20試合目:知られざる英雄たちの結末 中編

「残りの人数は?」

「わが陣営は残り19人です」

「19人……」


 ずいぶん減ったものだとフーダニットは肩を落とした。

 昨日までは50人ほどいたというのに、3日目昼の自由離脱時間の間に、大半の人員が離脱してしまった。彼らはフーダニットに義理立てする必要はなかったし、何よりも離脱時間直前に起きたオペレータールームへの攻撃があったせいもある。

 ただし、苦しいのはJ陣営だけではない。他陣営もJ陣営の代理たちの奮戦により、三日目にしてかなりの数を減らしていた。むしろ、まだ主力が大勢残っているJ陣営は、ようやく相対的に有利になり始めてきたと言ってもいい。


「でも、私のために19人もの人が、戦ってくれているんだね。……よし!」


 フーダニットは何を思ったか、膝をポンと叩いて立ち上がった。


「あの部屋を用意しなさい。急いで!」


 フーダニットの命令で、彼女の側近たちはあわただしく動き始めた。



××××××××××××××××××××××××××××××




 聖域ナロッシュ、夜にもかかわらず昼間のように明るくなった遺跡で、ファラとクリスタルナハトの攻防が繰り広げられる。


「ふんっ」


 ファラの強烈な回し蹴りが炸裂。しかし、手ごたえがない。

 一瞬前までそこにいたクリスタルナハトの姿がない。


「ばかめ、と言って差し上げましょう」


 ファラの背後から声。それと同時に、ドンという轟音と共に、虹色に輝く光線剣が振り下ろされた。ファラは間一髪でこれをよけたが、伸びた光線剣は遺跡の壁を、熱したバターをナイフで切るように切断……それだけでなく、直線状にある森をはるかかなたにある城壁の向こうまで焼き切った。

 ポーラがぶっ放したエクスブレードよりは威力は劣るが、こちらは光ある限り何度でも連発できるのが強みだ。


「さすがに♣陣営の切り札といったところか……滅茶苦茶な強さだ」


 アルバレスは感心するも、今まで以上に苦戦するファラが非常に心配だった。

 なにしろ、クリスタルナハトはファラの攻撃を受ける直前で瞬間移動するため、一切攻撃が当たらない。逆に相手の攻撃もまた出が早く、ファラは回避するので精いっぱいだ。


「アルバレスのおじさん、残念だけどここはもう危険だよ。今迎えが来るみたいだから、それに乗って逃げて」

「はぁ? 迎え? 冗談じゃねぇ、ファラを見捨てて逃げろってか?」

「あのね、いまのおじさんはもしかしたらファラの足手まといになるかもしれないんだよ」

「……くっ、確かに」


 おそらくファラは……アルバレスに攻撃が向かったら、自分が不利になってもかばおうとするだろう。しかも相手は、大鬼のときと違ってファラを始末する気でいる。不安要素は出来る限り取り除いておきたい。


 そうしている間にも、ファラは気を膨張させてクリスタルナハトと同等の大きさにまで膨れ上がり、巨大な拳を打ち込むも―――――なんと、撃ち込んだ気の拳が威力を増してファラに返った。


 DOGOOOOOOOOOOOMM!!


「ファラ! 大丈夫か!」

「大丈夫」


 自分の拳の威力を跳ね返されたファラは、後ろに吹き飛ばされて、背後の遺跡を瓦礫の山に変えた。あまりに派手に吹っ飛んだものだからアルバレスは驚いたが、ファラは無事なようだ。

 しかし、直後にクリスタルナハトから極太ビームが発射され、ファラの真正面に着弾。ファラは筋肉防御で何とか拡散したが、両肩の一部に掠ったのか、当たったところが若干焦げている。


「ファラお姉ちゃんならきっと倒してくれるって信じてる」


 そう言ってエルは、アルバレスの襟首を無理やり掴んで、高い木の上を登って一気に跳躍した。


「ちょ、ちょっと待て! うおおおぉぉぉぉぉ!?」


 突如遠ざかる地面。少女の力とは思えない強引な力で、アルバレスの身体が宙を舞う。すると、上空から静かな機械音が聞こえ、鎖の梯子が下りてくる。

 アルバレスが上の方を見れば、ホバリングするピンクのヘリコプターが見えた。


「さっさと乗りな。こんなところで撃ち落とされちゃ叶わん」


 ヘリの操縦室の窓から、セーフ=オッコチナイが顔を出した。

 はるか下地上では、相変わらずファラとクリスタルナハトの激戦が繰り広げられ、周囲の構造物が容赦なくぶっ壊れていくのが見える。

 しかし、それとは別に地上からカプコン機に向かって何かがサーチライトを照らしているのが見えた。


「早く乗って!」

「お、おう!」


 アルバレスが慌てて梯子を駆け上っていると、地上から無数の対空ミサイルが、カプコン機に向けて発射された。

 あわや撃墜かと思われたが、梯子の一番下につかまっているエルが、片手で槍を投げると、槍が空中で分裂し、飛んできた対空ミサイルをすべて空中で撃ち落とし、さらに地上部隊に対しても正確にカウンターを見舞った。


