8試合目:あまりにも愛 あまりある愛
「まったく、なんでこんなことに」
「ごめん」
タバコを吹かしつつぶっきらぼうに歩くセーフと、やや申し訳なさそうに前を行くファラ。彼女は、ヘリの残骸をロープで括って背負っている。軽いとはいえ、5トン近くあるものを平気で背負う筋肉は大したものだが、もはやセーフも、オペレーターのアルバレスも、たいして気にも留めなかった。
『ファラなら戦艦を担いでも驚かねぇ』
一瞬、アルバレスはなぜか戦艦の主砲や艤装でゴテゴテに飾り、水兵の服を着た姿を想像したが、嫌な予感がしたので一瞬で忘却の彼方に消し去った。
『それにしてもファラの奴、まさかヘリの修理を申し出るなんてな』
そう、なぜファラがわざわざカプコン機の残骸を背負っているのかと言えば、彼女はどこかでこの機体を修理して再び乗ってみたいという思いがあったからだ。よっぽどヘリという存在が、彼女の琴線に触れたのだろう。
戦いに負けて帰る予定だったセーフも、帰り道の安全が確保できないという理由で、しぶしぶファラについてきている。
「あれは」
「こりゃたまげた」
キューブ山脈を半ばまで登ったところ、目の前に巨大なクレーターが広がっているのが見えた。それはまるで隕石が落下した跡のようで、山一つがくっきりと谷になっている。
「これ、大鬼の」
「鬼だ?」
「大鬼の「気」の後がまだ残ってる」
「俺にはさっぱりだ。だが要は、このクレーターを作ったやつが、山にいたってことか」
セーフは若干身震いした。そんなのに出会っていれば、彼もただでは済まなかっただろう。むしろであったのがファラでよかったと、今更ながら思っていた。
だが、そんなところにもう一人の人影があった。
「やあマドモアゼル。そんなうだつの上がらない中年よりも、僕と一緒に「愛」について語り合わないか?」
『ファラを口説く……だと』
突然現れた男性の言葉に、アルバレスは口をあんぐりと開けた。
彼は見ため年若い青年で、ハンチング帽を目深に被り、明るい色のコートを纏っている。
「愛?」
「そう、愛だ。君のような女性はそのような重荷を背負うべきではない。アルファベットはABCで始まり、数字は123で始まる。そして、愛は俺と君で始まるもの」
「そーゆーのはよそでやれ。聞いてるだけで耳が腐る」
青年はどこから取り出したのか、一凛のバラの花に口付けして、そっとファラに差し出す。対するファラはいまいちピンと来ていないようだ。
そしてセーフは、いらいらしながら、その場に唾をペッと吐いた。嫉妬しているのではない、ただ単純に堅物な彼にとって軟派な言葉など耳障りでしかないのだ。
「なるほど、どうやら君への「愛」というのは、とても奥深いらしい。ならば語るとしようか―――――――」
青年はやれやれと首を横に振ると……右手で懐から拳銃を取り出した。
「この
《両者、合意しますか》
「わかった、戦う」
「そうこなくっちゃ」
《『石器時代の勇者』ファラ代理 及び 『ドレイクドーパント』リュウジ代理、戦闘合意が交わされました。交戦を開始します》
戦闘開始のアナウンスが流れると同時に、青年―――リュウジは即座に後ろに跳躍し、両手で拳銃を発砲した。
やや大口径の拳銃が火を噴き、眉間、喉元、心臓、脇腹、そしてベルトのベルを正確に撃ち抜く弾丸が音速で飛ぶ。だが、当然それらの攻撃はファラには効かない。銃弾がまるで鉄にあたったかのような音を立てて弾かれる。
「なるほど、これは驚いた。その筋肉は飾りじゃな――――」
途中まで言いかけて、今度はファラの拳が急にリュウジの目の前に現れ、回避もままならぬまま胸部を直撃。リュウジの体は大きく吹き飛ばされて、立方体が積みあがった石柱に衝突、さらに積みあがった石柱が崩れてリュウジの体が下敷きになった。
『お、やったか? なんてな』
と言いながら、実はアルバレスは……敵に致命打を与えたとは微塵も思っていない。
