場外戦5:すべての不和の母 後編

 争いはなぜ起きるのか。

 なぜ人は過ちを繰り返すのか。

 自分たちさえよければそれでいいのか。


 その手を殴るためではなく、握手するために使い――

 その口から罵倒の言葉ではなく、愛の言葉を紡ぐことができたのなら――

 世界は平和になるはずなのに――




「私がこの槍を手に取らなければ、2000人の命が失われずに済んだ」


 血の池に放り込まれたはずの槍が、彼女の手元にある。


「私があの人を愛していなかったら、2000万人の命が助かった」


 血の池地獄から、武器を持った人型が無数に立ち上がった。


「そして私が子孫を残していなければ、過去から現代にいたるまで2000億人が幸せに暮らせた」


 大勢の赤黒い人影に囲まれながらも、彼女は不敵な微笑みを浮かべている。


「私さえいなければ、今頃世界に争いはなく、人々は平和に過ごしていたでしょう」


 狙っていた指の骨のような部位も、もう一つの弱点になりうるベルも、どこにも見当たらない。


「すべての不和の母――――それが私…………なんてね♪」


 勝利条件は30分以内の撃破。ならば少女は戦うだけだ。


 帝王の左小指がかき集めた、ナイフ、剣、斧、槍、ハンマーect.ect.

 エルを囲む1000を超える赤黒い人影が一斉に襲い掛かる。


 エルは無言で槍をふるい、貫き薙ぎ払った血の人形を消滅させていく。

 普通の武器ではドュイの操る血の人形に切りかかっても、ダメージを与えられない。これは、スライムや吸血鬼全般に言えることで、そもそも武器からして選ばれた物でなければ、彼らには傷一つつけることも能わない。


「戦争がしたいの? 今増やすからちょっと待っててね」


 一個体から生じただけあって、襲い来る血の人形の動きは非常に統制が取れている。一体が真正面から切りかかる間に、左右が援護し、別の個体がいいタイミングで後方を襲う。

 しかしこれは、相手が一人であるという前提に立っている。そして目の前の少女は、なぜか増える。当たり前のように増える。

 槍が当たるたびに少女の影が分裂し、青白い残像がそのまま戦いを継続する。さらにその青い残像が別の敵を攻撃すると、残像もまた分裂し、新たな残像を生み出す。


 こうして残像の倍々ゲームを繰り返した結果、1分もしないうちに、青白いエルがずらりと並ぶ大隊が出来上がってしまった。

 一方のドュイも、赤黒い大男を中心に血の人形をずらりと並べた。

 テンプレ墓場は、この時点でもう一つの戦場と化した。


「攻撃開始!」


 エルの合図で、残像たちが一斉に手に持った槍を投げる。

 相変わらずドュイから見れば爪楊枝の雨だが、ドュイに二度同じ手は通用しない。血の巨人が腕を大きく振り回し、襲い来る槍をバラバラに弾き飛ばした。そして、それと同時に自身の一部である血の人形を攻撃させる。

 エルの残像たちは槍を投げ終わると、どこからか短剣と四角い盾を取り出し、真正面から衝突する。

 赤い血の人形と、青白い残像が入り乱れ、武器の音を響かせる。確かにドュイが集めた武器の中には、なかなか強いのが混じっており、いくつか残像を消し飛ばしたが、それ以上にエルの残像たちの連携が凄まじく、ドュイはあっという間に押されていく。

 ドュイに感情があれば、理不尽だと憤慨したくなる光景だろうと思われる。だが、この血の池スライムはこのままではうまくいかないと判断するや否や、後方の血の人形たちに銃器を装備させ、前衛で戦っている部位たちを巻き込みながら、銃撃を放った。

 この射撃で、前の方にいた残像たちのいくつかが消滅する。


「ちっちゃい子相手にムキになって、大人げないね。ならばこっちもマウリッツ横陣展開」


 エル本体の掛け声で、残像たちが剣と盾をライフル銃に持ち替え、一斉射撃を行う。

 残像の数は500まで減っていたが、ドュイの方はすでに数千単位で部位が減らされており、しかもやられるたびにコレクションの武器が壊されてしまうため、消耗が馬鹿にならない。