「あいつら……やっぱ伏せてやがったか」


 セーフはぐっと歯を食いしばった。

 対空ミサイルを撃ち込んできたのは、ほかならぬセーフのかつての同僚たち。戦場で共に戦った仲間たちは、敵に買収され、こちらを攻撃してきたのだ。


「セーフおじさん、アルバレスおじさんのことは任せたよ!」

「おい、お前さんはどうすんだ! さっさと上ってこい!」

「私はちょっと戦争してくるね♪」


 そう言ってエルは、上空100メートル以上の高度だというのに、梯子から飛び降りて、そのまま森の中に消えていった。


「なんだってこう……どいつもこいつも…………」

「いまさら言っても仕方あるまい。飛ばすぜ、旦那、しっかりつかまってろよ」


 セーフはエンジンを両翼の推進機に切り替え、一気に加速した。

 エルが頑張ってくれているせいか、その後彼らの方にミサイルが飛んでくることはなかった。






「やはり、野蛮人はこの程度でしかないということ。わたくしを超えるのはすべての世界にたった二人だけでございます」


 いまだに無傷のクリスタルナハトに対し、ファラはすでにあちらこちらに傷を負っていた。それでもなお、ファラの闘志は衰えない。


「この人間を取り込んでいて正解でした。無様に負けはしましたが、この野蛮人の情報をしっかり保持していました」


 クリスタルナハトの中に取り込まれたシャムロは、体中にチューブのようなものを挿入され、脳や肉体から情報を解析されている。

 本来彼を捕縛したのは、オペレーションルーム攻撃の犯人を確保し、プレゼンで自陣営の潔白と、有利陣営の失脚を狙ったものであった。ところが幸運にも、無駄に優秀な彼の能力すらも取り込むことで、よりファラに対して最適解の動きができるようになった。

 要するに、ファラの一挙手一投足は、丸っとお見通しなのだ。


「むんっ!」


 ファラの拳が石畳の床を割り、亀裂がファラを中心とした8方向に走る。亀裂からは爆炎が吹きあがり、強烈な熱がクリスタルナハトを襲う。

 対するクリスタルナハトはその場から飛翔し、両手に持った光線剣を横に構え、ブースターに点火して一気にファラ目がけて降下。


「わが動き、捕えられますかな」


 複雑な軌道を描き来る二本の剣を、ファラは両拳で迎撃。

 光の速さで動く剣を相手に、ファラの筋肉はその身を削って打ち合った。


「とうっ!」


 ファラの脚が、クリスタルナハトを蹴り上げる。

 予想外の方向から来た衝撃に、クリスタルナハトは一瞬対処が遅れ、装甲を犠牲に大空へと舞い上がった。


「こしゃくな……」


 さらに、ファラは何と遺跡の石畳をまるで畳か何かのように引っぺがし、空中に浮かせて蹴り飛ばした。気の塊ではなく、物理的なものが飛んできたため、跳ね返すことはできないクリスタルナハトは、急激に軌道を変えて地上に着陸するも、なんとファラは着地地点を先読みしてショルダータックルをかました。


 DOGOM!!


「む」


 ロボットゆえに痛みこそ感じないが、光を固めて作った虹色の装甲が砕け散り、機体の一部が損傷してしまった。ようやくファラは、クリスタルナハトにダメージを与えた。

 ファラは更に追撃の回し蹴り! クリスタルナハトは即座に分厚い光の盾で防御。すぐさま繰り出されるアッパーカットを、あえて左腕で受けて、本隊への攻撃を逸らす。クリスタルナハトの左腕はひん曲がってしまったが、クリスタルナハトが大きく跳躍し背中から二発目の照明弾を打ち上げると、その強い光を吸収して、各損傷部を一瞬で全回復させた。


