3試合目:燃えよ筋肉

 赤き炎が、ファラの身体ごと大地を包み込んだ。

 その高さは優に建物2階分に及び、すべてが焼き尽くされる。


「ふん、もう終わりか。人間とは脆いものだなぁ!」


 そう言って、腕を組みながら高らかに嗤うのは――――

 髪の毛以外、上から下まで赤一色の、翼の生えた男性だった。

 その顔はまるで蜥蜴のようで、ルビーのような瞳は、縦長の瞳孔を備えている。


『お、おい! ファラ、大丈夫か!』


 アルバレスは必死になってモニターからファラの姿を探すが―――


「あなたたち、大丈夫?」

「は、はひ……なんとか!」


 彼女は、いつの間にか難民たちの前に立ちはだかって、盾になっていた。筋肉には特に焦げ目などは見当たらない。どうやら、炎の強襲を無事にしのいだようだ。


「ほぅ……いつの間に。くっくっ、面白い奴がいたものだなぁ」


 そう言って、彼は自分の背丈を超える大剣を肩に担いだ。


《両者、合意しますか》


 またしても無機質なアナウンスが流れた。

 先ほどの、試合終了のアナウンスから、まだ5分もたっていなかった。


「私は平気」

「ま、こんな奴、3分もあれば十分だろ。それに、旨そうな食事もあることだしな」


《『石器時代の勇者』ファラ代理 及び 『獄炎の大悪魔』ゼパル、戦闘合意が交わされました。交戦を開始します》


『くそっ……相手の情報は……?』


 戦闘が開始されている間、アルバレスは必死になってデータベースを漁った。

 

『所属陣営は「♥」……高名な大悪魔だが、それ以外の情報は一切不詳…………つーか、どいつもこいつも不詳ばかりじゃねぇか! これ意味あんのか!?』


 アルバレスは、データベースの情報不足に大いに憤ったが、同時に自分の無知っぷりにも嫌気がさしてきていた。この世界の有名人なら、ある程度の名前は上げられるし、能力も知っているが、今まで出会った連中はどいつもこいつも初めて見るものばかりだ。


「ん~、だが、お前はファラとかいうのか? 事前情報には殆ど載ってなかったが……ま、その程度なら大したことないだろ! いくぜ!」


 一方で、ファラもまた下馬評で無名すぎるため、ある意味的陣営に情報が渡っていない。不幸中の幸いとはこのことか。


 だが、ゼパルは手を抜く気は微塵もない。

 その手に持つ大剣『煉獄』が振るわれると、巨大な熱波が怒涛の如く押し寄せる。真正面から喰らった日には、岩石すら焼き尽くされてしまうだろう。


「う、うわああぁぁぁ」


 難民たちは、慌てて逃げ出した。だが、ゼパルは逃すものかと大剣をガンガンぶん回し、当りに灼熱をまき散らす。

 だが―――――――


「ふん」

「うをっ!?」


 なんと、ゼパルの目の前の炎の壁から、突然巨大な拳が現れた!

 ゼパルは思わず大剣を拳めがけて振り下ろす。


BAKOOOOOOOOOO-M!!


 空中で、一際巨大な爆発が巻き起こる。

 その爆発ですさまじい突風が発生し、炎と難民たちを吹き飛ばした。


『………………いったい何が起きた!?』


 炎で赤一色に染まったモニターからは、何が起きたのかよくわからなかったようだ。

 なんとファラは、あえて炎の中に突っ込んできたのだ。しかも、どうやってか知らないが炎を難民の射線から外すように、正面から突っ込んできた!

 間一髪でファラの拳はゼパルに届くことはなかったが、拳にぶち当てた大剣は強い衝撃に耐えきれず、刀身が砕け散ってしまった。


「ふー…………」


 一方で、ファラの拳もさすがに無傷とはいかなかったのか、中指の第二関節を中心に若干焦げ目がついて、しゅ~と白煙を上げている。


「テメェ、ふざけろ! よくも俺の武器を破壊しやがったな! この俺を怒らせて………ただで済むと思うな!」


 怒りに燃えるゼパルの服が、紅く輝き始めた。

 彼の周囲が陽炎によって揺らめき始め、服の上に深紅の鎧が現れる。

 この鎧は炎そのものが具現化した、魔力の鎧。辺りの気温が一気に上昇し、地面が水分を失いひび割れていく。


 対峙するファラの額にも汗がにじむ。

 難民たちも、まだ無事だったが、極度の暑さに当てられて、苦しむ者が続出した。


「おら、来い!」


 ゼパルが叫ぶ。

 同時に、ファラも動いた。目にもとまらぬ速度でゼパルに詰め寄り、ボディーブローを加える――――――――が!


DOOOOOOOOMM!!


