7試合目:安心と信頼のカンパニー製

「この村は私が守ってる。安心して行ってきな」

「ありがとう」


 早朝のソウ村。

 ファラは、同じJ陣営の代理である青髪の男性に村の安全を託し、次なる戦いの地を目指した。向かうのは北方に聳える高地――――キューブ山。


『よう、筋肉。聞こえるか』

「アルバレス、おはよう」

『ああ、おはようさん。朝から快調に飛ばすなぁ』


 通信であいさつを交わしている間、ファラは目的地に向けて走っている。

 しかもただ走っているのではない。前傾姿勢のまま、上半身をまったくブレさせることなく足だけを目にもとまらぬ速度で動かし、跳ねるように走る――――俗にいう「十傑集走り」だ。


 ダカダカと土煙を上げて走ること2時間。ファラの眼前には、立方体でできた岩が積み重なる無機質な山が聳え立つ。

 辺りは荒涼としていて、岩の隙間に灌木や苔が生えるのみ。

 ファラは、この山を通って中央区画へと向かうつもりだった。


「あれは」

『何か見つけたか?』

が空を飛んでる」

『は?』


 山を少し上ったところで、ファラはピンク色の物体が空を飛んでいるのを見た。

 バラバラとローター音を響かせながら空を行くのは―――――


『ありゃ車じゃない。ヘリだ』

「へり?」

『いいか、車ってのはな、鉄でできていて動くもの全部のことじゃない。操縦できて、タイヤで走るものを車っていうんだ。あれはプロペラっていう翼の代わりのようなもので浮くから、ヘリコプターってんだ』

「なるほど。ディアスが使ってたのが、くるまね」

『……う~ん、あれを車っていったらディアスは怒るぞ。それはともかく、ありゃカンパニーの駄作ヘリ『カプコン』だな。最近トンと見なくなったが、まだ動くもんがあったんだな』


 アルバレスが言うように、今上空を飛んでいるのは「『絶対安全不墜戦闘ヘリ』カプコン」というカンパニー製の兵器だ。戦闘ヘリと銘打ってあるが、その性能はなかなか迷走しており、カンパニー珍兵器四天王の一つに数えられるとされる。

 噂では製造に、かの「英国製天使」こと『白き淑女 エンリーク』が関わったとのこと…………時としてカンパニーの莫大な富は誤った方向に注がれる。その見本ともいえる兵器の一つだ。


『反応からすると、あいつは敵陣営の代理が乗ってそうだ。ファラ、行き掛けの駄賃に倒しておくのもいいんじゃないか?』


 めずらしく、アルバレスから敵を倒すことを提案されたファラ。

 今の今までの戦いはそのほとんどが敵からの宣戦で、しかも半分以上が不意打ちからの強制戦闘だ。たまにはこちらから仕掛けても罰は当たるまい。


「わかった」


 ファラは頷くと、すーっと息を吸い込んで…………


「おーーーーーーーーーーい」(大音量)

『うをっ!? なんつーバカでかい声だ!?』




 さて一方、ヘリのパイロットにして♣陣営の代理の男性セーフ=オッコチナイは、安全に戦える相手を探して、低速でホバリングをしていた。


「ノルマあと2人か……」


 ぽつりとつぶやいたセーフ。

 彼は、カンパニーの上層部から重い期待を負わされている。


 操縦する戦闘ヘリ『カプコン』は、アルバレスが指摘した通り設計思想からして根本的に迷走したとしか思えない兵器だった。

 それすなわち「搭乗員の絶対的な安全性」。

 戦闘ヘリは、用途が用途だけに危険な場面に投入されることが多く、しかも力学的にかなり危ういバランスで浮いているようなものである。ならば、絶対に墜ちることのないヘリを作れば絶対に売れるはず……! そう考えた製造部は、きっと何か良くない物をキメながら開発したのだろう。

 発表された機体は、全体が丸っぽくピンク色の塗装がされており、コンセプトは「女子供でも楽々操縦」というある意味画期的なものだった。全体が「震える」ことで実弾を弾く新型装甲や、耐衝撃ジェルを装備。それだけでなく、ミサイルや魔法、誘導兵器を無効化する装備も充実していた。