「やれやれ、下賤な者の手をこの機体に触れさせてしまうとは……わが主はさぞかし私に失望していることでしょう。わが主、謹んでお詫びを申し上げます」


 ダメージを受けただけだというのに、まるで負けたかのような言い草だ。

 実際、今までの戦いでクリスタルナハトは敵対者に触れられることすらなく、圧倒的な力でねじ伏せてきた。

 紙よりも完璧に作られたと自負するクリスタルナハトにとって、ファラのような野蛮人に触れられることすら屈辱なのだろう。


「もはやこれ以上は構ってはおられません。お覚悟を」


 背中から無数に生えるアンテナから虹色の光線が連射され、数秒後に虹の雨となってファラの周囲に降り注ぐ。

 ファラの筋肉が、ポーラから受け継いだ光を纏い、体を回転させて竜巻を起こす。白い光の竜巻が、虹の光の雨を回転と共に弾いた。

 だが、地面をハチの巣にする威力の光の雨は、これから行われる攻撃の前触れに過ぎなかった。


 ファラは、クリスタルナハトが自身を覆っている虹色の装甲をすべて消してしまったのを見た。この機を逃すものかとファラは全力で殴りに行こうとするが………なぜか体が動かない。


「……?」


 なんと、ファラの身体が、纏っている「気」ごと虹色の膜のようなものに包まれている。これ以上筋肉を膨張させることも、収縮させることもできず、まるで体全体を石で固められてしまったかのように動かせない。


 そして、チャージを終えたクリスタルナハトが、満を持して必殺の一撃を放った。


「クリスタルナハト、フルバースト」


 淡々とした口調から放たれる、すべての兵装からの一斉射撃。

 虹色の光が一度に収縮し、重なり合い、金色に輝く極太のビーム砲となって、ファラめがけて一直線!


 BAKOOOOOOOOOOOOOOOMM!!!!


 かつてポーラが放った必殺技エクスブレイドと同等の威力の光が直撃した遺跡の地面は、かつてキューブ山で見た以上の巨大なクレーターを作り、遺跡一つが丸々消滅した。


「く………ぅ……」


 クレーターの中央に、ファラの身体が横たわっていた。

 息はある。意識もある。ベルもまだ壊れてはいなかった。

 しかし…………巨大な「気」で軽減したとはいえ、そのダメージは尋常ではなく、その身はすでに虫の息だった。


 ファラは何とか立とうとするが、筋肉に力が入らない。

 彼女の筋肉をもってしても、これ以上の戦いは出来ないのか。



 ズシンと、近くに重いものが着地する音と衝撃が聞こえた。


「これは驚きました。宇宙戦艦すら撃沈する威力のフルバーストを受けてなお息がありますか」


 勝ち誇るクリスタルナハト。

 もはやここまでなのか。ファラは……筋肉は、科学に屈してしまうのか――!






『ファラ、聞こえるかしら』


 スミトの声が、ベルを通じてファラの耳に響く。


『ここまで頑張るなんて、あなたの筋肉はつくづく素晴らしいと言わざるを得ないわ』


 ファラの意識が白くなる。

 そして、身体がぬくもりあふれる光に包まれるのを感じた。


『私は……大図書館は、確かにあなたを利用してしまった。それは謝るわ。だからこそ、なんとしてでもあなたを死なせたくないの。それに、ファラに助けられたのは、私だけじゃない。覚えているわよね、あなたはこの大会で、大勢の人間を救った。あなたのおかげで、人々はようやく希望を見たの』



「ファラさん! あの時は我々を脅威から守ってくれましたね!」

「あなたのおかげで、我々の一団や、妻子は全員無事です」

「あなたのお力がなければ、俺たちは今頃生きてなかった」

「でも、私たちはまだあなたに恩返しができていないんです。だからどうか…………また会えると約束していただけないでしょうか」


 一日目、クリスタルレイクで巨大植物に襲撃されていた避難民たち。

 この時初めて、ファラはこの国の住民が、戦争に巻き込まれて命の危険にさらされていることを知った。


「俺たちの村を、あの鬼から救ってくださりありがとうございます!」

「オラたちは今までカンパニーに頼りっぱなしだったっぺよ! これからはオラたちの畑はオラたちで育て、守っていくだ!」

「みてくんろこの筋肉! あんたは俺たちの太陽だ! こんど家で獲れたコメには『ファラニシキ』ってつけるつもりだ!」

「我々は泥くさくても精一杯生きていく! だから、あんたも負けるな!」


 ソウ村―――― 一度は入村を拒否された、閉鎖社会。

 彼らはカンパニーからもたらされた平和という名の従属に甘んじていた。

 しかし、大鬼の攻撃から村を守ったファラの筋肉が、彼らの心をマッスルさせた。

 今やこの村は、J陣営の拠点として、積極的に代理たちの手助けをしている。


「ようファラ、元気か。ディアスだ。俺たちはようやくリーダーたちと合流することができた。すべてあんたのおかげさ。人間でもあんなに強くなれる、そう思うと俺もますます負けていられん。だから、お前も負けるんじゃねぇぞ」