 だが、エルには容赦する気が微塵もなかった。


「さらに展開、ズィッヒャーカイル陣形。食い破っちゃうよ!」


 エルは何を思ったか、ツインテールのベルを止めていないほうを解き、髪留めに使っていた布を槍の先端に巻いた。よく見ると、解いた方の髪の毛が何本か金色が薄くなって、一部が白髪化し始めている。


 彼女に立ち止まっている暇はない。

 残像が前衛と後衛に分かれ、前衛はそのまま傘型陣形で突撃し、後衛はどこからかカノン砲を持ち出し、轟音とともにぶっぱなし始めた。


 GEVOVOVOVOVOVOVOVO!!!


 無秩序に降り注ぐ砲弾の嵐と、鋭く切り込んでくる残像たち。

 ドュイもまた血の触手を振り回し、コレクションを放出しながら残像を消し飛ばしていく。

 たった一人の少女がこれだけの勢いの攻撃ができること自体驚きだが、攻撃を受けてなお、無尽蔵に新手と再生を繰り返す帝王の「小指」も大概だろう。

 小指でこれなのだから、本体が出てきたらどれだけの力があることやら。


「おっと、とうとうベルが見えてきた!」


 血の人形の維持に力を使った代償か、ドュイの心臓あたりにうっすらとベルが見えた。ただし相互距離は100メートル以上ある。エルは目の良さも人間離れしているらしい。


 残像の支援を受けながら、エルは瞬間移動ともいえる速度で、血の池地獄に突っ込んだ。

 ドュイの体土地の触手は、触れただけで生命力が吸いつくされる危険なもの。敵を圧倒しているように見える少女だが、逆を返せば「圧倒していないと負ける」という、かなり危ない橋を渡っているのだ。

 頼みの綱は、槍から出す衝撃波を発生した直後に踏みつけて、その反作用で更に跳躍する通称「二重反作用跳躍術」……格闘ゲームでは身軽なキャラクターが

二段ジャンプをするように、エルは高速思考でベクトルと反作用の値を計算し、空中を不規則な軌道で跳ね回る。

 これは量子学に基づき科学的に証明された手法であり、チートの類は一切ない。いいね?


「そーれ! ブリッツクリーク!」


 少女の体がぶれる。ベルの破壊を阻止しようと迫る数百本の触手を、槍による一閃が黒い線となって乱舞し、まるで30人以上に同時に突撃されてたかのようにバラバラにちぎれ飛んだ。

 切り離されても地面に落ちれば体に吸収される、血の触手の切れ端も、その場で消されてしまえば再生の仕様がない。


 その間にも、地上の残像は圧倒的な数の血の人形によって数を半分にまで減らしていたが、いまだに前衛が粘っているため、後衛の残像の大砲やロケット砲がバカスカ飛来する。

 さすがにこれにはドュイも手を焼き、残像も本体も薙ぎ払おうと暴れ狂うが、当然それだけエネルギーを消費し、ベルの周りを包む防御壁がどんどん薄くなる。


「まだ……もうちょっと」


 少女の頭の中では、スーパーコンピューター顔負けの高速思考がなされている。

 残像の管理、大砲の着弾調整、跳躍術の軌跡の数秒先の到達予想とそれに伴う攻め手の最適解、更には敵の動きから予測される攻撃と奇襲、回避方向――――これだけのことを並列で、それも人間の許容負荷をはるかに超えた動きをこなしながら行っている。

 ファラが、筋肉と直感で戦うのに対し、エルは勘という不確定要素をすべて排し、0.01秒単位で最適化手段を構築しているのである。ある意味すさまじいが、そんなことをしていたから、彼女は前世で早死にしたのではないかとも言われている。


 だが、そうこうしているうちに、心臓部分の防御がかなり薄くなる。

 あと数秒で一撃で撃ち抜ける圏内。エルは身構え、そして―――――


 彼女はドュイのへと突撃した。


「一閃! アインツェルカンプ!!」


 瞬間、ドュイの右腕全てが微塵切りに切り落とされ、エルは後方に綺麗に着地。微塵切りにされた右腕を中心にドュイの上半身はとろけるように崩壊した。



《『帝王の左小指』ドュイ代理のベル喪失を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のエル代理です》



