第2話 おっさんの慟哭
取り残されたのは、俺と伝票。涙をこらえて、俺は万を優に超す金を払った。
たった一人で帰る、いつもの道。
怒りとやるせなさが、不意に口をつく。
「俺の年収、知ってたよな……」
この食事のために仕事で無理をした身体が、悲鳴を上げた。
「毎日残業って、知ってたよな……」
十円禿げをこれ以上悟られないよう、残った髪で必死に隠した。
でも、涙は隠しきれない。
最寄り駅から家に帰るまでの夜の闇の中で、俺は思いっきり泣いた。
「これで何回めだ、何十回めだ!」
道すがら、大声で吠える。
通りすがりの人が気味悪がったが、知ったことか。
「お前なんか、こっちから願いさげだ! ブス!」
女に面と向かって言えなかったことを、ぶちまけた。
どうして女は、男がいつでも自分を欲していると思い上がるのだろう。
どうして男が、いつでも女に飢えていると錯覚しているのだろう。
「お前も働いてるなら、飯の端数くらい出せ!」
男女平等というなら、そこもイーブンにすべきだ。
何故世間は、男にばかり多くを求めるのか。
「結婚してなくて悪いか! 女がいなくて悪いか!」
元はといえば、俺がどうして婚活などしなければならないのか。
それは三十超えた男(女もなのだろうか)が、必ずぶち当たる壁だった。
親は顔さえ合わせれば「彼女はいないの(焦燥)?」とくる。
職場でも顔さえ合わせれば「結婚しないのか(半笑い)?」とくる。
いい加減「結婚したらハラスメント」というワードを作るべきだ。
「三次元なんて、俺はもとから興味ねえんだよ!」
やっぱりこの結論に尽きる。
三次元の女は、飲むし、喰うし、金を使う。
だったら一人でいる方がよっぽどいい。
何故自分の稼ぎと時間を、他人に使わなければならないのか。
「やってられねえ、会社も、女も……」
涙も枯れてきた頃、家の明かりが見えてきた。
築何十年か定かではない、ボロの建売り一軒家だ。
お察しのとおり、実家である。
「ただいまー」
クタクタのまま、玄関に転がり込む。
しかし誰も出迎えるものはいない。
俺はオカンと二人暮らしだ。
オカンは夜の仕事をやりながら、俺を育ててくれた。
今日もオカンは仕事のはずだ、家にいるわけがない。
「また電気つけっぱなしかよ……」
煌々と光る電球を、苦々しい気持ちで眺めながら呟いた。
オカンは少々天然が入っている。
電気のつけっぱなしは当たり前、エアコンをつけたまま家を出ることもよくある。溜息をつきながら、玄関を入ってすぐにある茶の間に入った。
部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台の上を見ると、手紙がぺらりと置かれていた。
「今時置き手紙?」
そこには太いマジックペンで、女子高生のようなメモ書きがしてある。
この字は、オカンのものだ。
『料理作っといてね、光一❤ ママより』
オカンはご丁寧に、ハートマークまで真っ黒に塗り潰してあった。
彼女は本当にいい母親だったが、絶望的に料理が出来ない。
専ら料理担当は俺だった。
いつもなら笑って許せるオカンのボケだが、今日はそんな余裕はない。
『コンビニで買ってこい!』
オカンの可愛い筆致の上から、乱暴に殴り書いてやった。
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