 ディアスは、短い間ではあったが、村を守るために共闘した仲だった。

 二足歩行の人型兵器を操る彼は、この先も名誉と人々のために、戦場を駆け抜けていくのだろう。


「俺たちも、ファラさんに助けられた」

「我々は生まれてからずっと貧乏で、難民キャンプでその日暮らしをするほかなかった」

「だが、俺たちにも筋肉が……力があれば、明日を変えていけるって気が付いた!」

「今度は俺たちが温泉を掘り当てて、あんたの筋肉をいやしてやるよ。だから、無事に帰ってきてくれよ?」


 キューブ山で同胞を大勢殺されながらも、何とか生き残った難民キャンプの住人達。

 鬱屈とした難民キャンプでは、あらゆるものが敵だった。

 しかし、本当の危機に直面した時、殺しあっていた仲間たちは手を取り合い、生きるために進み始めた。

 今でも彼らの心には、筋肉の炎が燃え盛り、明日という道を照らしている。



「女性は戦うことができない存在……そんなふうに考えていた時期が私にもありました」

「しかし、私たちを逃がすために戦ってくれたファラさんの背中は、肝っ玉お母さんのように、大きく力強かった」

「これからの時代、私たち女性も強くあらねばなりません」

「私たちもファラさんを見習って、筋肉が美しい女性になります。私たちの筋肉をその眼で見ていただくまで、生き残ってください!」


 難民キャンプの端で、四大魔法騎士の1機――ギーが守り抜いた女性たち。

 彼女たちは、カンパニーに食い物にされる前に、助け出された。

 女性は力のない存在だとあきらめていた彼女たちは、力強く戦うファラに希望を見た。

 弱いなら、強くなればいい。大事なことは、すべて筋肉に教わった。



「我ら四大魔法騎士を開放してくれた、強き者よ」

「私たちが上げた力、うまく使えてるかな?」

「あんたはまだまだこんなもんじゃねぇ。熱いハートがある限り、お前の筋肉は無敵だ!」

「ファラ、あなたと戦えたこと、そして肩を並べられたことは、私たちの誇りです」

「ファラお姉ちゃん! 負けないで! そしてまた一緒に遊んでよ! 約束だからね!」


 強大な力を持ちながらも、カンパニーに拉致同然で戦わされた魔法ロボット、四大魔法騎士たち。

 あの後彼らは、少年エンジニアたちと共に大図書館が出張している世界へと移り、そこから元の世界へと戻っていった。

 機体を取り戻してくれた大図書館に、製造国は感謝の意を示し、以降相互に技術協力をする運びとなった。


「おいファラ! 負けそうとかふざけんな! お前の筋肉は計算とか分析とかそんなこざかしいものが通用しない、すさまじいものだったじゃねぇか! これくらいのピンチがなんだ! 全部ぶっ飛ばしちまえ!」


 魔法陣から別世界に逃れた、リューリッカをはじめとする少年少女エンジニアたち。彼らは今後、大図書館に仕官して、その技術を正しく人々のために使うと誓った。彼らの職人魂も、また筋肉であった。



「みんな…………」


 ファラは、これだけの人々を助けた。

 だからこそ、彼らはファラを助けたかった。

 その思いが筋肉に伝わり、徐々に熱を帯びる。

 想いは筋肉となり、筋肉は離れていても伝搬する。



『さあ、もう一度立ちなさい。貴女の筋肉は、まだ戦えるわ』


 目の前に、色白の肌と漆黒の髪の毛が特徴的な女性が現れ、ファラに手を差し伸べてきた。ファラは……迷いなくその手を取った。








「では、これにて任務完了としましょう。蛮族よ、塵と消え―――――」


 DOGOM!!!!


 ファラの拳が、クリスタルナハトを真正面から殴りつけた!

 クリスタルナハトの機体がくの字に折れ曲がり、クレーターの外周に激突する!


「生きている…………ですと?」


「地獄から…………戻ってきた」


 立ち上がったファラの身体からは、白いオーラが立ち上っていた。

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