第41話 初めてのお客

 ――さて、腹も満たされたところで、店の準備を開始する。


 レベッカの指示通り、ケーキの甘い香りが外に流れるように、窓を全開にして調理に取り掛かった。


 フィーリアは袖をたくしあげたエプロン姿で、甲斐甲斐しく店先を整えている。まるで初々しい新妻だ。ああ……いいなぁ……。


 悪くない気分でケーキを焼いていると、レベッカが百均で買った紙食器を持ってやってきた。


「光一、紙皿は解るニャが……これは何ニャ?」


 差し出してきたのは、紙コップだ。


「ああ。紅茶売るならいるかなぁ~と思って」

「この紙は水を通さないニャか!」


「おまけに耐熱式だから、少し冷ませば持っても熱くない」

「す、凄いニャ。光一の世界は魔法使いの国ニャ?」


「まさか。コッチの方がちゃんと魔法使ってるよ」

「なら、お茶も淹れないとニャ。それにしても、恐ろしい世界ニャ」


 そんなことをブツブツ言いながら、レベッカは暖炉のやかんに井戸水を注ぎ足す。


「ところでレベッカ、いくらで販売するつもりだ?」

「それは考えてあるニャ……。お、光一! 初めてのお客が来たようニャよ」


 レベッカが指差す方向に、人影が見えた。

 フィーリアが表から掛け込んで来る。


「ま、マスター! お客様ですぅ!」

「知ってるよ」


「準備はどうニャ?」

「ちょうど焼き上がるくらいだ」

「上等ニャ。さ、お客様のご来店ニャよ」


 レベッカは店の前で、お客を迎える。


 俺達の初めての客は、人間の若者だ。

 素朴なベルニアではあまり見ないテカテカの服、ピカピカのピアス、伸ばした髪……とにかくチャラそうな男だった。


「いらっしゃいませニャ、ご注文をどうぞニャ!」


 レベッカは揉み手をしてトークをする。

 流石、商売人だ。


「ウィ―ッす、レベッカちゃん。新しい店始めた系~?」


 うわぁ……。

 この男、話し方までチャラい。


「マルコ、久しぶりニャね」

「ウェイウェイ~。こんなことしてないでさ、オレとデートしてよん」


 なんだコイツ、レベッカを口説きに来たのか? 

 チャラいにも程があるぞ。


「また今度ニャ。今は新しい事業で忙しいニャ」

「ここの店のこと~?」


「そうニャよ。一度食べてみてほしいニャ」

「デートしてくれるなら考えるよん❤」


 うへぇ、何から何まで面倒くせぇ。


「いいニャよ、料理を食べてくれるなら」

「えええ!? いいのかレベッカ!?」

「お客様は神様ニャ」


 いやここ、そういう店じゃないだろ!


「オッケ! じゃあついでにレベッカちゃんも食べちゃう★」

「それは応相談ニャ。光一、ケーキを仕上げてくれニャ」

「お、おう」

 

 レベッカに言われるがまま、皿に焼き上がったケーキを二枚重ねてバターを落とした。チャラ男は珍しいのか、伸びあがって料理の様子を見物している。


「すっげ。お兄さんウマいね~」


 年下(たぶん)にタメ口を聞かれて少々ムッとしたが、相手は客だ。

 感情が顔に出ないように繕いながら、作業を続けた。


「ああ、どうも……ジャムはかけますか?」

「オレ、ジャムチョー好き」

「じゃあ多めに」


 苺と蜜柑のジャムをさっと生地に塗りつけ、仕上げに百均で袋買いしたナイフとフォークをつけて完成だ。レベッカがチャラ男に差し出す。


「お客様、こちらが当店自慢のホットケーキニャ」 


 チャラ男は初めて見るであろう、ホットケーキに釘付けになった。


「すっげぇ、ウマそ~」

「そうニャろ。ベルニア、いやこの世界で食べられるのはウチだけニャ」


「レベッカちゃん、それマジ?」

「勿論ニャ。誰も食べたことがない食べ物ニャ。新しく、珍しく、しかも美味しい。もう極楽の味わいニャ」

 

 俺は苦笑いした。

 そりゃそうだ、なんたって「異世界」の食い物なんだからな。

 流石に「極楽の味わい」という謳い文句は、大げさだと思うが。


「極楽って、またまた~」

「これをマズイというなら、その人はどうかしてるニャ」

「……ゴクリ」


 チャラ男が唾を飲む。

 そのタイミングで、レベッカがすかさず切りこんだ。


「お値段は特別に、1000ゴールドニャ」


 せ、1000ゴールド!? 

 ハンターの初期所持金と同じ額じゃねえか!


