5試合目:目と目が合う瞬間敵だと気付いた

 ディートハルト小隊隊員グレイズ・ディアスは、直立型ロボット兵器を走らせながら、難しい顔をしていた。


「ったく、突然変な世界に連れてこられたと思ったら、仲間と離れ離れにされたあげく……戦争へ強制参加と来た。正直あんまり気が乗らねぇぜ」


 筋骨隆々のこの男。祖国と名誉、そして生き甲斐のためなら喜び勇んで戦えるのだが、彼が口にしたように、自分たちに断りもなく強引にこの世界に連れてこられた。そんなんだから、やる気が微塵も沸かない。

 ただ、そうはいっても手を抜くことは軍人としてあってはならないこと。この時点ですでに他陣営の代理を2名葬っているが、彼の心は晴れなかった。


「あーあ、どこかにいい整備兵落ちてねぇかな。腹ごしらえは大事だからここまで来たが、部品が破損したら直せねぇ。弾薬と燃料の補給を優先すべきだったか」


 戦時には豪快に敵をなぎ倒す彼も、単なる猪武者ではない。

 特にこの機体――――モートラス機の強襲モデルと長年付き合っていると、補給や整備の大切さが身にしみてわかる。

 標準型から火力と防御力を増したことで、各機関部に想定外の負荷がかかることがあり、

その名に反して整備には熟練の技術と繊細な調整が必要になる。

 大雑把な感覚では、大艦巨砲主義はやっていけないのだ。


 緑が広がる畑の間を縫うように走る、黒いシルエットは、その大きさも相まって遠くからでもよく見える。

 だが、ディアスのコックピットからも、遠目に見て何やら目立つものを見つけた。


「なんだありゃ? この戦時下で祭りでもやってんのか?」


 村の一角に、大勢の人々が何かを囲っていた。

 その囲っているど真ん中には、水色の何かがトーテムポールのようにドーンと直立しているではないか。

 気になったディアスは、とりあえずそこまで機体を走らせることにした。




 一方で、そのトーテムポールと化したファラは…………


『なぁ、ファラ。それどうすんだ?』

「どうしよう」


 相変わらず村人に囲まれたままのファラは、せっかくヴィトンが用意してくれた衣装をどうしようかと思案していた。このまま戦うわけにもいかないが、脱ぐのもやや勿体ない。


「な、なあ……山賊のお嬢さんよ。悪いことは言わんから、もう帰りんしゃい」

「我らは戦いに巻き込まれるわけにはいかんのだよ」

「喧嘩は余所でやってくんろ……」


 風当たりは若干マイルドになったとはいえ、村人はまだファラのことを受け入れる気はないようだ。

 ここでドンパチやられては、農作物に被害が出て、商売あがったりなのだろう。


「わかった帰る」

『こればかりは仕方ないな』


 というわけで、ファラはそのままの衣装で帰ろうとした。が――――そんな時に限って、農道を一機の黒い兵器がモーター音と土ぼこりを上げて、ファラの方に向かってくるではないか。


