6試合目:ネクストステージ 後編

「っつつ…………何が起きた?」


 気を失っていたディアスが目を覚ますと、ドゴンドゴンと大砲を打ち出したような音と空気の震えが彼を襲った。

 見れば、視線の先…………村のはずれにある草原で、二人の人間がスタイリッシュな殴り合いを繰り広げていた!


「オーラオラオラオラァ! 筋肉筋肉! 筋肉が唸る! 唸りを上げるッ!」

「……っ!!」


 桁違いの威力の鬼の拳が、目にも止まらない速度で襲い来る。


「気張れよ! 一発でも反らせば……村がぶっ飛ぶぜ!」


 しかし、拳の狙う先はファラではない……ソウ村だ。

 大鬼は……自分のためよりも、仲間のために戦うファラの性格を見透かして、あえて村の破壊を前提とした攻撃を繰り出して、ファラに受け止めさせているのだ。

 ファラの顔に、明らかに苦悶の表情が浮かぶ。息が上がり、汗が滝のように流れる。

 大鬼の言葉に嘘はない。鬼の拳は気功弾となり、一発でも地面に当たれば、半径30メートルの穴が開く。それだけの威力のパンチを至近距離で何百発でも受けるのだから、いくらファラでも苦しいものがある。


「ヘッ、耐えたか! お前は人間にしてはかなり見込みがある! 下手な鬼……いや、それこそ上位の妖怪や神格持ちにも匹敵する力がありそうだ! おもしれェ! 面白すぎるゼェ!!!!」


 その言葉と共に、大鬼の拳がファラの顔に叩きつけられた。


「お、おい! 大丈夫か!!」


 心配したディアスが、ファラの下に駆け寄ったが…………


「テメェは邪魔だ」


 大鬼が、一瞬でディアスの前に立ちはだかる。


「このっ!」


 ディアスが拳をふるったが、見えない「何か」に弾かれた。


「お前はあれか? さっきあの黒い『ガラクタ』に乗ってた野郎か」

「貴様! 俺の愛機が………ガラクタだとぉ!」

「人間は道具に頼る生き物だ。だが……道具は自分で成長しねェし、あまつさえ道具の力を、自分の力だと勘違いしゃがる。俺に殴り掛かるんだったら……「気」くらい自由自在に操れるようになりやがれィ!」


 すると、ディアスの身体が吹き飛んだ!

 突風が吹いた……というよりも空間が急に膨らんだ。


「おい、テメェもいつまで寝てやがる! 起きやがれィ!」


 そう言ってファラの身体に乱暴に酒をぶちまける大鬼。もはや敵対者同士ではなく、子供の面倒を見る父親のようであった。


「うっ……」

「起きたか! んじゃほれ」


 ファラが起き上がると、大鬼は足元にあった小石をコツンと蹴った。

 蹴られた小石は急加速し、ファラの顔に傷を一閃残して、音速で飛んでいく。ファラは慌てて、拳が向かった方向に反射的にパンチを繰り出した。

 加速した小石が進路上にある家にあたる――――その寸前に、急に方向を変えて明後日の方向に飛んで行った。


「学んだか! やはり俺が見込んだだけはあるなァオイ!」


 すると大鬼は、ファラからかなり距離をとった。ファラから大鬼は、ほぼ点でしか見えなくなった。だが、すぐにファラは、大鬼からの攻撃が来ることに気が付いた。


「むんっ」


 ファラが虚空に向かって拳を繰り出す。

 すると、先ほどディアスが感じたような空間のふくらみが起こり、衝撃波が空気を裂いて飛ぶ。そして、その衝撃波はもう一方から飛んできた衝撃波と正面からぶつかり、大きな音を立てて爆発した。


『ファラの奴! まさかあの鬼の攻撃をマスターしたのか!?』


 ファラの攻撃は…………拳が届く範囲と、その衝撃が届く範囲までしかダメージがいかない。だが、先ほどの大鬼との拳の打ち合いで、ファラの筋肉は「気」を正確に放つ技を学んだのだ!


