第17話 ハンターの重圧
「プレッシャーって、どういうことだよ」
「マスターは、ハンターの生活を想像したことありますか」
ハンターの生活を、想像だと?
普通に生きてきてそんなことをする機会は、まずない。
「あれだろ……クエスト受けて、コック飯食ってスキルアップして、モンスター倒すんだろ。後は……肉をこんがり焼く?」
「そんな単純じゃないんですぅ!」
フィーリアは手足をバタバタさせた。
しかしこれ以外に、ハンターが何をすると言うのか。
「それくらいしかやることないだろ」
「マスターはプレイしかしないもの!」
「そりゃそうだろ」
「マスターが居ない間、フィーが何してるか知らない癖に!」
「俺が居ない間、だと?」
訳が解らない。
プレイ外の状態の時も、内部では時間が流れているということか?
「マスターがいらっしゃらないと、と~っても大変なんですよ!」
「何が大変なんだよ、一体」
「ご近所付き合いですぅ!」
「はぁ?」
ゲームの中の、ご近所付き合いだと?
「そんなもんがあるのか?」
「村の人みんな、フィーリアに寄ってらっしゃって色々言うのですぅ!」
「へえ……例えば?」
「『期待してるぞー』とか、『恐ろしいモンスターを倒してー』とか、『君しかいないんだー』とかです! もう重いんですっ!」
どれもこれも、勇者系ゲームにはよくあるセリフだ。
現実世界では決して言ってもらえない、耳触りのいいセリフ。
「もっと大変なのは、ご飯さんですぅ……マスターがいない間何も食べてなくて……」
「はあ?」
それは流石に自分の問題だろ、思ってしまった。
だがここで言ってしまったら、またまた火に油だ。
「そんなの、コック飯屋で食えばいいじゃねぇか」
「お金がありませんですぅ!」
「初期の所持金があるだろ?」
「ハンターの所持金は、マスターのお金なのですぅ! マスターだって、いつの間にかお金が減ってたら怖いでしょう?」
「なる、ほど」
その発想はなかった。
確かに自分の知らない間に、主人公の飲み食いに金を使われてたら、そりゃビビる。
「じゃあハンターはどうやって飯食ってんだよ、全員絶食か」
「他の方は副業で食べらっしゃるみたいで、すぅ……」
フィーリアの声が消え入りそうなほど小さくなった。
ってか待て。
プレイヤー不在中に、ハンターが副業だと?
「それマジなのか?」
「皆さん、ご自分で狩りに行かれるんですぅ。そこでお肉を狩ったり、素材を集めてお金になさってま、すぅ」
「なるほど、自分の金ならコック飯屋も使えるわけか。じゃあフィーリアもそうすればいいじゃん」
「こ……いんです」
「は?」
「モンスターさんが怖いんですぅ!」
「ちょ、言ってる意味がわからないんだが」
フィーリアは自分の肩を抱いて、ブルブル震えながら喚いた。
「フィーリアは、今まで虫さんも怖くて逃げてたのですぅ! それを急に召喚されて、怖いモンスターさんと戦えなんて言われて!」
モンスターを怖がるハンターだと?
そんなもの獣を怖がる猟師、野菜を怖がる農家みたいなものだ。
話にならない。
「ちょ、そんなの絶望的な状況じゃねぇか。どうやって今まで生きてたんだよ」
「ご飯は、村に生えてる草さんを隠れて煮たり焼いたりしてたですぅ。でもそれも限界でした」
「草食ってたって……それは流石に草」
フィーリアは腕をほどいて俯き、哀しげに呟いた。
「そんなフィーの姿を、村の皆さんは知りません。いっぱい応援してくれたですぅ。だから申し訳なくて……」
「そいつがプレッシャーだったってわけか……」
これは、社会に出た若者が必ずブチ当たる壁だ。
周りからの期待、自分への根拠のない自信。
でも大概、それは現実にはそぐわない。
ギャップが積み重なって、やがてみんな挫折する。
だが、それがどうした。
皆そこを乗り越えてきてる。俺だってそうだ。
コイツの根性を、おっさんが叩き直してやらねばならない。
「甘えたこと言うな、ハンターなんだろ?」
少々きつい言葉だが、これは言わねば。フィーリアの為にならない。
だがフィーリアは人生の先輩の気持ちを知ってか知らずか、大声で反発した。
「好きでハンターになったわけじゃありません!」
その言葉に少々カチンと来た俺は、大人気なく言い返した。
「引き受けたからにはやれよ!」
「マスターは怖いとこになんて行かないから、わからないんですっ!」
その言葉を聞いてハッとした。
確かにそうだ。
俺のやってることは、嫌なことを部下に押し付けるヤツみたいだ。
能力以上のことを求めておいて、失敗したら本人のヤル気の所為にするブラックみたいだ。
「……グスン」
またフィーリアはべそをかき始めた。
ポタポタと、涙が手の甲に落ちる。
「可哀想に、そんなの酷いわよねぇ」
オカンがフィーリアを慰める。
こんないたいけな少女に、モンスターを狩らせる方がトチ狂っている。
俺も、心が折れた。
「わかった、村には帰らなくていい。クエストも怖いならやめていい」
「ま、マスターぁ!」
フィーリアはシャツの裾で涙を拭い、思いっきり俺の頭を胸一杯に抱きしめた。
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