 だが待ってほしい。こいつはあくまで「戦闘ヘリ」だ。輸送機ではない。

 定員は多くても三名までで、しかも武装は機首のテーザーガンのみ。

 敵を掃討するのに向かず、救助もなかなかできず、その上ヘリ特有の弱点は殆ど消えていない。


 しかし、それ以上に…………この機体はとにかく運が悪かった。

 もはや呪いとしか思えないレベルで、想定外の事故に遭遇し墜落していく。

 カンパニー内でも、このヘリは呪われた兵器扱いされてしまっている。


「運も実力の内というのなら、実力を示せばいい」


 カンパニー製造部は決意した。このヘリを戦争に投入し、生き残ったうえで成果を上げ、ジンクスを払拭しようと…………。

 撃破ノルマは6人。エースパイロットの条件(正確には違うが)を満たせば、否が応でも世間は認めざるを得ないだろう。






「おーーーーーーーーーーい」


「!!??」


 突然背後から大声が響いた!

 音波がヘリを襲い…………姿勢が一瞬ブレた。

 操縦席にけたたましいアラートの音が響きまくる。


「っ! 姿勢制御」


 セーフは冷静に操縦かんを握り、すぐに姿勢を立て直した。

 姿勢が直ってしばらくすると、ピューピュー悲鳴を上げるシステムアラートも沈黙する。

 このアラートもまた、カプコン機墜落率増加に一役買っている機能の一つだ。何しろちょっとでも変な姿勢で飛ぶと、安全装置が機体墜落の警告を出してくるため、却ってパイロットが混乱して操縦を誤ってしまうのだ。すぐに機体の異常がわかると、製造部が太鼓判を押したトンデモ機能である。


「あれか、声の正体は」


 セーフが見たのは、岩山に立つほぼ全裸の蛮族。高めの視力は、彼女のベルがベルトについているのを一瞬で見抜いた。


(人だな。武器なし、飛翔装置なし、ベル露出。悪くない相手だ)


 セーフは、ファラが撃破可能な相手だと結論付けた。

 いまだに無名なファラは、その実力がまだ知られていないのだろう。しかし、セーフは油断しない。どんな相手でも、全力で、最善手で戦う。長年戦場を駆け抜け、熟練になるまで生きた彼の信条だ。


《両者、合意しますか》


 恒例の無機質なアナウンスが、岩の荒野に響く。


「合意する」

「合意だ」


 口数の少ない二人は、そろって短い返答で同意。


《『石器時代の勇者』ファラ代理 及び 『絶対安全不墜戦闘ヘリ・カプコン操縦者』セーフ・オッコチナイ代理、戦闘合意が交わされました。交戦を開始します》


 マッチングのアナウンスと同時に、言われる前からファラのベルに狙いを定めていたセーフが、テーザーガン『ライトニングサンダー』を何のためらいもなく発射した。

 針の穴も通す正確な照準、それに一瞬で飛ぶ電撃。

 開始した瞬間にベルを破壊する作戦は現在まで一定の功を奏している。

 ただし今回は相手が悪かった。


 攻撃したと思ったら、相手がいなくなっていたのだ!


「ステルス能力者か」


 ファラがいなくなったことをそう判断したセーフは、すぐに音響レーダーに切り替えたが―――――その直後に、急に機体重量が増した。


「!」


 またしても機体が大きく揺れ、安全アラームが狂ったように鳴り響く。

 いったい何が起きたのか……?


『これもう墜ちたな』


 アルバレスはつまらなそうに、タバコをふかしながらモニターを眺めた。

 モニターには、ヘリのエッジの片方にぶら下がっているファラの姿が見える。

 なんとファラは、戦闘開始直後に石柱を三角飛びで駆け上がり、驚異の跳躍力でヘリに取り付いたのだ。

 ただでさえ積載量の少ないカプコン機……それに成人3人分の体重を持つファラが片方にしがみついているのだからたまらない。


「いつのまに……!」


 ようやくセーフは、ファラがヘリにしがみ付いていることに気が付いた。信じられない身体能力に驚くが、こんな時でも彼は冷静に対処する。腰からピストルを抜き、操縦室に手をかけようとするファラの額を狙って、引き金を引いた。


PAM! PAM! PAM!


