前日譚4:オペレーター

 フーダニットとの面談の後、ファラが案内されたのは、まるで小さなホールのような空間だった。

 床や壁はきれいに磨かれた木張りで、照明もあって全体的に明るい。広さはテニスコート半分程度だが、天井は随分と高い。実際、この部屋の広さは10メートル四方の立方体になっていて、この大きさに収まる者しか参加できないことになっている。もっとも、よほどのことがない限り「人が」この限界を越えるとは思えないが…………

 また、部屋には空調が効いているのか、暑くも寒くもなく、部屋の隅にはシステムキッチンや浴槽、便所などのアメニティも揃っている。

 その他にはテーブルや簡易ベッド、クッションの山など、一応快適に過ごせるものが整っているが、暇をつぶせそうなものは、書棚に入っているカンパニー関連の本や、この世界が発行している新聞程度である。


 ファラが部屋に入ってからしばらくして、彼女が見たこともないものを興味津々にいじっていると、彼女の後ろの方の壁に巨大なモニターが下りてきた。何事かと身構えるファラだったが、モニターは自動で降りきると、すぐに映像を映し始めた。

 モニター映像に現れたのは、ハンチング帽をかぶった、やや陰険そうな顔の中年男性で、天然パーマの赤毛と割れた顎が、この人物の胡散臭い雰囲気を一層際立たせている。


「よう、はじめまして。あんたが石器時代から来た勇者さんかい?」

「……! あなたは!」

「俺はダーサ・アルバレス。ジャーナリストだ」


 そう言って、男――――アルバレスは、スーツの胸ポケットから身分証のようなものを見せびらかす。もっとも、ファラにはそれがどんなものかわからなかったし、ジャーナリストという言葉も知らない。

 しかも…………


「あなた、すごく、大きいのね」

「は?」


 ファラの唐突な言葉に、アルバレスの目が点になった。


「私からは、そのまどから、あなたの胸から上しか見えない」

「あー…………これは窓じゃなくてだな、なんというかその…………わざと大きく見せているだけだ。本当の俺はあんたよりもずっとちっこい」

「そうなの?」


 なんのことはない。ファラは巨大スクリーンを、窓と勘違いしていたのだ。

 ファラから見て、アルバレスの体はさぞ大きく映ったことだろう。


「と、とにかく、だ。俺はあんたのオペレーターになったんだ、よろしくな」

「おぺれーたー?」

「ちっ、こんなことまで説明しなきゃなんないのかよ。これだから学のない野蛮人は…………。まあいい、オペレーターってのはな、あんたら代理ヒーローに色々な情報を渡す役目だ。俺が今いる場所は、あんたのいる場所からはるか遠くにいるが、こうやって声や映像で通信できるわけだ。だが、俺もいろいろ情報は持っているが、正しい保証は無ぇ。そこのところ分かってくれよな」


 このアルバレスという男は、ファラを派遣した国のジャーナリストで、フリーの記者として雑誌や新聞にネタを提供している。

 その胡散臭い雰囲気からわかるように、彼は記事のために手段を択ばない似非記者マスゴミで、他人の弱みを狙うために付きまとうしつこさから、有名人や為政者からは「藪蚊」と忌み嫌われている。

 そんな彼がファラのオペレーターに志願したのも、単純に社長戦争のことを記事にするためであり、ファラの力になってやろうという気は微塵もないし、オペレーターとして支援する気持ちも全くない。フーダニット陣営のみならず、ほかの各陣営には圧倒的な有名人が多く揃っている。そっちの活躍を書いた方が、遥かにいいネタになるだろう。


「ま、あんたがそれなりに活躍すりゃ、記事の一つや二つ書いてやってもいいし、

死んだら線香の一本でもあげてやるさ。お互い気楽にいこうや、な」


 そしてこの通りの不遜な物言いである。

 アルバレスにとって、ファラはしょせん見世物の奴隷剣闘士程度にしか思っていないようだ。こんなことを言われれば、どれだけ温厚な人物でも怒り出しそうなものだが、ファラは―――――


「そう、よろしく」

「…………そっけねぇな。逆にさみしくなっちまうぜ」


 このとおり、暖簾に腕押し、糠に釘。

 悪意を持った言葉が、ちっとも心に届いていないようで、逆にアルバレスの方が虚しい気持になってしまう。


「それより、聞きたいことがあるの」

「聞きたいこと? なんだ、言ってみな」

「お水は、これを使っていいの?」


 そう言ってファラが指さしたのは……………洋式便器。


「ま、まて! それは飲み水じゃない! ほら、そこに銀色の細長いのあるだろ、そう、それだ! その上にあるレバー……いや、なんていうか、でっぱりあるだろ、それを上に持ち上げてみろ、ゆっくりな……」


 さすがにトイレの水を飲ませるわけにはいかない。

 慌てたアルバレスは、必死になってシステムキッチンの蛇口の使い方を教えた。


「水が出た……!」

「水道を知らないとか、どんだけ野蛮なところに住んでたんだよ…………」

「これ、便利」

「まあな、いちいち井戸とか使う必要ないからな」


 あまりにも無知なファラに、アルバレスはやれやれとため息をついた。

 だが、彼の受難はこれだけでは終わらない。


「これがあれば、いつでも水が飲める」


 バキッ


「おいまて! まてまてまて! なんで蛇口を壊した!」

「おかしい、水が出なくなった。こっちは水が止まらない」

「ちっがーう!! それは水が出てくる魔法のアイテムじゃない!」


 なんと、ファラは蛇口を取り外して持っていこうとしたのだ!

 いちおう、部屋の中のものは自由にしてよいといわれているが、まさか水道を外すとはだれが思っただろうか?


「あーもー、今そっちに修理を手配するから、おとなしくしてろ」

「わかった」


 しかし、その後もアルバレスが見ている前で裸になろうとしたり、前代未聞な量の大便でトイレを詰まらせるなどして、アルバレスの精神をガンガン削っていくファラ。謎空間から取り出した大量の食糧を平らげて、筋トレした後寝たころには、アルバレスは心労のあまりげっそりと痩せていた。


「こんなはずでは……………」


 そうつぶやいてベッドに入ったアルバレスは、巨大なファラにのしかかられる夢を見て、一晩中うなされたという。





記事『今日のファラ代表』

・我が国の代表は現地入り。現在待機中。

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