「む」

「ぬ……」


 ファラの拳が炎の鎧に衝突した瞬間、爆発音とともに炎の竜巻が起こり、両方の身体が凄まじい炎に包まれた。

 ファラは慌てて湖の中にダイブ。だがゼパルも、予想だにしない激しいダメージを受けて、10メートルほど吹き飛んだ。


「ぐっ、クソッタレ!」


 まさかファラが躊躇なく鎧を殴ってくるとは思わなかった。

 だが、炎の鎧は相手の物理攻撃の威力に反応して、何倍もの威力にして返す。ファラの一撃ともなれば、本来であれば鋼鉄すらも一瞬で溶けてしまいかねない。


 そしてファラは、湖に飛び込んだことで、体にまとった炎を強引に消した。

 彼女も少なからずダメージを受けたものと思われるが、全身火傷を負うどころでは済まない威力の炎を食らっても、なお少々焦げるだけで済んでいた。


『なんつう耐久力だよ……化け物か?』

「なんつう耐久力だよ……化け物か?」


 奇しくもアルバレスとゼパルは、同じ言葉を同時に口にした。

 いくら人体が強くなるとはいえ、鋼鉄すらも溶かす炎を食らって生きているというのは、信じ難いものがある。


「これも……これも…………使ったら折れるだけだな」


 ゼパルは「ソロモンの宝具」と呼ばれる強力な七つの武器を持っている。その七つの武器には、今彼が纏っている炎の鎧も含まれる。

 最初の一撃で大剣「煉獄」が破損し、しかもファラの皮膚を貫通するに至らなかった。となれば「顎」と呼ばれる曲刀も「惨殺鎌」と呼ばれる鎌も、大したダメージもなく逆に破壊されるだけ。そう判断したゼパルは、紅の刃を持つ両手剣をその手に持ち、大量の魔力を流し込んだ。


「後々のことを考えると、此処で消耗しすぎるのは得策じゃねぇが……こいつを倒さないことには次に…………そして、を殺すことができん!」


 ゼパルは、魔界『宙飛ぶ球状の大海』にその名を広く知られ、恐れられた大悪魔。それが、このような無名の野蛮人相手にてこずっている暇はない。


「おおおぉぉぉぉらああぁぁぁぁっ!!」


 両手剣「七獄」がファラめがけて振り下ろされる。

 瞬間、まるで小さな太陽が輝いたような光と共に、膨大な熱が一気に襲い掛かった。

 見よ! あまりの熱に、湖の水が一気に沸騰し、蒸発したではないか!

 蒸発した水は、高温の水蒸気となり、周囲を天然のサウナ地獄に変えた。


「あついぃぃぃ……っ!」

「く、くるしい……! み、みず……!」


 無力な難民たちは、口を押えてのたうち回る。

 高温の水蒸気が、呼吸するたびに肺を灼くのだ。

 このままでは彼らは死んでしまう……!


 しかし、ファラはあきらめなかった。


「ぬぅんっ」


 ファラが腕を広げて、独楽のように回りだす。

 回る、回る、回る回る回る!


 回る筋肉が竜巻を起こし、高温の水蒸気をまとめていく!

 これぞ筋肉旋風センセーション!! 筋肉は、自然現象すらも操ることができるのだ!


「……ないわー、それはないわー…………」


 ゼパルは開いた口がふさがらなかった。

 どこの世界に、生身で竜巻を起こせる人間がいるのか。


「よくも、戦うことができない人たちを。許さない」


 回転を終えたファラの眼光が、ゼパルを射抜く。


「ば、バカな…………! この俺が、後退だと……! あ、足が勝手に後ろに進む……!」


 ゼパルの脚が、本人の意思に反して後ろに進んでいく。

 悪魔の本能が告げている。目の前の相手は、まだ本気を出していなかったのだと。


『さすがのあいつも、ここまでされたら怒るか……。なんだかこっちまでちびっちまいそうだぜ…………』


 そして、モニターにくぎ付けになっているアルバレスもまた、足が無意識に震えている。ただの貧乏ゆすり? いやちがう、彼は先ほどトイレに行っておいてよかったと心の底から思っている。


「こんなところで…………終われるかよっ! 俺のプライドに賭けて、テメェは絶対にぶっ潰す!」


 一時は怯んだゼパルだったが、大悪魔である彼もまた、為さねばならないことがある。震える身体に喝を入れ、自らもまた怒りをもって気炎を上げる。


「ラぁっ!!」

「むん」


 剣と拳が激突する。

 炎と突風が吹き荒れ、衝撃波と爆発が地面を抉り、地形を変える。

 お互いに譲れない戦い。無制限に加熱する闘気は、ついに危険な領域に突入していく。


『そういえば、これ…………ファラにとっては三戦目なんだよな。もうこれが決勝戦でいいんじゃないか?』


 アルバレスが思わずそうつぶやくほど、二人の戦いは熾烈を極めた。


「――――」


 しばらく打ち合ううちに、ゼパルの身体がなぜか一瞬ぶれた。

 しかし、気にせず拳を打ち込むファラ。


 その直後、ゼパルの剣がファラの拳に耐えきれず、ヒビが入り、欠けた。だがゼパルは慌てるどころか、なぜか勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「勝った! この戦い、俺の勝ちだぁっ!!」


 ゼパルが叫んだ瞬間、空から無数の矢が降り注いだ。

 矢の雨は……青息吐息の難民たちに襲い掛かる!

