーダニットは側近に銘じて、現在の代理リストを持ってこさせた。

 やや時間がかかったが、彼女はようやくリストに目を通すことができた。


「生き残りは66人……? あの子、嘘をついたのかしら?」

「つい先ほど、2名の生命停止を確認しました」

「また…………減ったのね」


 リアルタイムで減っていくこの数字は、フーダニットに戦えと命じられている人数。それを思うと…………彼女の背筋に寒気が走る。


「ん?」


 と、ここでフーダニットはリストの中に気になる名前を発見した。


「あの野蛮人、まだ生きてたんだ……」


 そこには「ファラ」の名があった。 



××××××××××××××××××××××××××××××


 再びオペレーションルーム。

 一連の騒動を見たアルバレスは、驚きで声も出なかった。


「見事な手際ね」

「お、おい…………あれは?」

「私の知り合い」

「……」


 アルバレスは、頭を抱えて、備え付けのベッドに転がった。

 もはや自分がどうこうできる領域ではない…………一般のジャーナリストが踏み込んではいけない何かを見た気がした。


「ここまで来たら、逃げるとは言わせないわ」

「わかってる……! あいつだって戦ってんだ」


 だが、スミトの言う通り、この道を選んだのはほかならぬアルバレスだ。彼は意を決して起き上がり、タバコに火をつけた。


「すべてが終わっても、これは記事にはしねぇ。だが、俺はどっかに文章を残しておこうと思う。俺が死んだら、お前がどっかで開封してくれや」

「善処するわ」


 そこには、もう一つの戦場が姿を現し始めていた。

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