17試合目:極北の星

「僕は人を助けるためにいる。僕が人に助けを求めるのは、いけないことなのかな?」


 白い機体は、そうつぶやいた。




 昼前、ファラたち一行はもうすぐ広大なロイヤル・ヤードを抜けるところまで来た。このまま直進すれば、宗教市街ソーゴ=オーエンにたどり着くだろう。

 彼らは、ところどころで避難民を回収し、朝出た時には20人程度しかいなかった一団が、今では100人以上の大所帯となってしまった。当然、輸送に使うハーフトラックのスペースが足りず、歩いての行軍となってしまった。


「一度ソウ村によるべきかな? あそこなら使ってねぇ機械がたくさんあるだろうしな」

「やめとけ。そんなことしている暇があったら、歩いた方が早い」

「けどよ、避難民たちの脚がナロッシュまでもつかどうか」

「ハーフトラックに交互に乗せて、順番に休憩を取らせろ」


 技術者の少年は、歩く避難民たちを見るに堪えず、新しい輸送手段を確保しようとしたが、軍人であるセーフは時間が惜しいと反対した。

 目的地のナロッシュは車両ならすぐに行けるが、歩きだと真夜中までかかる恐れがある。しかも、避難民たちは兵士と違って歩きなれているわけではない。


「じゃあさ、あれらに乗せてもらうか?」

「ばかいえ。余計あぶねぇよ」


 「あれら」というのは、仲間になったばかりの四大魔法騎士たちのことだ。

 難民たちの四方を1機ずつが囲み、万全の警戒態勢でこれを守っている。


「3人とも、異常はありませんか?」

「今のところ敵の気配なしっ! 大丈夫だよ!」

「こっちもオールグリーンだ! 俺たち四人がいれば、どんな相手が来ようがビビってても出せねぇだろ!」

「後ろも順調だ。追手は来ない」


 連携する4機は実に頼もしかった。

 彼らに加えて、新生カプコン機とファラの筋肉の勘が合わされば、もはや怖いものはなかった。


「これだけガチガチにかためりゃ、敵が光の速度で突っ込んでこない限り事前に察知できるな!」

「あまりそういうことを言うな、もし本当に光の速度でつっこんでくる敵がいたらどうs―――」


「どーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!」


 幼い声と共に、カプコン機が何かと衝突した。

 やはりジンクスからは逃れられない宿命にあったようだ……


「何事ですか!?」

「おいおいおい、何が来た!?」


 流れ星のようなものにぶつかって体勢を崩したカプコン機を見た四大魔法騎士とファラたちは、慌ててその場に駆けつけてきた。

 幸いカプコン機はアネモスに空気の流れを操ってもらって、安全に不時着できたようだ。


 しかし、それ以上に彼らを驚かせたのが、カプコン機に体当たりをしたものの正体だった。


「白……?」


 ファラの目の前に立つのは……四機しかいないはずの四大魔法騎士と同型の白い人型兵器だったのだ。


「じゃーん! 僕は光の騎士ポース! この聖なる裁きを恐れぬ者は、前に歩み出よ! ……よし、決まったっ!」


 白い人型兵器は、ノリノリで決めポーズをし、ほかの四大魔法騎士たちを唖然とさせた。


『は? スミト、四大魔法騎士がもう一機でてきたぞ。なんなんだあれ?』

『…………私もちょっと意味が分からないわ。模造品かしら』


これにはスミトも頭を抱えてしまった。この機体の情報は、今まで影も形もなかった。ありとあらゆる伝手を駆使した情報収集を掻い潜ったのだ。


『時空改変系のデータ偽装ね、してやられたわ』


 データ偽装は、ばれたら確実にルール違反だ。だが、それを認識できるのはリンド以上の実力者でなければ不可能である。しかも、リンドがそのようなことを率先する人物ではない。ということはつまり…………


