4試合目:女の子はいつだって、夢見る漢女なの

 ファラは、珍しく若干困っていた。


 場所は変わって、ここは王国の穀倉と言われる田園地帯『ソウ』。

 麦を中心に、あらゆる作物が実り、1年を通して種まきや耕作、収穫が行われている。そんなソウの村々の住民がファラを発見した時、彼らは慌てて村への侵入を阻止しようとしてきたのだ。


「帰れ山賊! お前にやる食い物はねぇだ!」

「バケモノはとっとと巣に帰れ!」

「そうだば! そうだば!」

「ザッケンナコラー! スッゾオラー!」


 鋤や鍬を手にした大人数の農夫たちが、数百人も集まって喚くさまは、さながら百姓一揆。

 確かにファラは、この地域に今夜の寝床を求めて訪れたのだが、このありさまではそれも無理そうだ。


『あちゃー、ファラの奴、完全に賊と思われてるな。あの見た目だと、無理もねぇか……』


 敵意在りとはいえ、ファラには一般人を躊躇なく殴れるほど残酷にはなれなかった。あきらめて帰ろとした――――――その時であった!



「待ったああぁぁぁぁぁ!!」


 甲高い声と共に、雷鳴が鳴り響き…………ビシャァー! と落雷がファラに直撃した。


『なっ!? こ、今度は何だ!? また何かの不意打ちかよ!?』


 あまりにも唐突に雷が落ちたことで、アルバレスは心臓が飛び出さんばかりに驚いた。

 いや、アルバレスだけでなく、周囲にいた農民たちも、びっくり仰天!

逃げ出すもの、腰が抜けた者、その場に頭を伏せるものなど、様々な反応(リアクション)を示す中……

 群衆の後方から、見慣れない姿の小さな女の子が、姿を現した。



「正義のおしゃれ魔法少女ルイ☆ヴィトン! 参上っ!」


 キラン☆彡 の効果音と共に、魔法少女は決めポーズをする!

 全身がフリル付きの白いドレスで包まれていて、その姿はまるでエンジェルのよう。輝く瞳にまぶしい笑顔、視線を向ければ男性はあっという間にイチコロだ。


 そして、彼女は勇敢にも魔法の杖をファラに向けた。


「村を荒らす山賊は、この私が許さな―――――――あれ?」


 が、急に彼女の動きがピタリと止まった。そして、小動物のようにかわいい仕草で首を傾げた。


《両者、合意しますか》


「ええっと、その……」

「私は構わない」


 なにやらヴィトンは歯切れがよくない。しっかり輝く笑顔を崩さないが、衣装の下に冷や汗がいくつも流れる。


《『石器時代の勇者』ファラ代理 及び 『おしゃれ魔法少女』ルイ・ヴィトン代理、戦闘合意が交わされました。交戦を開始します》


『このアナウンスも相変わらず判断ガバガバだなおい』


 まだヴィトンが完全に同意してないにもかかわらずマッチングを知らせるアナウンスに、アルバレスはあきれ果てていた。今回はファラだったからまだいいが、他の凶悪な代理だったら、止める間もなく一方的にやられていただろう。

 だが、ほかでもないヴィトン本人が、アナウンス音声を心の中で呪った。そして、己の迂闊さも呪った。


(ちょっ……遠くからだとよくわからなかったけど、まさか女の人だったなんて……!)


 ただの筋肉モリモリマッチョマンだったら、魔法で一網打尽にし、ある程度戦ったらぶりっこして降参しようとしていたのだが…………敵の正体はまさかのワンダー〇ーマン。男性相手ならいくらでもやりようはあるが、女性の真の敵は女性というように、下手な演技をすれば相手の逆鱗に触れかねない。


 笑顔のまま、どうしようと戸惑うヴィトンに対し、ファラは微動だにすることなく相手を見下ろしている。先程受けた落雷も、当然のようにノーダメージだった。


「がんばれ! お嬢ちゃん! 山賊をやっつけろー!」

「オラたちも応援してるっぺよー!」

「フレーッ! フレーッ! ヴィ! ト! ン! ☆彡」


 農民たちも、ヴィトンを応援し始めた! 彼女は余計後に引けなくなる……。


(こ、こうなれば…………!)


 ヴィトンは、意を決して、おもむろに魔法の杖をファラに向ける。


「ファラちゃんといったわね!」

「うん」

「仮にも私と戦う女の子が、そんな身なりだと恥ずかしいわ!」

「?」


『あ? 何言ってんだこいつ?』


 ファラもアルバレスも、頭の上に「?」を浮かべた。


「私の見立てでは、あなたはもっとかわいくなれるわ! 

