19試合目:死闘! 聖域ナロッシュ 後編
「シャムロ! 気合! 入れて! 行っきまーすっ!」
「むんっ」
BLAM!!
シャムロが振り下ろした光線刀と、ファラが放った拳が激突し、爆発する。
やや旧式化したはずのシャムロ専用機は、誇大広告気味なカンパニーが公表している以上の性能を発揮し、外野で見守るエンジニアたちを感心させた。
「あのパイロットは敵ながらすげぇな。操縦技術だけで、機体の性能を20倍以上引き出してやがる」
普通機械というのは、リミッターを解除するなどしない限り、最大出力以上の性能は出せない。それどころか、最大出力というのは「それ以上出すと壊れる」目安と考えた方がいい。
「はぁっ」
ファラが振りかぶる拳から、ネロの力が顕現した筋肉の津波がシャムロを襲う。それと同時に津波の合間を縫うように拳から発生した獄炎撃が走る。
炎と水の一体となった攻撃は、シャムロの機体に余裕で交わされた。
「その程度の弾幕では薄いな! 弾幕とはこうやるのだ、これはよけられまい!」
対するシャムロは、小型ミサイルとバズーカ砲を乱射。
しかしこれもまた、ファラがすべて拳で打ち砕き、無に帰した。もはや生半可な近代兵器では、筋肉には通用しないのだ。
「相変わらずすげぇ戦いだな。目が追い付かねぇぜ」
ハーフトラックの中から戦いの趨勢を見守るアルバレスだったが、あまりにも二人の動きが凄すぎて、何をやっているのかさっぱりわからないようだ。
「だが、ファラの動きが……どこか違和感があるな。なぜだ?」
ファラの戦いをずっと見てきたせいか、アルバレスはファラの動きに何か違和感を感じたようだ。
彼の勘はおおむね当たっていた。現在ファラは、かなり不利な条件を背負って戦っている。なぜなら、彼女は地面の魔法陣を守らなければならないのだ。
地面を壊す戦いはNGだし、踏み込みが強すぎると魔法陣を砕いてしまう。それに加えて、シャムロの攻撃が地面に当たらないようにしなければならない。
魔法陣が一片でも欠けてしまえば、最初から作り直しだ。
「ぬぅんっ!」
ファラの巨大な「気」の拳が、遺跡の周囲の木々をなぎ倒す勢いで放たれる。
当然そのような大ぶりな攻撃は回避され、逆にシャムロに接近を許す。装備したビームライフルが、寸分たがわずファラに放たれるものの、ファラはすぐに筋肉に力を籠め、ビームを空の彼方へと反らした。
「すさまじい筋肉だな……僕の射撃は正確なはずだ。それをことごとく反らすとは」
シャムロはコンマ一秒で装備を光線刀に切り替え、まるでワープするかの如く立体軌道でファラを狙う。
しかし、近づけば近づくほどファラの拳や蹴りがよけにくくなる。
ファラの足払いがシャムロ専用機の左足を掬い、一瞬だけ体勢が崩れる。そこに間髪入れず反対の脚でミドルキック。バランスを崩した方から攻撃が来ることを悟ったシャムロは逆に盾で当たりに行き、側転で飛び込むように攻撃を受け流した。盾は若干凹んでしまったが、防御力はまだ十分。
シャムロは、ファラが魔法陣を壊されるのを防いでいることはわかっている。だからこそ、地面への攻撃とファラへの攻撃をフェイクも交えつつ繰り出しているのだが、どちらもなかなかうまくいかない。このことが、シャムロを若干焦らせた。
「……認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの焦りというものを」
カンパニー正規軍の中でも、ぶっちぎりのエースパイロットである彼は、未だかつてここまで手古摺る相手と戦ったことがなかった。大抵の敵は、彼の動きに付いて行けず、逆に動きを読まれて一瞬で撃破されていった。
だが、今回の相手は筋肉だけですべての攻撃を強引に打ち破ってくるのだから、困惑するほかない。
それでも彼は落ち着きを取り戻し、ファラのスキを窺うべく遠距離から正確無比なビームライフルで狙撃する。
「なぜだ? 心なしか奴が大きく見える! これが、奴の筋肉の「気」だというのか!」
専用機のコックピットから見下ろすくらいの差があったファラの身体が、いつの間にか自分より大きく見えていることに気が付いた。どうやらファラの筋肉もますます活発になり、巨大な気を纏うようになったのだろう。
まさに巨大ロボット対怪獣の大決戦。
巨大なファラの気は、地面を踏み崩さないようにしつつも、岩のように固い気の弾をシャムロに向けて繰り出す。
「ええい! J陣営の筋肉は化け物か!」
回避する気にすらなれない巨大な「気」が迫る中、シャムロは気の弾を光線刀で無理やり切断してその合間を通り抜け、隙間を縫うようにビームライフルとバズーカを見舞う。
DOKOKOKOKOKOKOKOKOKO!!!!