『ファラ、聞こえるかしら。残念ながら、私たちは当分の間貴女にアドバイスすることができなくなるわ』

「どうして?」

『ごめんなさい。理由は後で話すわ。おそらくその機体のベルも、同じ位置にあるはずよ。大丈夫、あなたならきっとやれる』


 そう言ってスミトは通信を切断した。アルバレスとの通信もまた、同時に閉ざされてしまう。そうこうしているうちに、マッチングのアナウンスが流れる。


《両者、合意しますか》


「わかった、合意する」

「そうこなくっちゃね!」


《『石器時代の勇者』ファラ代理 及び 『四大魔法騎士「光」』ポース代理、戦闘合意が交わされました。交戦を開始します》


「光…………? うそ、そんなまさか」

「知っているのか、ネロ!」

「いつか聞いたことがあるの。私たちは、本当は5機のセットになる予定だったらしいの。でもそれは、技術的な問題があって、できなくなったって。あくまで噂だけど……」

「でも、なんだか初めて会った気がしないのはなんでだろ?」

「むむむ、果たしてあ奴も、我々と同じなのだろうか」


 四大魔法騎士ですら、ポースの存在を知らなかった。

 なぜこのようなことになってしまったのか、誰もわからなかった。しかし、戦いが始まってしまったからには、見守らねばならない。


「いっくよー!! ホーリーアターック!!」


 ポースは二本の光剣を両手に握り、縦横無尽の斬撃を繰り出してきた。これに対しファラは、腕に「気」を纏わせて、互角に打ち合う。


「せい」


 ファラも防御だけでなく、フックやストレートを連打し、ポースに迫る。


「あたらないよっと!」


 ポースの動きはアネモス以上に早く、瞬間移動するかのように回避していく。光の速さで動く奴がいなければ……という赤髪の少年の言葉は、実現してしまったのだ。


「いっくよー! 【シューティングスター】!」


 肩部の四門のバズーカから繰り出される、青白い光弾が雨あられのように降り注ぐ。ファラは、腕をクロスしてこれを防御。マッスルポーズでは、もし攻撃が効いたときにダメージを受けしまう恐れがあることを、ネロ戦で悟ったのだろうか。

 ところが、ファラは喰らっても無傷どころか、なぜか光弾がファラの身体に吸収されてしまった。


「あれ?」


「ん?」

「おや?」

「これはもしや……」


 攻撃後、ファラの「気」は、むしろ増大してしまっている。

 いったい何が起きているのか、わからないままポースは再び光剣を両手にファラへと向かう。


 ギンッ! カァン!


 どんな硬いものでも貫通すると称される光の剣が、ファラの腕に硬質な音を響かせる。だが、ポースにはさらに、文字通りの「奥の手」もある。


「とうっ」

「見切った!」


 ポースがよける方向を予測して蹴りを放ったファラだったが、ポースはそれをさらに予測して、フェイントと本命の攻撃を両手の剣で受け止める。これこそ、ポースの思うつぼ!


「けんてきひっさつ! 【デリートサンクチュアリ】!」


 なんと、ポースの背中からもう二本の腕が展開され、腕と足を一時的に攻撃に回してしまって隙を見せたファラの正面に、勢いよく白色のビームを打ち込んだのだ!


 BAKOOOOOOOOOOO-MM!!


 ビームはファラの身体に直撃し、大爆発を起こす。

 ポースのビームは、物理防御も魔法防御も無視する、究極の破壊攻撃だ。これほどの物を食らっては、流石のファラも無事では済まない、はずなのだが――――


「え?」


 驚くべきことに、ファラは無傷で立っていた。これにはさすがのポースも、素っ頓狂な声を上げて驚いてしまう。


「ねえギー……どうなってるの? ファラに全然効いてないんだけど」

「おそらくは…………光魔法は、筋肉と相性が最悪なのだろう」


 光属性という魔法は、昔からある魔法の中でも原理がよくわかっていなかった。無属性ではないかという説もあったが、現在でいう「無属性」は、水・炎・光魔法が組み合わさった核熱魔法と定義されている。

 光魔法は、すなわち「生命術」の延長であり、もともと人間をはじめとする生物に対しては効果が薄いものなのだ。ところが、無機物やほかの魔法……特に闇魔法(古代魔法ともいう)に対しては猛威を振るう。

 そして、筋肉はすなはち生命の躍動であり、健全な肉体を持つ者に対しては、生命術はむしろ力を与えてしまうのだ。


「そんな! 僕の攻撃が……効かないなんて! ヒーロー大ピンチだよぉ!」


 ポースの声はどこか涙目になって聞こえる。まさかこんなところで、光魔法の天敵と出会うとは思っていなかったのだ。ただ、ファラの攻撃も筋肉であり、すなわち生命の躍動である。ということは、ファラの「気」を纏った攻撃も、ポースに対してはほとんど効果がないようだ。


「う~ん」


 ファラも珍しく攻めあぐねている。拳は当然のごとく当たらないし、気による遠距離攻撃も効果がない。あの鉄壁メイドのときと似ているようで異なる、決定打に欠ける戦いになってしまった。


「こうなったら…………! みんな、僕に力を貸して!」

『え!?』


 なんということだろう! ポーラが片手を掲げると、戦いを見守っていた四大魔法騎士たちの身体から、少量の魔力がポーラに集まっていくではないか!