「あんたらここの村の住人か? 祭りでもやってるのか?」


 拡声器から響く声と共に、徐々に近づいてくる黒い兵器……それを見た村人たちは一度固まった後、一斉に四散した。


「侵略者だ! 侵略者が来たぞー!」

「お助け―ッ!」


「オイオイ待て待て! 俺は侵略しに来たんじゃない! 何をやっているのか気になってだな――――」


 そう言いかけてディアスは豪華なトーテムポールを見ると、その正体がど派手な衣装を着けた人間であることに気が付いた。

 しかもその人間は、見た目だけなら、大きさが自分の機体とほぼ同等だ。


「な、なんだこいつ!? お前もしかして、どっかの陣営の代理か!?」

「そう。フーダニットのかわり」


 巨大な衣装と、立体兵器のコクピットの中―――――二人の視線が交差する。



《両者、合意しますか》


 アナウンスが鳴り響いた。


「ちょっと待って。この服脱ぐから」

「いや、俺も戦う前にやりたいことがあるから、少し待ってくれるとありがたいんだが」



《『石器時代の勇者』ファラ代理 及び 『ディートハルト小隊』グレイズ・ディアス代理、戦闘合意が交わされました。交戦を開始します》


『どっちも合意のごの字も言ってねぇよ……』


 アルバレスがそう突っ込むも、戦いは始まってしまったのだから仕方ない。

 こうなってしまうと、否が応でも戦わざるを得ない。

 先に動いたのはディアスの方だった。


「まあいい! ここは戦場だ、悪く思うなよっ!」


 一瞬で思考を切り替えたディアスは、期待をやや後退させながら、胴体と頭部に位置する4門の重機関銃をぶっぱなした!


GEVOVOVOVOVOVOVOVOVO!!!!


 音速の3倍で飛来する鉛玉が、豪華なドレスを無残にも引き裂いていく!

 ものの10数秒で、ファラがいた場所には襤褸切れが舞い散っていた。


『あーあ、せっかくあの魔法少女に仕立ててもらった服が、もったいねぇ』


 服の心配をするアルバレス。ファラの心配は全くしていない。

 案の定、布切れの残骸は残っていても、血や肉片は1ミリも残っていない。



「とっ」

「っ!?」


 上方から気配を感じたディアスは、とっさに回避行動をとった!

 だが、完全には避けられないと一瞬で悟った彼は、瞬時の判断で機体を右に捩じった。


 ファラの飛び蹴りが、モートラスの左肩部を襲う!

 ゴシャッと重い音と共に、左腕が拉げ、肩関節から外れてしまった。


「ちっ! あの衣装は「ガワ」だったわけか! まんまと嵌められた!」


 ファラに嵌める気はなかったのだが……ディアスは、この敵を悪質な人物と判断し、容赦ない猛攻を加えることを決心した。


「穴あきチーズにしてやんよ!!」


 再度重機関銃を斉射。先程の攻撃で、1門破損してしまったが、銃弾が1発でも当たれば、人間は無事では済まない。この機関銃は狙撃性にも優れた、ブローニングM2……相手に勝ち目はない!


 しかし


 QWANQWAQWANQWANQWAQWAN


「くそったれ! こいつは化け物か!?」


 ファラの筋肉は、銃弾を余裕で弾いてしまった。


『まあ、そうなるわな』


 もう何度目かもわからない、ファラの筋肉の防御力に、すっかり慣れたアルバレス。あの大悪魔の攻撃すら退けたファラにとって、モートラス強襲型すら火力不足に見えるのだから恐ろしい。

 そうこうしているうちに、今度はファラの方から近づいてくる。

 50メートルほどの距離が、一気に縮まってくる。


「こんな時に、隊長がいれば……! だが、そうもいっていられねぇ! なんとしてでも倒す!」


 銃撃が効かないと分かっても、ディアスの闘志は衰えない。

 肩ポッドから、小型ミサイルが射出され、正面からファラに向かっていく。


「避けられたらこれでやってやる!」


 同時に、格納していた大口径の対物ライフルを右手に装着する。

 左腕がない今、右腕だけで撃つと、反動で駆動部が損傷する恐れがある。ディアスは熟練の操縦センスで、即座に最も負荷の少ない姿勢になり、ファラを狙うが――――


 DOOOOOOOOOOOOOMM!!


「む! やったか!」


 ライフルを構えた瞬間に、目の前でファラに向かっていったミサイルが、一斉に爆発を起こした。

 一発でも当たれば御の字だったが、一斉に直撃すれば、それこそモートラスですら無事では済まない。炎の壁の見て、半ば勝ちを確信したディアス…………その一瞬のスキが仇となった。


 左から、非常に激しい衝撃が、モートラスを襲った。


 CRAAAAAAAAASH!!


「ぬおおぉぉ!?」


 戦車の主砲以上に重い一撃を食らったモートラスは、地面に引きずった跡を一直線に伸ばしながら、畑の真ん中の広場まで跳ね飛ばされた!