 たかがホットケーキなのに、明らかに取り過ぎだ。

 チャラ男が顔をしかめる。


「うへぇ、結構する系じゃん」


 しかしレベッカは強気に切り返した。


「当たり前ニャ。ウチでしか扱えない貴重な材料を使ってるニャ、これでも良心価格ニャ」


 チャラ男は返事を渋った。

 この様子から察するに、コイツにはポンと1000ゴールド払う程の経済力はないのだろう。この身なりからして、堅実な生活をしているはずがない。


レベッカはチャラ男の様子をある程度観察した上で、一つの提案をした。


「安心するニャ、お客様第一号のユーに全額払えとは言わないニャ」

「ディスカウントある系!?」


「勿論。ユーだけ特別、モニター料金で半額提供ニャ。その代わり、思うところを教えてくれニャ」

「チョリーッス!」

「フィーリア、紅茶を淹れてくれニャ。サービスニャ」


 チャラ男は500ゴールドをサクッと払い、お茶付きホットケーキセットにありついた。


「ヤバい、マジヤバい!」


 中身の無い言葉を連呼しながら、あっという間に平らげる。


「どうだったニャ?」

「最高ジャン! でもチョー絶いい感じの店にするなら、変えるとこはあるネ」

「ほほう」


 レベッカの手前黙って聞いてはいるが、偉そうなチャラ男に俺は少々苛ついた。


 これ以上のやり方があるってのか、なら言ってみろチャラ男め。


 チャラ男はもったいぶって幾つか改善点を述べ、散々フィーリアにも言い寄った後で帰っていった。

 レベッカが取ったメモをパラパラめくりながら、内容を確認する。


「ふむ。やるべきことが決まったニャね」

「ちょ、あのチャラ男の言うことを鵜呑みにするのか?」


「マルコのことニャ? ヤツはチャラいがお客様の生の意見ニャ、大切にしニャくては」

「あと、さっきから聞こうと思ってたんだけどさ。商品を1000ゴールドで出すってマジなのか?」


「勿論ニャ。早速店先に金額を張り出すニャ」

「あまりにも高すぎるだろ。新しい店なんだから、もっと値下げしないと」

「ふぅ、光一。安易なディスカウントは素人さんの悪い癖ニャ」


 レベッカはやれやれといった様子で首を振った。


「安価ニャら客は来るだろうが、結局は薄利多売。自分の首を絞めるニャ」

「でもこんな値段じゃ、新規客は敬遠するはずだ。安くしないと厳しいぞ」


「大丈夫ニャ。出せない金額じゃないニャ」

「はぁ? 根拠はあるのか」


 レベッカはクイッと、モフモフな猫耳を動かした。


「さっきの、マルコの様子を見たニャ?」

「へ? バクバク食ってた様子か?」


「違うニャ。1000ゴールドって聞いた時の様子ニャよ」

「え、ああ。出し渋ってたな」

「そうニャ。でもすぐに『ノー』とは言わなかったニャ」


 ……確かにそうだ。

 最後までチャラ男は迷っていた。


「マルコは良くも悪くも正直なヤツニャ。高いなら高いと言うはず、だが言わなかったニャ。ということは高すぎる金額では無いということニャ」

「言われてみればそうだが……でも、正直ボッてるだろ? 良心が痛まねえのか」

「チッチッチ」


 レベッカは腰にさしているそろばんを、パチンと弾いてみせた。


「モノの価値は我々でなく、客が決めるのニャ」

「客が……決める?」


「原価、人件費ですべてを考えてはいけないニャ。客に委ねてみる、これが大事。ディスカウントはそれからでも遅くないニャ」

「でも……あの新し物好きそうなヤツでも、ギリギリの金額設定だろ。普通の村人がそれで食いにくるのか」

「ここで議論しても仕方ないニャ。ま、様子を見るニャ~」


 商売の方程式は、彼女の方が良く知っている。

 例えそれが『猫式方程式』だとしても。

 

 俺はレベッカの言うとおりにすることにした。


 ……だが、待てど暮らせど、次の客は現れなかった。


 普通は開店初日が一番賑わうはずなのに、完全に閑古鳥だ。

 フィーリアが客の姿を探して店の中と外を行ったり来たりするが、人影はあれど店に寄ってすらこない。


「やっぱり、高すぎるんじゃないのか」

「ふぇえ……そうかもですねぇ」


 フィーリアは不安そうだ。

 結局一人も来店が無いまま、日が落ちてしまった。


「ふわぁ……もうこれ以上やってもダメニャね。今日は閉めるニャ」

「閉めるって……、もしかしたら客が来るかもしれないだろ」


 閉めた後に、貴重な客が来たらどうするんだ?


 俺は大あくびをするレベッカに、不満が溜まった。


「ったく緊張感ねえな。頑張れよ」

「光一。それも自営にありがちな罠ニャ~」


 もう一発あくびをかましながら、レベッカは言った。


「自分の人件費をノーカウントしてしまうのは良くないニャ。精神論は結構ニャが、身体は確実に疲れてるニャ。そうやって身体を壊すニャよ」

「でも、借金が……」


「借金返す前に倒れちゃうニャ。さ、ミーは家に一旦帰るニャよ」

「泊り込みじゃないのか?」

「それに何の意味があるニャ? 光一もしっかり身体を休めるニャよ」


 営業成績が悪い癖にすぐ帰るなんて、ウチの会社じゃ完全にハブられる。

 ブラックに染まりきった俺には、彼女の行動が理解できなかった。


「では、お休みニャ」


 ハンターズ・グリルの一日目は、散々な結果に終わった。

 残った材料で夕食も簡単に済ませ、皆それぞれ疲れた身体を癒しに家に戻る。


 このままじゃもうオシマイだ。


 借金取りに、レベッカが蒸し物にされる夢まで見た。

 ああ、後味悪い。


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