 が、当然効かない。


「……………」


 セーフは拳銃を握ったまま固まってしまった。

 人間の顔に銃弾を撃って無傷。そんな光景を目の当たりにした彼は、文字通り思考を停止してしまった。

 そしてとうとう、ファラは操縦席に乗り込んだ。


「わかった、降伏だ」


 格闘戦で勝ち目がないのは明白。故にセーフはあっさりとベルを差し出し、降参した。これ以上の抵抗は無意味と悟ったのだろう。

 こうして、戦いはあっけなく終わった。


《『絶対安全不墜戦闘ヘリ・カプコン操縦者』セーフ・オッコチナイ代理のベル喪失を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》


「だが、待ってくれ。せめてこの機体は……『安全』に着陸させる!」


 セーフの最後の意地。バランスを失いキリキリ舞いになるヘリを無事に着陸させ、安全神話に最後の最後で泥を塗らぬよう、操縦桿を握った。


「私も使いたい」

「え?」


 その後ろから、ファラが抱えるように操縦桿をセーフの手の上から握る。


「教えて」

「っ! よ、よせ! 当たってる!」


 ファラの爆乳がセーフの背中でぐにゃりと形を変える。そしてファラの好奇心に満ちた真剣なまなざしと、母のように優しく包み込む手のひら……システムアラートが空気を読まずピューピュー鳴り響く。


「これは、こう動かせばいいの?」


 バキッという音を立てて、操縦桿が折れた。


「……壊れたか」

「ごめん」


 こうして、『絶対安全不墜戦闘ヘリ』カプコン、最後の一機は……姿勢を回復できぬままふらふらと高度を失い、岩山に激突。

 轟音と共にローターが吹き飛び尾翼が折れ曲がる。


 カンパニーの夢と希望を背負った悲劇の兵器は、耐衝撃に優れた胴体のみしか残らなかった。




「絶対安全不墜戦闘ヘリの神話、筋肉によって終わる――――か。これもいい記事になりそうだな。もちろん新聞の三面のな」

「おもしろそうね。王国大臣の不祥事のニュースより、よっぽど読者が付きそうね」


 オペレーションルーム…………。

 タバコを燻らすアルバレスの横で、スミトが無表情でパソコンを叩きながらそう答える。


「あれ、カプコン機の最後の一機だったみたいよ」

「やっぱりあのヘリは呪われてんだな。俺の友人が報道関係で乗ったが、あいつが乗ったヘリは海面を飛行中にクジラの魔獣に食われた。それに比べりゃ、最後が筋肉ってのはある意味有終の美ってやつだな」


 あらたにサブオペレーターとなったスミトによって、敵の情報がいろいろ明らかになってきた。今回は直接役には立たなかったが、記事には貢献できそうだ。




記事『ある珍兵器の最期』

 未来について確実なのはただ一つ 、それが不確実ってことだけ、という言葉がある。世の中には絶対はあり得ない。それを、あの兵器は身をもって我々に教えてくれた。

 『絶対安全不墜戦闘ヘリ』カプコン――――読者の方々も、その名を聞いたことがあるだろう。忌まわしきp.w.カンパニーが世に出した、ある意味で傑作兵器だ。

 ヘリコプターという乗り物は、一歩操縦を間違えばすぐに事故を起こす。これは自動車も、自転車も、馬車も同様だ。人間が間違いを起こす限り、人間が操る道具はいつか間違いを起こす。それが「絶対」であることを、このヘリは証明してくれた。

 呪われしピンクの鳥は、絶対安全の名のもとに、危険な場面に投入され……次々に消えていった。そしてその最期は……我らがファラ代表の筋肉により、その身を地に横たえたのだ。

 ヘリは筋肉で墜ちる。カンパニーはそれを見落としていた。カンパニーに絶対がない限り、ヘリに絶対はない。


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