 ドュイは……エルがベルを狙ってくることを分かっていた。

 心臓部にベルをちらつかせたのも、彼女を一番攻撃しやすいポジションに誘い込み、消耗させ、止めの一撃の予兆を感じ取った際に、ベルを右腕に瞬間移動させたのだ。

 ――が、エルはドュイが右腕を固め始める兆候を察知し、ベルを逃がし始めると予想。そして予想は的中し、エルはベルが移った瞬間に全力の一撃を叩き込んだのだった。


 テンプレ墓場を覆っていた血の池地獄は、潮が引くように小さくなり、やがて地面に吸い込まれてしまった。

 間違いない。少女は勝ったのだ。





 ところが少女は、その場を一歩も動かない。



「みんなは勘違いしてる。戦争は目的だと思ってる。勝利は目的だと思ってる。私たち軍人は、戦争がしたくて、勝利がしたくて、戦っていると思われてる」 


 彼女は、誰に聞かせるわけでもなく、ただ独り言をつぶやく。


「ボクサーは、殴りたくてボクサーをしている、なんて言ったら、ボクサーはきっと怒るよ」 


 右手に持った槍を、エルはぎゅっと握りしめる。


「❤陣営は今回の「戦争」のことを一番理解してる。勝てばすべてを手に入れるし、負けても失うものは何もない」


 『帝王の左小指』ドュイは今回の社長戦争で、何を得たのか。

 それは、主人の名声。小指でここまで活躍したとなれば、帝王本人に逆らえばいかほどになるか、多くのスポンサーたちは理解したであろう。

 カリスマのアライ、エリート主義のソリティア、公明正大のリンドに対し、ビンイン・ジ・エンペラーが提供するのは恐怖。

 おそらく全員から総スカンを喰らわない限りは、彼の地位は下がることはあり得ない。


「だから気に入らない。気に入らないは十分戦争理由になる。これは常識だよね」


 エルは、右足を上げた。――――それと同時に今まで投げた槍や大砲の残骸が青白い光を発し、エルを中心とした50メートルの光のサークルを作った。


「つまり、死ね」


 真顔で、上げた右足でトンと踏む。


 青白い円の範囲の内側の地面に大穴が空いた。

 その穴の中は…………赤黒い血で満たされている。


 ここはテンプレ墓地。

 墓はすべて土葬で、死者を埋める墓穴がある。

 死体はすべて、この血の池地獄に飲まれた。

 死者を埋葬する穴は、この赤黒いスライムの隠れ家にされた。 


 ドュイは、負けてなおエルの体と、その手に持つ槍をあきらめていなかった。

 勝利に油断したところを、地面の下から一気に包み込む算段だったのだろう。ベルをわざと見える位置に移し、破壊させたのもそのため。本体の小指は、初撃で仕留めそこなってから、ずっと地面の下に潜っていたわけだ。


 唯一の不運は―――エルが「戦争のプロ」だったことか。


 地中に光が差し込み、赤黒い池が現れた瞬間、エルの槍が今度こそ指の骨のようなものを砕いた。


 小指を砕かれたスライムは――――制御する核を失い、細胞単位での喰らい合いをはじめる。

 背後の大穴でぐちゅぐちゅと狂ったような音を立てて自滅を始める強敵をしり目に、エルは余裕の表情で墓石の一つに着地した。


「ふぅ……経過時間は12分か。やんなっちゃうね」


 激闘を終えた少女は、懐からチョコレートを5枚取り出して一気に頬張った。

 途中で解いたツインテールの毛には、かなりの数の白髪が刻まれている。


 エルは、髪の毛に魔力をためている。彼女の金髪は、すなわち彼女の生命線を現している。そして魔力補充は糖分が一番だ。


「甘いもの……」


 ファラたちの後を追いつつも、エルは菓子の歩き食いを止めなかった。

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