女の子は戦いよりも、おしゃれしなきゃ! あなたが素敵なら、この世界がみーんな素敵なのよ☆彡」

「おしゃれ?」


 ファラにとって、おしゃれという言葉はあまりなじみがなかった。

 アマゾネスの戦士も、まったく化粧や装飾をしないわけではないのだが、その中でもファラは特に自分の装飾に無頓着だ。今の衣装も、毛皮の服で胸と下腹部を隠しているだけ。筋肉が付きまくった四肢と割れた腹筋がむき出しだ。


「物は試し♪ ちちん~ぷいぷい~☆彡」


 ヴィトンが呪文を唱えると、一瞬ファラの体が光に包まれた。

 そして、光がはじけた時、ファラの体は水色を基調としたお姫様ドレスに包まれていた!


「これは?」

「どう、かわいいでしょ? さらにアクセサリーも、えいっ☆彡」


 ポンっという音と共に、今度はシルバーのネックレスやイアリング、そしてティアラまで現れた。

 筋肉は完全にドレスの裾で隠れ、体が大きいことを除けば、見た目はまるで一国の女王様だ。


『う、うそだろぉ………………これがあのファラか!?』


 ファラのあまりの変わりように、アルバレスは何度目かわからない口あんぐり。

 野蛮人の印象が固定されていたので、ドレスを着ている姿なんて想像できなかったが、実際に着用してみれば、しっくりくるどころか、彼女の隠れた美しさを最大に引き出していた。


「はら、ファラちゃん。鏡見てごらん♪」

「これが……私?」


 ファラ自身も、鏡に映った自分を見て茫然とした。

 ファラとて女性である。美しくなったことが本能的にうれしいのだろう。


(ふふふ♪ かわいい自分を崩したくないでしょ? これであなたは全力を出せないわ!)


 そう、ヴィトンが狙ったのはファラの攻撃力低下だった。

 綺麗だが動きにくい衣装を着せれば、せっかくの衣装をダメにしたくない本能が働いて、動きが鈍るはず。


「よし、せっかくだから、こんなのもどう? ちちん、ぷいぷい~☆彡」


 再び光に包まれたファラ。今度は、フリルとリボンがびっしりついたネグリジェだ。寝巻なのでこれまた動きにくいが、ファラの彫の深い顔がリボンによって緩和され、なんだかフランス人形のようになっている。


「きゃー♪ かわいいー♪」


 コーディネートしているヴィトンは、すっかりノリノリで、ファラの着せ替えをしていく。

 どうやらファラも、きちんと着飾ればかなりの美人になるとわかり、彼女の頭の中に次々とアイディアが浮かんできて止まらない。


『すげぇな……。あいつも女性だったんだな……』


 今更ながらそんなことを思いながらも、アルバレスはモニターに釘付けになっていた。

 今のファラは野蛮人ではない。まるで映画女優だ。無駄に大きな体格も、ふとましい腕や足も、コーディネート次第で美しく見える。


「はへ~……山賊だと思ったら、けっこう別嬪さんだぁ」

「天孫降臨だべ……」


 オーディエンスたちも思わず見とれてしまっている。

 もはや誰も、今のファラを山賊だという者はいないだろう。


「まだまだいくよ~☆彡」


 その間にも、本来の目的を忘れ、コーディネートに熱中し続けるヴィトン。

 そして、とうとう―――――――


「これで、どうだああぁぁぁぁぁ!」


 際限なく豪華になった衣装は、ついに某紅白のラスボスに匹敵する大きさとなった!

 白色を基調にちりばめた宝石が星のように輝く巨大ドレスに、まるで後光のように広がる背飾りが、ファラの圧倒的な存在感を惜しみなく引き出している。

 もはや、見ている誰もが、二の句が継げないほど……


 が、最後に装飾品を調整しようとしたとき―――――


「あら?」


 ポンという音と共に、ヴィトンが持っていた杖が消えてしまった。

 魔力切れである。


《『おしゃれ魔法少女』ルイ・ヴィトン代理の残存魔力喪失を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》



『うっそだろお前!? 戦ってないじゃないか!?』


 あまりの超展開に、アルバレスは思わず叫んでしまったが、同時に心の中で「戦闘が起きなくてよかった」とホッとしていた。あんなかわいい女の子がファラに殴られるのは、やはり見るに堪えないのだろう。


「あ~あ、ちょっとやりすぎちゃったみたい、てへっ☆彡」


 負けたというのに、ヴィトンは舌を出しながらおちゃめなポーズ。

 どうも彼女は、本気で勝負する気がなかったようだ。


「でもまあ、ファラがきれいになって、私は満足っ♪」

「うん、ありがとう、ルイ・ヴィトン」

「またねファラちゃん! もう村は襲わないでね~☆彡」


 そう言って、ヴィトンは満足げに駆け足で去っていった。

 そして、その場には…………いまだに小〇幸子と化したファラが残されていた。

 

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