『そういえば…………あの大悪魔ゼパルと闘った時、奴が放った矢が空中でバラバラになったが…………あれはファラが無意識にこれを放ってたからか!』


 アルバレスの考察は正しかった。

 もともとファラの筋肉は…………「気」を扱うことができたのだが、今までその感覚がつかめなかっただけ。

 戦いを通して、ファラの筋肉は進化していたのだ!


 そうこうしている間に、ファラを特大の衝撃波が襲い、ファラの気を再び失わせてしまった。


「もっと、もっとだァ! テメェはまだまだ俺と遊べる! そうだろ!」


 酒を乱暴にぶっかけて、ファラを気絶から覚ます。これで三度目だ。


「私は、負けない」

「オウヨ! いい面構えになってきてんぜェ!」


 大鬼は、浮いていた。

 この巨漢には羽も生えていなければ、飛翔装置などというやわなものも持っていない。


「テメェにもう一つ教えてやる。筋肉は…………飛べる!」

「!!」


「んなバカな!」

『んなアホな!』


 大鬼が堂々と放った超理論に、ディアス、アルバレスの常人二人が同時にツッコミを入れた。しかし、大鬼はいたって真剣だ。


「俺の住む国には、RIKISHIという己の力を極めた人間がいる! そいつらはなァ、筋肉で飛ぶんだ! 俺のようになァ!」

「筋肉は、飛べる……」

「そうだ! 飛べるんじゃねェ、飛ぶんだ!」

「筋肉は、飛ぶ!」


 ファラは筋肉を信じた! 筋肉もまた、ファラを信じる!

 筋肉が発する「気」が、ファラの身体を包み込む…………


「ぬぅん」


 ファラの身体が―――――宙に浮いた。


『本当に浮きやがった…………筋肉っていったいなんだ?』


 あまりにも理不尽な状況の数々を目の当たりにしたアルバレスは、脳の処理が追い付かず、機能停止してしまった。

 頬をつねってみる。痛いだけだ。つまりこれは現実。


「よォし! もっと、もっとだ! 高みに上がってこい、人間!」


 大鬼の蹴りが炸裂! ファラも足で応戦する!

 相互距離は約50m。お互いの脚は、相手に一切届いていないのに、直接身体をぶつけ合う肉弾戦が展開されているのだ。

 どっちも身長はそのままなのに、まるで30m級の巨人同士が戦っている……この戦いを見た村民たちにはそうみえた。

 相変わらずファラの顔は険しい表情を見せているが、初めて戦った時よりも、幾分か笑っているように見えた。自分では到底太刀打ちできない強敵が相手だというのに、自分がみるみる強くなることが嬉しいのだろう。


「くかっ……くかかかっ!! ついにたどりついたか! このオレが場所まで!」


 今までになく嬉しそうに大笑いする大鬼。

 その笑い声は、遠く隣のエリアの代理人たちにまで響いたという。

 今まで気のせいだと思われた、大鬼とファラが大きく見えるように思える現象…………それはすでに極まって、誰の目にもはっきりと、十倍にまで膨れ上がった二人の姿が見える。

 二人が……筋肉が発する「気」が自分の手足のごとくかたまり――――自由自在に操れるようになったあかしだ。


「ほらよッ、祝い酒だ、遠慮せずに飲めよ! どっかの誰かと違って、酒に毒は入れネェからよ!」

「ありがとう」


 実態部分の大鬼から、実態部分のファラに赤い酒の大皿が渡された。

 人間が飲めば一撃で肝臓がやられるすさまじく強力な酒を、ファラは平然と飲み干した。しかも、酔っぱらうどころか、その闘気はますます強くなり、酷使された筋肉がよみがえるのを感じる。


「じゃあ改めて……死合おうぜェ!」


 大鬼にとって、今の今までは戦いですらない。相手が自分を相手できるレベルまで、優しく連れてきてやっただけだ。


「鬼ってのはなァ! 力そのものだ! そしてこれが、俺の「力」の一部だっ!」


 大鬼の「気」が空中で両手を広げると――――曇っていた空がより暗くなり、空中にが現れた!