 そう、先ほどのゼパルの一瞬の間は、宝具の一つ「朧」を素早く大空に打ち上げたからだった。魔力を一瞬切り替えたせいで、剣は一気に破損してしまったが、もはや難民は助からない!


「さあ! 貴様の『悪意』をくわせろおおおおぉぉぉぉっ!!』


 必死に守っていた存在が、無残に打ち砕かれる瞬間! これをどれほど待ち望んだことか―――――――


 ―――――


「……?」


 が、いつまでたっても悪意が沸いてこない。

 それどころか、難民の悲鳴も聞こえない。

 しかも、ファラは目の前にいる。


「は?」


 ゼパルの頭の中に、なぜか縦長の髪の毛の男性の姿が浮かんだ。


(あ、ありのまま怒ったことを話すぜ。おれは一瞬のスキをついて難民を攻撃したはずが、なぜか奴らはぴんぴんしてるし、敵はずっと目の前にいるし、矢もそっかいっちまった。何を言っているのかry)


 一方で、謎の現象の一部始終は、アルバレスがモニター越しに見ていた。

 

『あいつ…………飛んできた弓矢を、なんかで弾き飛ばしやがった!』


 それはもはや「なんか」としか言いようがなかった。なぜなら、矢がちょうどファラの頭上を通過した時、突如矢の軌道が見えない壁に阻まれるように分散して、見当違いの方向に散っていったのだ。

 この現象は、後々の戦いで正体が判明することになるのだが、今の段階では何が何だかわからない。


「むん」


 ドゴォ!


「ごっぱ!?」


 ゼパルの頬に拳がめり込んだ。

 彼の身体は大きく吹っ飛び、クレーターを作って地面に打ち付けられた。


「く、クソ…………」


 立ち上がったゼパルに、ファラがとどめを刺さんと腕を盛り上げて襲い来る!

 だが忘れてはいけない! ゼパルの炎の鎧はまだ健在だ!


(こうなったら……俺の全魔力をカウンターに! こいつもろとも道連れだ!)


 ゼパルはぐっと大地を踏みしめ、受け身の体制をとった。

 拳が目前まで迫る! 衝撃に耐えるべく、歯を食いしばり、目をぎゅっと閉じたゼパルだったが……………


「?」


 突風が通り抜けただけで、殴られた衝撃は来なかった。

 彼が恐る恐る目を開けると、そこには―――――


「これで、おわり」


 ゼパルが首にかけていたはずのベルを、その手に握っていたファラ。

 ゼパルが慌てて取り返そうとした瞬間、あわれベルは彼女の手の中で粉々に砕け散った。


《『獄炎の大悪魔』ゼパル代理のベル喪失を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》


 淡々としたアナウンスが、あっさりと過熱した勝負の終わりを告げた。


「くっ…………くっくっ……」


 ワナワナと肩を震わせたゼパル。まるでこの世の終わりのような悔しそうな顔をしていたゼパルだったが、彼は一瞬で表情を切り替えた。


「はっはっはっはっは! やられたよ、俺の負けだ!」


 狂ったように笑い声をあげ、パンパンと手を叩くゼパル。

 対する、勝者であるファラは相変わらず無口無表情だ。ゼパルに対する怒りも、すでに収まっているらしい。

 ここまでほぼ無傷のファラであったが、流石に今回は体のいたるところにダメージを受けている。

 燻る筋肉、焦げた皮膚、そのすべてが大悪魔との死闘の様子を雄弁に語っていた。




記事『今日のファラ代表』

 3戦目のファラ代表の相手は、地獄の炎を操る異界の大悪魔であった。

 悪魔の操る炎は、野を焼き水を干上がらせ、地形を変える勢い。その上、秘境にも無力な避難民を狙った攻撃を何度も繰り出した。

 だが、ファラは屈しなかった。彼女は、力なき民を守り切りながら、格上の大悪魔に打ち勝って見せた。この勝利で、我が国はまた一歩、解放に近づいた。


 しかし……彼女は、どうしてそこまでして、難民を守ろうとしたのだろうか。

 逃げ遅れたのは、彼らの自業自得でもあるというのに……


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