「まさかあの子!」

「俺たちの魔力を触媒にしたのか!」

「光魔法に属性魔法を加算して、ダメージを与えられるようにするのか!」

「え、ちょっとそれチートじゃない!?」


 光の下に、今、四大魔法騎士たち(から失敬した)の魔力がポースの身体に集結する。光はすべての始まり。それゆえ、古代魔法を除く他属性の魔法と組み合わせることが、最も容易なのだ。


「さあ! いくよ!」


 両手と奥の手、四本の腕に握られた光剣が、青・赤・緑・黄色に変化する。光剣が、属性を取り込んだのだ。

 迫りくる四つの斬撃に対し、ファラも覚悟を決めて「気」を全身に纏い巨大化。回避力は落ちるが、威力は上がるはずだ。


 さすがに属性を組み合わせた怒涛の連撃はすさまじく、風が動きを乱し、水が鎧をはがし、地が切り裂き、炎が弾ける。しかし、分厚い「気」を纏ったファラ本体にはなかなか届かない。


「まだ! 僕は、あきらめない! 僕の騎士道は…………さらなる高みに上るんだ!」


 ポースの魔力出力が急激に上昇していく。

 ファラの筋肉を打ち破るには、やはり一撃にすべてをかけるしかないのだ!


 四つの手、四つの剣が、ポースの前で一つに組まれ、一本の巨大な剣となる。さらに魔力がどんどん注ぎ込まれ、あまりにも急激な出力の上昇で、大地や空気が震える。剣は際限なく巨大化を続け、ついにその大きさは天を裂き雲を割った。天に上る虹色の光は、遠くからでもしっかりと見えたという。


「まさか、あれをぶつける気か!」

「冗談じゃねぇ! アレを食らったら月すらぶった切るんじゃねぇか!?」


 そう、そのまさかが起こる。

 あまりの圧倒的な魔力に、セーフや避難民たちは、逃げるということすら考え付かなかった。


「天よ! 地よ! 星よ! すべてを断ち切る、刃となれ! 

 エクス―――――――――ブレイドオオォォォォォォォ!!!!」


 DOGOOOOOOOOOOOOOMMM!!


 轟音と共に、虹の大剣がファラめがけて振り下ろされる!

 単発の威力なら、間違いなく大鬼すら上回る威力!

 その攻撃を、ファラは寸前で両手で挟み、真剣白刃取りの体制になった!


「はあぁぁぁぁ!!」

「くっ……」


 ファラの身体に幾筋もの大粒の汗が流れる。

 巨大なファラの「気」は、何とか虹の剣を押しとどめているが、一瞬でも力を抜いたら最後、ファラの身体は一瞬で蒸発してしまう。




 と、その時。虹の剣がいきなり消えた。


「むっ」


「ポース!」

「ポースが……!」


 ポースの機体が、その場に前のめりに倒れた。

 ファラと四大魔法騎士が慌てて駆け付けると、ポースは弱弱しい声を発した。


「おなか……すいた」

「魔力切れだなこりゃ」


 フローガの言う通り、ポースは無茶な技を連発したせいで、保有魔力がなくなってしまったのだ。この日の天候は曇り……空は明るいが、太陽光がほとんどないせいで、ポースは魔力供給が不十分だったようだ。


「とりあえず、これはもらうけど。私が食べ物をあげるね、ポーラ」

「僕はポーラじゃなくて……ポースなんだけど………あと、僕は食べ物を食べられない……」

「ごめん。ポーラは私の友達の名前だった」


 兵器に食べ物を渡そうとした挙句、かつての仲間の名前と混同してしまったファラであった。ともあれ、動けないうちに、ベルは没収することにした。


《『四大魔法騎士「光」』ポース代理のベル喪失を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》

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