 見よ、これぞ大江山の具現! 伝承に残る鬼どもの総本山!

 〝具現界域・鬼界〟


「テメェが真の強者なら、俺にヒビの一本でも入れて見せやがれェ!」

『うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!』


 召喚された山から、大音声が木霊した。

 次々に現れる鬼たち……鬼の棟梁に命を預けた、凶暴な鬼の軍勢が、大鬼の合図とともに村になだれ込む!


「ひいいいぃぃぃぃぃ!! もうおしまいだ!」

「人生の最後に……本物の肉を食えてよかったな……」

「かあちゃん、オラも今すぐそっちいくけんなぁ…………」


 村人たちは、すっかり生きる希望を失い、蹂躙されるのを待つだけだった。

 ファラは一人、鬼の数は1000を下らない。もはやこれまで、誰もがそう思っていた。


「あきらめないで!」


 ファラが―――――叫んだ。


「みんなは、生きるの! 負けちゃ、いけない!」


 寡黙なファラが……大声で叫んだ! ファラは、最後の最後まで、村を守るために戦う。筋肉に後退はない。一度は死んだ身だ………ならば納得するように生きたい。それが、ファラの思い。

 その思いが、筋肉から「気」となってあふれた。


「こいつ……!」


 大鬼は、この日初めて驚きの表情を見せた。

 目の前の人間の力量は把握しているつもりだった。それがわずかに見誤っていた。―――――スケールの大きい鬼の「わずか」は、人間にとってとても大きい。


「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 突然、ディアスが叫んだ。

 筋肉が盛り上がり、表情が一気に豹変……その姿はまるで鬼神のごとく!


「おおおおおぉぉぉぉぉ!!」

「やるしかねぇかああぁぁぁぁ!!」

「やらせはせんぞおおぉぉぉぉぉぉ!!」


 怯えていた農夫たちが……着ていた服を破り、全員がムキムキのマッチョマンに変貌していく。農作業で鋤や鍬さえ振るったことがない……ユトリ農夫たちが、まるで別人のようにごつくなっていく。


 筋肉は……伝搬する!

 もう一度言う、筋肉は伝搬するのだ!!

 アマゾネスの女王、ファラの強すぎる闘気は、周囲を奮い立たせる。元の世界でも、わずか数十人のアマゾネスが、万を超える敵をわずかな損害で撃退した……それほどまでに、彼女の筋肉とカリスマは高みにある!

 この大鬼は……彼女の潜在能力を、此処まで引き出してしまったのだ!


「ゆくぞ」

「上等だオラァ!」

『おおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!』

『ああああぁぁぁぁぁぁ!!!!』


 夕陽が西の山に沈みはじめ、空が茜色に染まる中……ソウ村の郊外は修羅場と化した。30mを超える巨体同士のぶつかり合い、村を守るべく修羅と化した村人たちと、大江山の鬼たちの殴り合い。


「俺だってなああぁぁぁぁ!! 戦えるんだぁぁぁぁ!!」


 鉄のような筋肉のディアスが、破損したモートラスから対物ライフルを引っぺがし、単身で鬼に向けてぶっ放し始める。すでに敗北した代理である彼がほかの代理と闘うのは本来ルール違反だが、彼が相手しているのは、あくまで「鬼」であり、代理の大鬼と闘っているわけではない。たまたま帰還する前に「鬼」に遭遇しただけだ。


 そして――――――


『あー……タバコがうめぇなぁ……そうだ、後で筋トレしなきゃな』


 アルバレスは壊れていた。


「これだァ! これこそ、俺が望んだ! 肉と肉のぶつかり合い! 酒を飲み、殴り合い、殴られる!」


 一発一発の拳が、空気をかき回す。

 平穏だった農村が、誰も近寄れない闘争の地となることを、誰が想像しえただろうか。


「とう!」

「っさァ!」


 ファラと大鬼の「気」が、相撲のようにがっぷり四つに組んだ!