(これが奴さんの情報か。それなりに面倒くさい相手だな)
今、アルバレスの手元には、スミトが♦陣営のデータベースにアクセスし、収集した情報がプリントアウトされたものがある。
いまファラが相手にしている人間の名は…………リュウジ。だがこいつは、ただの人間ではない。いや、本来は人間ですらない
彼らは、機械と生命体を融合させた、いわば現代の
「やったか、なんて言わんようにな。いった傍から蘇るぞ」
セーフがそんなことを言うまでもなく、崩れた立方体の岩の中から人間のシルエットがむくりと起き上がった。
「リュウジ?」
「人は見た目で判断しないほうがいいぜマドモアゼル。そのまるでロダンの彫刻のような美しい筋肉は、見掛け倒しではないようだ」
起き上がった人影は確かにリュウジだ。だがその姿は大きく様変わりしている。
顔はまるでバッタ……いやトンボ。目の部分がこぶのように膨らんだ複眼で、やや大きめになった口からは鋭い牙が生えている。その見た目は完全に肉食昆虫のそれである。
体幹はとても細くすらっとしていて、背中には四枚の透き通った羽が生えている。
そう、人の姿は世を忍ぶ仮の姿。今目の前にいる仮面〇イダーのような存在こそ、リュウジ本来の姿だ。
『ファラ、そいつはなぁ、見た目以上にタフで再生も早い。それに素早く空を飛べる。だが、どう戦うかはお前さん次第だ』
「わかった。ありがとう」
『……どういたしまして』
初めてファラにアドバイスできた嬉しさからか、アルバレスの声は少々照れ臭そうだった。
だが、これですべてが解決したわけではない。戦いはまだ始まったばかりだ。
「さあ、蝶が舞い蜂が刺すような、華麗な戦いをお見せしよう」
お前はトンボだろうと突っ込む間もなく、リュウジは一気に空へと舞いあがる。
そして再び拳銃を乱射してくる。しかも今度はより口径の大きい、しかも威力が高いマグナム銃。猛烈な反動を苦にもせず、リュウジは正確にファラの急所を狙う。
「ふんっ」
ファラは虚空に向かって正拳突きを繰り出す。
巨大な拳の「気」がマグナム弾を蹴散らして、リュウジを襲う!
「おぶっ!?」
まさか空中で殴られるとは思っていなかったリュウジは一瞬のけぞるも、受けたダメージはみるみる回復する。
「やれやれ、まずはそのじゃじゃ馬のような筋肉をどうにかする必要がありそうだ」
そうつぶやくと、彼は昆虫特有の直線的な立体軌道で、四方八方から撹乱するように弾丸をばらまく。
「俺は部外者だ。こんなところでケガしてはかなわん」
セーフはとりあえず跳弾や流れ弾を恐れ、ファラが背負ってきたカプコン機の中に避難した。彼の判断は正しかったようで、時折マグナム弾がセーフのところまで飛んでくるも、物理耐性が(無駄に)高いカプコン機は、銃弾を全く受け付けなかった。
『あいつ……無駄なあがきだってわかんねぇのか?』
一方で、リュウジの動きを不可解に思っているアルバレス。
確かにファラの拳は、動き続ければ回避できるだろうが、いつまでも決定打を与えられなければ戦っている意味はない。
しかし―――――高速機動をするリュウジは、とうとう一瞬の好機をとらえた。
「それっ、君の心臓に届けっ」
チクリ
「?」
ファラは首の後ろに一瞬違和感を感じた。
しかしその直後、徐々に体から力が失われるような感覚がファラを襲った。
「??」
彼女は、違和感のあった部分を手でさすると、何かが首に刺さっているのがわかった。手に取ってみるとそれは―――――注射器の針。
「気が付いたかい? 僕からの素敵なプレゼントさ」
おどけるようにリュウジが笑う。
諭すような口ぶりだが、その表情はトンボになってもなお、あくどいと表現できる笑みになっていた。
彼が手に持っているのは、注射針を発射できる「スティムピストル」という特殊な拳銃だ。これで打ち出した注射針もまた、石化した人間の皮膚すら通す特別製。
リュウジは卓越した技術で、ファラの筋繊維の隙間に注射針を打ち込んだのだ!
