オペレーター 2
夜に入ると、流石に各陣営とも力を温存しようとするのか、戦闘の発生はめっきり少なくなった。北部ではまだ断続的に轟音が鳴り響いているものの、南部……特にソウ村周辺は全く戦闘が起きない。
そのソウ村は、ファラが村人の支持を集めたことによりJ陣営が実質占領下においた数少ない拠点となり、10名ほどの代理がこの村で一晩明かすことを決めた。
「予想はしてたが、やっぱりうちの陣営は圧倒的に不利だな」
パソコンで残っている代理の数や、把握している拠点などを調べているアルバレスは、予想以上にフーダニット陣営が弱体なことに頭を抱えている。
南部のソウ村群の数か所やクリスタルレイク西岸はなんとかJ陣営が安心して過ごせる場所になっているが、それ以外の場所は他陣営の動きが活発になっている。
現在最も優勢なのは、意外にも♥陣営。下馬評では♠陣営が質量ともに最優と言われていたが、ふたを開けてみれば、かの大鬼をはじめスペックの優秀な代理たちは、戦略もなしに片っ端から戦端を開き、他陣営を猛烈に巻き添えにして消えていった。面白いことに、その♠陣営のハイスペック勢を一番叩き潰しているのはJ陣営だ。
♥陣営は中央の王城を真っ先に拠点化しており、魔術と死霊術を駆使した消耗抑制戦略を展開しているようだ。また、何気に代理の登録が最も多いのもこの陣営だ。♥陣営の特徴は何より「面倒な奴」が多い。それゆえ、各陣営ともこいつらの攻略を後回しにしている。
一方でJ陣営並みに不調なのが♣陣営だ。補給を抑えるために工場周辺を抑えたはいいものの、どうも運悪くJ陣営の超強力な代理とぶち当たってしまったらしく、各地で次々に撃破されている。今頃ソリティア・ウードは部屋で頭を抱えていることだろう。
「まぁ、
聞くところによれば、プリンセス・フーダニットは、自陣営代理たちの予想以上の善戦に歓喜しているらしい。ファラも初日で(運よく)6戦全勝しているが、中には1日で二桁の代理を撃破した人物もいる。彼女が喜ぶのも無理はない。
一方で、損失は―――――
「1日で戦力が3分の2だ。大半が弱い奴だったとはいえ、奇跡が起きなきゃ優勢勝利はまずむりだな」
J陣営は、ただでさえ少ない代理の3分の1を失っている。
1日目で弱い代理が淘汰されたとなると、2日目はますます激戦となるに違いない。筋肉で正面突破してきたファラも、厳しい場面が増える恐れがある。
これからの戦いを生き抜くうえでネックになっているのは、情報の少なさだろう。アルバレスはこの日の戦いで、それを嫌というほど痛感している。
敵を知り、己を知れば百戦百勝危うからずともいうではないか。
社長戦争公式の提供情報では、ほぼ何もわからないに等しいので、こちらからアクションを起こすしかない。
コンコンと、部屋をノックする音が聞こえた。
「お、来たか?」
アルバレスはそう言って、たばこのを灰皿に押し付けて火を消し、ノックされた扉へ向かった。
彼は、情報収集を行うべく、友人のプログラマーを急遽呼び寄せた。
プログラマーと言えば聞こえはいいが、その正体はハッカーで、友人と言ってもそれは「ビジネス上」の友人に過ぎない。でっぷりと太り眼鏡をかけた、所謂「キモオタ」の典型的な容姿で、街を歩くたびに職質やカツアゲに会うため、普段は引きこもりで過ごしている。
アルバレスも、心の中では彼を軽蔑しているのだが、彼のハッキングの腕前は本物なので、頼らざるを得ないのが現状だ。
だが――――――
「よく来たな―――――ってあれ!?」
扉を開けた先にいたのは、そのデブ眼鏡ではなく長い黒髪で、全身真っ青なローブを着用したオリエンタルな美人だった。
彼女は――――
「よ、預言者様!?」
いつの頃からか、突然王国に現れ、カンパニーの侵攻を予言した美女。彼女は『預言者』スミト……。アルバレスの国ではその名を知らぬものがいない有名人だ。ファラの異世界転移をも感知し、迎えをよこさせたのもスミトだ。
「選手交代よ。ここからは私が彼女の面倒を見るわ」
「じょ、冗談じゃない! 俺だって記事を書く仕事があるんだ!」
「この件は、あなたとそのお友達じゃ手に負えないのよ」
ミストは開いた扉から勝手にどんどん部屋の中に入っていき、おもむろにパソコンの前に腰を下ろした。
「さすがはカンパニーね、いいものを提供してくれたじゃない」
「おい、勝手に進めるなよ……」
「アルバレス。あなた、命が惜しくなかったら、此処で降りた方が賢明よ」
スミトは、その漆黒の瞳でアルバレスを射抜く。彼女は冗談で言っていない。預言者にそのようなことを言われたら、たちまち不安になってしまう。だが、それでもアルバレスは引かない。
「俺はな、今回の記事に命を懸けることにしたんだ。預言者様だろうが、とかく言われる筋合いはないぜ」
「じゃあ、なぜ私が来たかを教えるわ。私はね、このパソコンからカンパニーにハッキングを仕掛けることにしたの」
「預言者様がハッキング!?」
アルバレスは目を丸くして驚いた。
彼女は人前では水晶玉で占いをしているという。そんな古風な人間が、パソコンを使うどころかハッキングを行うなど…………
「確かに、あなたが呼んだあの人も腕はいいけれど、カンパニーの外部侵入対策を甘く見ない方がいい。ばれたら命を落とすどころか、陣営にも被害が行くわ。それに………」
「それに?」
「おそらく、どう頑張ってもこの戦争が終われば、ハッキングしたことはバレる。私はもちろん、あなたも協力者になればすぐに闇に葬られるわ」
「なっ」
アルバレスの背筋に悪寒が走る…………。
今まで数々のスクープを、時には法の目も掻い潜りながらネタにしてきた彼だが、カンパニーに喧嘩を売って無事で済むとは思えない。ましてや今からやるのはハッキング……不正に情報を抜き取ることだ。
「だったらむしろ預言者様こそ! 命が危ないんじゃないか!」
「私はいいの。どうせ……この世界の人間じゃないし」
「なん…………」
二の句が継げず、固まるアルバレス。
その間にも、スミトはパソコンのキーを超高速でたたいている。
「さ、そんなわけだから、命が惜しくば私と交代しなさい。今が最後のチャンスよ」
「………………いや、俺は逃げない」
「あっそ。あとでどんな目に遭おうと、私は知らないから」
スミトはふーっと溜息一つ吐くと、意を決したように再びパソコンのキーボードをたたき始めた。
偽装工作として、あえて♣陣営のPCを背乗りし、そこから一気にカンパニーのファイアウォールの突破に取り掛かった。
果たして、新たなオペレーターの試みは成功するのだろうか。
それとも…………
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