普通なら機甲軍1個師団を全滅させるほどの攻撃を浴びせたにもかかわらず、ファラの筋肉の勢いは止まらない。というか、筋肉がビームを弾くというのが納得いくものではないが、今のなしだからダメージを受けろと言ってどうかなるものではない。
だが、シャムロには一つだけ勝機があると考えている。それは、今までさんざんJ陣営が行ってきた――――
(ベルの一点狙いだ。君は強敵であったが、そのようなルールを考えた大会がいけないのだよ)
ベルの位置はわかっている。ファラの身体の真ん中、ベルトのバックルだ。
それができなくとも、魔法陣に傷が付けさえすれば、たとえ負けても「目的」は果たせる。
(この大会……現社長はもう駄目だな。ここでの戦果を手土産に、新体制での出世に期待するとしよう)
実はこの時、シャムロはすでに♦陣営の代表であり、現社長であるモナリザ・アライを見限っていた。もともとスポンサーからの評判がよくなかったうえに、今や♦陣営は拠点を失いつつあり、おまけに主力メンバーも大半が2日目に脱落した。
そこで彼は……この戦争の間に、リンドの後ろ盾となっているスポンサーから取引をした。戦後リンドの下に付くという条件と引き換えに、この大会を食い物にしようとしている大図書館の害虫を排除し、ルールを破った責任をアライに押し付ける。もちろんシャムロは、上の命令に逆らえなかったと抗弁すれば咎はなく、むしろ司法取引で真実を明らかにした者として重宝されるだろう。
だが、殺したはずの連中は生きていた。それに、数少ないJ陣営の生き残りにして、各陣営の要を撃破してきたこの筋肉を打ち負かせば、シャムロはさらなる飛躍を得られる。まさしく、ノーリスク・ハイリターンだ。
「さあ、ゆくぞ、筋肉よ! その筋肉でできているの脳みそに、戦いとは、常に二手三手先を読んで行うものだということを教えてやろう!」
シャムロの機体が、盾を投げつけ、目の前から迫りくる巨大な拳にぶち当てる。
DOGOM!!!!
正面衝突した盾が折れ曲がったが、巨大な拳を相殺することに成功。そこからさらに、シャムロは飛び蹴りで壊れる寸前の盾をファラに向かって蹴飛ばす。
蹴とばして上下二つに分かれた盾を、ファラはキックで迎撃……その隙を、シャムロは待っていた。
「はあああぁぁぁぁぁっ!!」
上下に分かれた盾の隙間から、シャムロの機体が割って入る。
それに対してファラは何と頭突き!
BOGO-MM!!!
石頭ならぬ筋肉頭のファラの頭突きにより、向かってきたシャムロの機体の頭部パーツが粉砕された。
「まだだ、たかがメインカメラをやられただけだ」
頭部のメインカメラがやられ、極端に悪化する視界の中でも、シャムロの目は正確にファラのベルのある位置を捕えていた。
右手の光線剣一閃! ファラを覆う筋肉の「気」を切り裂く!
その直後に左手の光線剣一閃! これぞまさに光線剣二刀流による二重の極み! 無茶な動きでさすがの機体も悲鳴を上げたが、これでファラのベルを切り裂く――――――はずだった!
DOGOOOOOOMM!!!