 ギリギリとお互いの筋肉がきしむ音が鳴り響く……

 だが、やはり格の違いは大きいのか、ファラの「気」が徐々に押される。このまま押され続けてしまえば、ファラは村の畑に倒されてしまう!

 村人たちが汗水たらして作った農作物が……すべて無に帰す。それだけは、なんとしてでも阻止しなければならない。


 ファラの「気」が、白い炎を纏い始めた。


「てぃ!」

「!!」


 大鬼の「気」が、虚を突かれてよろめいた。


 BAOOOOOOOMM!!!!


 大鬼の「気」が、召喚した山と接触し、一部が欠けた。


「ヘッ……! まさか本当にこの山にヒビ入れるたァな! それなら、もう容赦は―――――」


 言いかけて、大鬼の動きが止まった。彼は、瓢箪の酒を飲もうとしたのだが、一滴ぽとりと出ただけで、空になってしまった。


「酒がもうねェな。安物だが、この酒はこの世界じゃ調達できねェ。帰るか」

「帰る?」

「これだけ楽しめたんだ、オレはもう満足したさ。やるよ、コレ」


 そう言って大鬼は、首にかけていたベルをファラに投げてよこした。


 鬼の軍勢と、鬼が住む山が消えていく……。

 大鬼もファラも、地上に立っており、巨大な「気」の塊は霧散。マッチョの集団と化した村人たちやディアスも、いつの間にか元の姿に戻っていた。(服は戻らなかったが)


《『酒喰らいの大鬼』代理のベル喪失を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》


 先ほどまでの怒号の応酬が嘘みたいに静まり返ったソウ村に、アナウンスが粛々と響いた。勝負の時間は、終わったのだ。


「あばよ、人間……いや、ファラとかいったなァ。生きてたらまた遊びに行ってやる」

「…………」


 ファラは答えなかったが、大鬼は肯定として受けっとった。




「勝っちまったか……。もう何が何だか、これもうわかんねぇな」


 戦いが終わり、ようやく冷静さを取り戻したアルバレスは、本日何本目かわからないタバコに火をつけた。ふーっと吐く白い煙が、徐々に多くなっていく気がする。


「上には上がいた。だが、戦う気があるかどうかは、別問題なんだな。それもそうか、あんな実力を持っている奴が「代理」なんて肩書で戦いたいとは思わんよなぁ」


 モニターを見ると、ソウ村は夜の帳に包まれ、家々には明りがともっている。

 この明りが……どれだけの奇跡の上に輝いているのか、アルバレスはよくわかっているつもりだ。

 さすがにファラも疲れたのか、黙々と肉を頬張り続けている。

 その周りにはディアスをはじめ、戦った村人たちが苦痛で唸り声をあげている。無理に筋肉を動かしたせいで、全身筋肉痛になっているのだろう。

 しかし、彼らは成し遂げた。他力本願で生活していた彼らが、初めて自分たちの力で自分たちを守り切った。その経験は、多かれ少なかれ、彼らの今後に影響を与えることだろう。


「俺も、記事を書くか」


 アルバレスは、咥えていたタバコを灰皿にこすりつけ、筆を執った。

 どうやら明日は、彼の腕が筋肉痛になるに違いない……



記事『今日のファラ代表』

 鬼は鬼が島に住むと言われているが、本当の鬼は人の心の中にいる。私はそう思っている。

 この日のファラ代表は、まさしく鬼であった。見ず知らずの……それも自分を邪険にしていた村人たちを守るために、筋肉の鬼となったのだ。鬼は憎むべき相手であり、倒すべき存在であり、そして自分たちにとって脅威となる存在だ。だが、敵にとっての鬼は、味方にとって頼もしい力となるということも忘れてはいけない。

 かの伝説の鬼が、各地の腕自慢の鬼を従えられたのも、彼らに頼もしいがられ、尊敬されたからに違いない。


 では、我々にとって、敵となる鬼とは何か?

 いまだにファラ代表のことを、野蛮な鬼と見下し、蔑む者はいないか?


 カンパニーよ、わが世界の鬼たちよ、ファラ代表の強さに、恐れをなせ!

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