第51話 龍とおっさんの輪舞

 大剣の厳めしい龍は、深い声で続ける。


「我はこの剣の精霊、緋眼黒焔龍(スカーレットアイズ・ブラックフレイムドラゴン)だ」


お決まりの長い長い厨二名だ。一度言われただけでは覚えられん。


「す、スカーレットアイ……何だって?」

「スカーレットアイズ・ブラックフレイムドラゴン」


「スカーレットアイズブラック……」

「違う違う」

「は?」


ドラゴンの声色が変わった。少々戸惑いつつ、龍に話しかける。


「ええと、ドラゴンさん。何が違うんでしょうか……?」

「スカーレットアイズで一回切るの、そこ大切なとこ」


「スカーレットアイズ・ブラック・フレイム……」

「切り過ぎだ!」


「え、違うの?」

「切り過ぎちゃうと雰囲気無くなるでしょ!」

「ああ、そう?」

 

 何か……俺が想像していたドラゴンのキャラじゃない。

 良く解らないが、この龍はドラゴンの癖に異様に細かい。 


「下はブラックフレイムドラゴンでいいの!」

「は、はぁ」

「もう解んないかなぁ、このニュアンスが」

 

 龍は身をくねらせながら、ぷりぷり怒っている。


「じゃあ、スカーレットアイズ・ブラックフレイムドラゴンって呼べばいいんですね」

「おお、そうだ。人間よ」


 龍は満足したのか元の厳めしい声に戻る。

 まったく、妙にこだわりが強い龍である。


「だがカタカナだと表記が長いからな、我のことは『すっちー』と呼ぶのだ……」

「す、すっちー?」


「スカーレットの『す』を取ってすっちーだ……」

「略し過ぎだろ! ってかなんであだ名なんだよ、こだわりあるんじゃねえの?」 


「フルネームは長くて面倒だと、作者が言っている……」

「そんな身も蓋もないこと言うな!」

 

 少々メタ発言が飛び出してしまった。申し訳ない。

 さて龍、もとい「すっちー」は緋色の目を光らせながら、話を続けた。


「人間よ、お前は力が欲しいか……」

 

 キング・オブ・テンプレートなセリフである。

 こすられ過ぎて千切れそうなシチュエーションだ。


 ……とくれば、俺もお決まりで返すのが礼儀だろう。

 

 口が半笑いになりそうなのを必死で抑えつつ、雰囲気重視で叫んでみた。


「欲しい、力が!」

「良かろう、人間よ。力が欲しいなら……くれてやる!」 

 

 すっちーはノリノリで宣言すると、巨大な咆哮を吐きながら、緋色の鮮烈な光を放出した。


「うわああああああああああ!」


 身体中が熱くなり、剣に触れている手が焼けるように痛む。

 黒く、禍々しくさえある黒炎が、己の肉体を炙る音が聞こえた。

 龍の形をした、もう一つの緋炎が全身を這い、咽喉元に食らいつく。

 

 ヤバい、もしかして俺、殺されるのか!?


「な、何すんだ!」

「我の魔力を、汝と結合させているのだ」


「はぁ!?」

「もう、お前は我の一部。さあ、この厳かな剣を振るうが良い!」

 

 激しい魔炎が一気に静まり、肉体の苦痛から解き放たれる。

 そしてそれと引き換えに、身体の中に恐るべき力がうごめいているのを感じだ。


 もうコレ、完全に無双パターンじゃん!


「本当に、自在にこの剣を使えるんだな?」

「当たり前だ、試せ」


 楽してレベルアップか、実際にやってみるとマジで最高の気分!


 そう思いながらウキウキと剣を振るおうと、ふる、お、うと……ってやっぱ重すぎて無理だ!これじゃ話が違うじゃねえか! 


 俺は半ギレですっちーにクレームを入れた。


「やっぱお前重過ぎて無理!」

「何っ! 我が重いとな!?」


「これじゃ力もクソもねぇよ!」

「ううむ、ならば今からダイエット計画を……」


「じゃなくて! 今のこの状況を何とかしろ!」

「では致し方あるまい。人間よ、しかと我を握っていろよ」


 そう言うや否や、大剣は己の意思を持つかのように独りでに動き出した。

 人間ではまずあり得ない、ダイナミックなモーションの連発だ。


 大剣の重量を活かした大ジャンプからの溜め斬り、薙ぎ払い、斬り上げ……。

 大剣に操られるかのように、俺の身体は縦横無尽にワザを繰り出し続ける。


 熟練(ゲームでだけど)の俺だからこそわかる。

 この剣のレベルは、ケタが違う。


 宙を自在に舞う剣に振り落とされないないよう、俺は必死で食らいついた。


 剣が少しかするだけで、モンスターは面白いように倒れた。

 普通、大剣のような大ぶりの武器では雑魚を捉えにくい。

 しかしこの剣はすばしっこくて捉えにくいラプトルを、草でも刈り取るように、いとも簡単に薙ぎ倒していく。


 ほんの数分で、モンスターの群れはすっかり片付いてしまった。


 するとすっちーは「我の仕事は終わり!」と言わんばかりに緋色の眼光を収め、静かになる。

 

 すっちーの魔力が切れたのだろう。

 剣は急に重くなり、それに耐えきれず俺は思いっきり尻持ちをついた。


「ケツ痛ってぇ。でも、とにかく終わった~!」


 正直言うと俺は何もしていないが、モンスターは全滅だ。

 

 脅威が去った森は、静けさを取り戻す。

 そのままゆっくりと仰向けになり、身体を休めた。


 ゼンマイだらけの不気味な森だが、ラプトルがいないだけで、少し落ち着ける場所になったように感じた。


「あ~ん、マスタ~!」

 

 するとフィーリアがフィールドの端から、目に涙を浮かべて走り寄ってくる。

 あれだけ大量のモンスターに遭遇したのだ、よほど怖かったのだろう。


「よしよし、可哀想に」 


 普段はロクに後輩の面倒も見られない俺だが、今回は年上らしく、フィーリアの頭を撫でて慰めてやった。

 いや、慰めたというより、どちらかというと「飼い犬を褒める」に近い感覚だ。


 だが飼い犬は早くも俺の手を払いのけた。

 おいおい、怖くて泣いてたんじゃなかったのか?


「こんなことしてる場合じゃありません、マスター! 早く剥ぎ取りしないとですぅ!」 

 

 フィーリアはラプトルの死体の山を指差しながら、半泣きで言った。


「は、剥ぎ取り?」

「はいですぅ、早く素材を剥ぎ取らないと腐っちゃいますぅ!」


「く、腐る!?」

「そうなったらもう使えません! ああ、どうしよう。こんなにいっぱいのラプトルさん、処理が大変ですぅ!」

「これ全部剥ぐってか!?」

 

 ゲーム上では、倒したモンスターからナイフで素材を剥ぐ。

 その素材が、アイテムや装備の材料になるのだ。

 それはこの世界も同様のようだが、ここでは素早く素材を剥ぎ取らないと、死体が腐って使い物にならないらしい。


 フィーリアは大慌てで、小さな採取用ナイフを片手にラプトルに走り寄った。


「勿体ないから急ぎますよっ、マスター!」

「嘘だろ!?」

「わ~ん、間に合うかなぁ~!」  

 

 俺は理解した、フィーリアは怖くて泣いていたのではない。

「素材を集め損ねたらどうしよう!」という、モッタイナイ精神が昂ぶって泣いていたのだ。


 女というのは、金が絡むと強い。


 あれだけ怖がっていたラプトルを物ともせず、フィーリアは一心不乱にナイフを振るい、血塗れで素材を剥ぎ取った。

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