「ぐあああぁぁぁぁぁぁっ!!??」
至近距離で核爆弾が爆発したようなすさまじい衝撃を受けて、シャムロの機体がくの字に折れ曲がったまま大きく吹っ飛び、遺跡の壁に激突した。
「くっ……試合終了の、合図は……」
機体は完全に粉砕され、シャムロは命からがらコックピットから脱出した。しかし、シャムロ勝利のアナウンスは流れない。
さて、一体何が起きたのか。
確かにシャムロの光線剣は、ファラの「気」を切り裂いてベルトがある位置まで刃を到達させた。だが……その光線の刃はベルトの上を覆う腰巻の毛皮を切断できなかった。
ファラが装備している胸と腰の毛皮……それは、ファラのジャングルに住む動物の中で最強と言われる「クイーンズサーバル」と呼ばれる大型の魔物の毛皮だ。
ファラは族長になる試練で、神からクイーンズサーバルに勝つように宣託を受け、それを見事に果たしたのだと言われている。クイーンズサーバルの毛皮から作られた服は、使用者の実力によって、その防御力を大幅に上げるとされる。
シャムロは……ファラの腰巻がまさか神話級の装備だとは思っていなかったのだ。
そして、むざむざ懐まで入ってきてしまったシャムロに、ファラは満を持してクロスチョップ。その威力は巨大ロボットすら木っ端みじんにする、恐ろしい筋肉だ。
「くっ……まだだ、まだ終わらんよ!」
しかし、シャムロもまたあきらめが悪い男である。
このままむざむざやられるわけにはいかない彼は、対人戦用の光線剣と光線銃を抜き、ファラに挑みかかった。
シャムロは白兵戦においても非凡な強さを見せ、ファラの拳を光線刀でいなしつつ、光線銃で執拗にベルを狙った。
迫りくる巨大な拳の「気」さえも、シャムロは蹴って足場にし、空気を蹴るように飛び回る。
だが、どうやら幸運の女神はファラに味方した。
石畳を蹴って回避しようとしたシャムロが、疲れによる集中力の一瞬のゆるみからか、魔法陣の溝に足を引っかけて動きを一瞬止めてしまう。そこに、ファラのストレートが繰り出され、シャムロの腹にクリーンヒットした!
「ぐっ……殴ったね!」
任官以来……いや、記憶している限り初めて他人の拳を受けたシャムロは思わず激高するが、ファラは容赦なく二発目をぶち込んだ。
「二度もぶった……! 親父にもぶたれたことないのに!!」
よろよろと立ち上がるシャムロ。プライドをズタズタにされ、光線刀と光線銃を遠くに吹っ飛ばされた彼は、やけくそでファラに殴り掛かるも、 殴りかかろうとした右手を抑えられ、装着していたベルをむしり取られた。
エリート軍人の、あっけない敗北であった。
《『紅の流星』シャムロ代理のベル喪失を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》
「……そうか、僕の負けか。まあいい、少し疲れた。僕は少し休むから、勝手にすればいい」
かなり悔しそうな表情のシャムロだったが、もはや勝ち目はないと悟り、素直に魔法陣の外に出た。
「あいつ……よくもスミトを!」
「まって。まず、あの子たちの脱出が先」
スミトを殺害したシャムロに文句を言おうとしたアルバレスを、ファラが制止する。ファラは、戦いで怒りを消費したせいかだいぶ落ち着いており、技術者たちの脱出を優先させた。
「ちっ……おいてめぇ、これ以上妨害したらただじゃ済まんぞ」
「しないよそんなこと。どうせこれも現社長の失点になるだけで、僕には関係ないことさ」
転移の最中に襲われてはたまらないと、シャムロを警戒するアルバレスだったが、シャムロはもう興味なさそうに勝手にハーフトラックに乗り込んでふて寝し始めた。
「おし、じゃあもう大丈夫そうだぜガキども」
「それはいいけどよ、この魔法陣どうやって起動するんだ?」
「あ……」
ところが、スミトが起動するはずだった魔法陣の起動方法が誰もわからない。
「おい、あんたら魔法騎士たちはこの魔法陣はわかるか?」
「うーむ、このような術式は心当たりがない」
「そもそも私たちは異世界転移の時空術は専門外なの……」
「というか魔法陣って私苦手~」
「計算すりゃ何とかなるのかもしれねぇけどよ」
「僕が下手にいじったら壊しちゃうかも」
四大魔法騎士たちも、残念ながら起動方法がわからない様子。
せっかくファラが守った魔法陣が誰も起動できない。彼らは頭を抱えた。
「くそっ! ここまで来て、なんってこった!」
アルバレスがその場で地団太を踏む。
――――が、その時アルバレスの脳内に直接声が響いた。
《アルバレス、聞こえるかしら》
「なっ!? スミトの声が!」
「スミト?」
「なんだと!?」
アルバレスだけでなく、ファラにも聞こえたようだが、リューリッカをはじめとするそのほかのメンバーには何も聞こえない。辺りを見回しても、スミトの姿は見えなかった…………しかも、いつの間にか死体が消えている。
《私が起動方法を教えるわ。今から言う呪文を正確に唱えなさい》
「お……おう」
アルバレスは、頭に響くスミトの声に沿って、魔法陣に呪文を唱えかけた。
すると、魔法陣の溝が白い光を放ち、遺跡全体が青白いオーラに包まれた。
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