第34話 山盛りホットケーキ

 さて、やっとホットケーキミックスが登場。

 マヨ入り卵液にミックスを滑り込ませ、サクッと混ぜる。


 ホットケーキにマヨぉ? と思われるかもしれない。

 だがこれこそ、俺流ホットケーキのコツだ。マヨを入れることで、生地はふんわり、焼けた表面はサクッとした食感になる。


 するとここで早くも、フィーリアと猫娘が帰ってきてしまった。

 顔面のマヨをすっかり洗い落として、爽やかな表情だ。


 ったく、何でこういう時に限って仕事が早いんだよ。


「もっとゆっくりしてりゃいいのに」

「腹減りが酷くていてもたってもいられないニャ。もう出来たかニャ?」

「そんなすぐ出来ねぇ、生地が出来たところだ」

 

 フィーリアとレベッカが争って俺のボールを覗きこんだ。

 中には粉と卵液が混ざり合った生地が眠っている。


 しかし、フィーリアが不安そうな声を上げた。


「……あれ? マスター、ダマダマさんが残ってますよぉ」

「本当ニャ。こんなの口に残らないのかニャ?」

 

 確かに俺の混ぜ方はかなりアッサリだ、これではダマが残る。

 普通の人なら、生地をしっかり練り混ぜるだろう。


 しかしこれで良いのだ、これが実は正解なのだ。


「あまり混ぜすぎると、逆に生地が膨らまなくなるんだよ」

「ダマダマさんの方がふんわりに?」


「モノは試しだ。一回食べてみろよ。さ、フライパンをかしてくれ」

「とうとう焼き焼きさんですね!」

 

 フィーリアが取り出してきたのは、鉄製の古めかしいフライパンだった。

 手に取ると、重い。


「コッチの世界って、やっぱこういう器具は前時代的なのな」

「ごめんなさいですぅ。ウチにはこれしかなくて……」


「いいよ、たぶんちゃんと焼けると思う」

「良かったですぅ。マスター、暖炉の火はどうしますかぁ」

「弱火くらいだと嬉しいが」

 

 フィーリアは頷いて、暖炉用の灰かき棒を引っ張り出した。

 棒の先で炎のついた木を崩し、火力を調整する。


 薪は細かい炭状になり、染み出すような赤色に燃えた。いい火加減だ。


「ニャニャ、ユーは火の扱いが上手ニャね、こんなエルフ見たことないニャ」

「えへへ。マスター、これでいいですかぁ」

「ベストだぞ」

 

 暖炉には鍋などを引っ掛ける鉤の他に、鉄板を置くための金属台がついている。そこでフライパンをしっかり熱し、バターを放り込んだ。

 金色のバターがたちまち溶ろける。

 

 しっかりフライパンが温まっている証拠だ。


「暖炉の火で調理なんて初めてだ、結構ワクワクすんな!」

「そんなに珍しいですかぁ?」

「アッチじゃこんな光景、絵本かジヴリ映画でしかお目にかかれねぇもん」 


 ウッキウキでフライパンを操っている内に、バターのミルキーな匂いが立ち昇る。フィーリアと猫娘は、俄然興奮してきたようだ。


「ニャあ、いい匂いニャあ」

 

 猫娘が鼻をヒクヒクさせる。


「ここで一度火から下ろす、よっこらしょと」

 

 用意しておいた濡れ布巾の上に、フライパンを乗せる。 

 ジュッと景気のいい音を立てて、熱された鉄が冷えた。


「マスター、なんでこんなことをするですかぁ?」

「こうすることで、焦げ付きを減らせるんだよ」


「ふぇえ……フィー知らなかったですぅ。だからフィーの草炒めは、よく草焦げさんにになったですかね」

「ほんと、今までよく生きてたな」

「もう焦げ焦げさんとはおさらばですぅ!」

 

 フィーリアは腰に手を当てて得意げに鼻をならし、目をキラキラさせた。


「それは何よりだ。紅茶が欲しいだろ、やかんはあるか?」

「はい。お水を汲んできますぅ」

 

 お茶の準備が進められている間に、冷えたフライパンを火に掛け直した。

 手をかざすと、再び鉄が熱を帯びてきたことが確認できる。

 よし、頃合いだな。


「ここで生地の投入っと……、すまんが、ボールを持っておいてくれるか」

「はいニャ」

 

 猫娘が大事そうに、生地を両腕で抱える。

 そこに木の大きな匙を差し込んで生地をすくい取り、高めの打点からツーっとフライパンに落としこんだ。


 え、何で「高い打点」から落とすのかって? 

 速水もこ●ちの真似じゃないのかって?

 

 違う違う、俺だってそこまでミーハーじゃない。

 こうすると生地がムラになりにくいのだ。

 それに焼き上がりが綺麗な円状になりやすい。

 

 意外と知られていないテクニックだ。


 そうこうしている内に、生地にプツプツと穴が開き始める。

 そしたら、変に待たずにサクッと裏返すほうがいい。


 欲張って蜂の巣みたいになってからヤッちまうと、膨らまねぇんだよな。


「……ホイっと」


 木のヘラを生地の下に滑り込ませ、華麗に裏返す。

 すると美しい焼き色の面が、綺麗に躍り出た。


 俺って男は、こういうところだけは無駄に器用だ。


「うわぁ、こんがりきつね色ニャ」

「見ててみ、ほら膨らんできた……」

 

 猫娘を促して、一緒に生地を観察した。

 平べったかった生地が、段々背を伸ばしてくる。

 最後にひと踏ん張り、グッとカサを増したところで火から下ろし、ポンと木皿に乗せて完成だ。


 ホットケーキ特有の、バニラのような甘ったるい香りが漂う。

 

 うむ、我ながら上出来じゃないか?


 すると猫娘がソワソワと、焼き上がりのケーキの周りをウロウロし始めた。


 油揚げをさらうトンビのように、つまみ食いの機会を狙っているのだろう。


「全員分焼くから待っとけって」

「えええ、まだおあずけかニャ……」


「すぐ食えるように、テーブルセッティングよろしく」

「ガッテンニャ」

 

 そこから俺は、生地を使いきるまで猛烈に焼きまくった。

 こういう作業はとても楽しい。

 

 無我夢中でやるうちに、いつの間にかホットケーキの山が出来上がっていた。井戸水を汲んで帰って来たフィーリアが目を丸くして、ケーキの山岳を見上げる。


「しゅ、しゅごいですぅぅ!」

「ヤベ、焼きすぎたかもしれん。食いきれるかな……」


 と言いつつも、俺は無駄な達成感で満ちていた。

 

 仕上げに、山の頂上にバターをたっぷりと乗っける。

 熱々のホットケーキの熱でたちまちとろけ出して、いい感じだ。


「おし、完成だぞ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る