「筋弛緩剤って知っているかい? 体中の筋肉が――――腕や足だけじゃない、内臓の筋肉まで―――溶けていく薬さ。特にその薬は強力でね、アフリカゾウですら30秒で立っていられなくなる。さあ、君の心臓は何秒保つかな?」
そう言って、リュウジは素早くファラから離れ、クレーターの上を勝ち誇るように飛び回りはじめる。
どうやらこのまま時間稼ぎをして、ファラが弱るのを待とうという魂胆なのだろう。
「動けなくて悔しいかい? 僕の愛はよく効くだろう? では、崩れ往く君に「愛」の歌を送ろう」
リュウジは、バカにするようにふらふら飛びながら、何かの台詞を朗読し始めた。
「ああ、僕は君と深い絆で繋がっている。傷ついていた時も、祝宴を上げる時も。透明な2枚の翅が軋みを上げる。君の
「それ以上はやめろ……脳が腐る」
この精神攻撃は、ファラには一切効かなかったが、セーフは大ダメージを受けて耳を塞いでしまった。
あと、申し訳ないが、安易なコピペはNG。
『ちっ、卑怯な奴め』
普段のアルバレスの姿を知る者が聞いたら「お前が言うな」と口を揃えて言うだろう。それでも彼は、あまり動じた様子はない。
『ファラ、いけるか』
「大丈夫」
頼もしい声が返ってきた。
体の動きはやや鈍り、額に汗をかき始めたが、ファラの闘志は衰えていないように見える。
30秒……
1分…………
3分……………
「おかしいな、致死量以上打ち込んだはずなのに。まだ耐えるのか」
リュウジも若干困惑し始めた。明らかに薬の効きが悪い。
「なかなか強い
痺れを切らしたリュウジは、もう一発打ち込むべく、再度接近しようと試みる――――が、その前にファラが急にファイティングポーズをとった。
そして、弱るどころかなぜかファラの気迫が徐々に大きくなるのを感じる。
「は………?」
リュウジは思わず中空を見上げた。
なぜかそこに、巨大なファラの姿が見えるような気がしたのだ。
「そぉい」
巨大なファラの幻影が消えた瞬間、リュウジはようやく「実態」のファラが、自分よりも高い場所にジャンプしているのを見た。
リュウジは狼狽した。薬が効いていない? いや違う、時間稼ぎはかえってファラに回復の時間を与えてしまったのだ!
上空から「気」をまとった拳が落ちてくる。
リュウジはあまりにも現実離れした光景にショックを受けた……!
「愛で空が…………筋肉が落ちてくる……!」
リュウジが呟いた最期の言葉は、とてつもない轟音にかき消された。
DOGOOOOOOOOOOOMM!!
この日、キューブ山で震度3の地震が観測された。
《『ドレイクドーパント』リュウジ代理の鼓動停止を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》
「ぬぅっ……終わったのか」
戦闘終了のアナウンスを聞いて、セーフは転がるようにカプコン機の中から出てきた。
巨大な衝撃の瞬間に機体が跳ねまくったのだろう。若干吐きそうな顔をしていたが、なんとかその場に立ち上がって、轟音が下方向へ駆け寄った。
彼が見たのは、世にも珍しい二重クレーターと、そのクレーターの中心にいるファラの姿だ。
『ファラ、リュウジは殺したのか』
「残念だけど、リュウジは救えない」
ファラは珍しく頭を振った。
リュウジの場合、ベルが体に埋め込まれているというのもあるが、それ以上に彼は逃がしても、この先変わることがないだろうと、ファラは見抜いたのかもしれない。
記事「今日のファラ代表」
今回ファラ代表が相手したのは、ドーパントという人工生命体だった。
無限の再生能力を有し、機械の正確さと、野生動物の特技を備えた強敵である。
ファラ代表は、一度相手に毒を打ち込まれるも、筋肉は毒をも見事に克服し、
一撃ですべてを粉砕する愛の鉄拳をお見舞いした。
私ははじめ、ドーパントはカンパニーが世に放った生体兵器かと考えた。しかしその実態は異なり、とある別の世界で作られたというのだから驚きだ。
それはつまり、別の世界にも、カンパニーのような倫理観の欠如した組織があるということだ。
今回の敵「リュウジ」は、愛に飢えていた。愛の意味を知ろうと、虐殺を繰り返した。なぜそのような結果になってしまったかは、今となって走る由もない。ただ彼は、自分の存在意義を求めたかったのではないか、そう思わずにはいられない。
彼には、我々が持たない驚異の生命力と、自由に飛べる翅があった。にもかかわらず、結局彼の心は自由になれなかった。なんという皮肉であろうか。
我らがファラ代表を見よ。鎖で繋いでも無駄なくらい、力強い筋肉と心――――邪魔する敵は拳一つで制圧していくその頼もしさ。
今後もその雄姿に期待したい。
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