 幸い、強固な装甲はまだ残っているが、内部にはかなりのダメージを受けている。操縦席のインフォメーションウィンドウには、各機関のアラートを示す表示が大量に羅列され、もはやどこがどんな損傷を受けているのか分からなくなりそうだった。


「へっ……やるじゃねぇかよぉ!」


 だが、ディアスは焦るどころか、逆にやる気に満ちた笑みを浮かべていた。


「崖っぷち? いや、最高だぜ!」


 脚はまだ両方とも動く。右腕もまだ健在。

 これだけあれば、彼にとっては十分だ!


 迫りくるファラ。対するモートラスは右腕に力をため、音叉状のチェーンブレイドを勢い良く回転させる。

 ファラの拳と、二股のチェーンブレイドが激突! 両手で押し返すファラの筋肉に、ブレイドの刃がギャリギャリと金属を削る音を立てて火花を散らす。

 鉄筋のビルすらバターのように切り裂く刃が、徐々にファラの筋肉に赤い筋をつけ始めた。


『む、これはひょっとして、まずいか?』


 傷が出来上がりつつある筋肉を見たアルバレスが、ようやくファラを心配するも、次の瞬間それは杞憂に終わった。


「ふん」

「うっ! 右腕が!」


 ファラは、モートラスの右腕を肩からねじ切るように、強引に外した。


「腕がないくらいなんだ!!」


 武装のほとんどを失ったディアスは、最後のあがきと、右脚部で回し蹴りを放つ。ファラは、その蹴りを、抱えるようにして受け止め―――――逆にその勢いを利用して機体を大きく放り投げてしまった。


 放物線を描き、モートラスは畑を飛び越えて、開けたところに落下した。


「う…………うぐ……くそっ、脱出だ……」


 コクピットから脱出を試みるディアス。

 だが、なんと―――――大きな衝撃を受けたせいか、ハッチが開かない。

 おまけに、足がどこかに挟まってしまって、身動きが取れない。


 このままでは、燃料か弾薬が熱で爆発してしまう!


(もはやこれまでか……ディアス隊長、すまねぇ…………!)


 見知らぬ世界に亡骸を晒す恐ろしさと、隊長への無念の気持ちが胸の内に交差する。


 ガンガンと、金属を食い破る音がした。


 コクピットの座席が引っ剥がされ、ディアスは何者かに腕を引っ張られてコクピットから脱出した。その数秒後、モートラス強襲型は、機関部が炎上した。間一髪、彼は救われたのだ。


「お前…………まさか、俺を助けたのか!?」

「帰りなさい。あなたにも、家族がいるでしょう」


 わざわざディアスをコクピットから救出したファラは、ディアスのベルをその手で握りつぶした。


《『ディートハルト小隊』グレイズ・ディアス代理のベル喪失を確認しました。この度の戦闘の勝者はJ陣営のファラ代理です》



「ありがとう……礼を言うぜ。女性なのに強いんだな、あんた!」

「うん。でも、せっかくの「おしゃれ」を台無しにしたのは、許さない」

「……まじですまんかった! 今度会ったら、何か買ってやるから、な?」


『ファラのやつ、まだ根に持ってたのか』



 いくら強くても、ファラもやはり女の子なのだと、アルバレスは改めて認識した。


『生き残ったら、服くらい買ってやってもいいかもな』




記事『今日のファラ代表』

 4戦目と5戦目を終えたファラ代表。

 相変わらず、周囲の見る目は厳しく、代表のフーダニットもいまだにファラの実力を疑問視しているそうだ。

 我が国の人々も、私の記事を読んでいる読者も、ファラのことをいまだにバカにしている者がいる事だろう。だが、彼女もまた一人の人間であり、本当はかわいいものも好きで、おしゃれに興味がある女性でもある。そして、どんな人よりも義に厚く勇敢であることも、この戦いで証明された。

 読者諸君。同課胸に手を当てて考えてほしい。さんざん野蛮だとバカにしたファラ代表より、あなたたち自身が野蛮な生き方をしていないか、と。少なくとも、今の私には、もうファラ代表のことを野蛮という資格はない。

 彼女は―――――勇者だ。

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