第33話 しゃぶられた俺のマヨネーズ!

 暖炉は部屋の中に、石造りで設えられている。

 腰の高さ程の所で火が焚けるように口が開いており、調理には打ってつけだ。既に炉には薪がくべられ、フィーリアの熾した火が赤く燃えていた。


 頼んでおいて言うのもなんだが、この中世並みの設備での火起こしは、大変だっただろう。思わず感心してしまった。


「すげぇ、本当に火がついてる」

「うふふ。簡単ですよ」

 

 フィーリアが指をパチンと鳴らす。

 すると擦れた指の間から、火花が噴き出した。


「もしかして、魔法!?」

「はいですぅ。これで薪に火さえつけてしまえば、後は慣れですぅ」


「す、すげぇ……カッコイイ……」

「はわわ、照れちゃいますぅ。エルフなら魔法くらい使えますよぉ」


 フィーリアが顔を赤らめる。


 そっか、そういえばこの人、エルフだったわ。


「じゃあ他にも何か出来るのか」

「ごく単純なものが少々ですぅ」


「エルフのお嬢さまなら、家庭教師から習ったりしないのか?」

「マジックアイテムがあれば高等魔法も使えますが……アールヴヘイムからの持ち出しは禁止なのですぅ」 

「惜しいな」


 エルフのガチ魔法が使えれば、無双出来ると思ったんだが……仕方がない。


「それよりミー、お腹空いたニャ」

「そうだな。じゃあフィーリアは卵を2つ、ボールに割ってくれ」

「はいですぅ」

 

 フィーリアはいかにも田舎らしい木のボールに、卵を割り入れた。

 習ったばかりの卵割りだが、板についてきたようだ。


 一方、手持ち無沙汰な猫娘は、尻尾をゆらゆらさせながら俺に話しかける。 


「ミーも手が空いてるニャ、何か手伝うことはニャ?」

「そしたらこの牛乳を200ミリリットル分計ってくれないか。大体でいいから」

 

 冷えた牛乳パックと、空いている木のボールを差し出しながら言った。


「200ミリ……ニャ?」

 

 そっか、猫娘にアチラの世界の単位なんてわかる訳ないよな。


「う~ん、小さなカップ1杯くらいかな」

「承知ニャ。それにしても変わったミルク容器ニャね」

 

 猫娘は紙パックを眺めまわす。

 興味深々な様子が、耳のピコピコした動きからわかった。

 ……ああ、モフモフしてぇな。

 

 なんて妄想を挟みつつ、失敗しないように的確に指示を飛ばす。


「計ったら卵の入ったボールに注いで、泡だて器で良く混ぜるんだぞ」

「泡だて器って何ニャ?」


「そりゃお菓子作る時にかき混ぜるやつだよ……。まさかこの世界に無いのか?」

「聞いたことないニャ」


「フィーリアは? お屋敷では流石にあるだろ」

「フィーは厨房には入れませんでしたから……」

「お嬢さまだもんな」

 

 ったく泡だて器も無いのかよ、この世界は。

 魔法は発達してるが、それ以外は前時代的な未開の地だ。不便すぎる。

 

 仕方なく再び3DLから這い出て、オカンに見つからないようこっそり泡だて器をかっぱらった。

 ココで見つかったら説教の嵐ですぐ帰れないだろうし、コイツらを待たせる羽目になる。そうなったら二人とも、絶対コチラの世界に顔を出すだろう。

 オカンと顔を合わせようもんなら、どうなるかわからない。

 面倒ごとは、ゴメンだ。


 だが流石に何回も世界をまたぐのは、疲れる作業だ。

 おまけに徹夜明けの身、おっさんにはキツイ。ズルズルとハンターボックスから這い出て、床に座り込み溜息をついた。

 フィーリアが心配そうに様子を見に来る。


「ふぅ、しんどい」

「では……マスターのお家でお料理したらいいのでは?」


「オカンがいるからな。また見つかって倒れられても困るし」

「はわわ、マダムが心配ですぅ」」


「大丈夫だ、ちゃんと目が覚めたみたいだしな」

「卵にミルクを入れたニャよ~」

「よし」

 

 猫娘が差し出したボールを受け取って、カシャカシャと泡だて器でかき混ぜた。溶けダマが残らないように、ここは念入りにしなければならない。

 すると白い牛乳と黄の卵が綺麗に混ざり合った、柔らかな橙色の卵液が出来上がる。ここに、俺流のひと手間だ。


「さ、ここにマヨネーズだ。さっきのチューブをとってくれ……」

 

 しかし側にいたはずのフィーリアも猫娘も、返事をしない。


 振り返ると、何か隅の方でコソコソしていた。

 何かを夢中でしゃぶっているようだ。


「どうしたんだ?」


 二人に近づくと、段々酸っぱい匂いが漂ってきた。


「おい、お前らまさか……!」

 

 フィーリアの背後から腕を掴んで振り向かせると、目を覆う惨状が飛び込んできた。フィーリアの顔面には白くネットリしたものがぶっかけられて、べたべたになっている。

 髪にも服にも、大量の白ヨゴレが染みついていて、生臭い匂いを放っていた。

 

 うわっ、どういう状態だよコレ!

 

 良く見ると彼女の手には、マヨネーズのチューブが握られている。


「馬鹿、何してんだよ!」

「マスターが美味しいって言うから、舐めようとしただけなのにぃ~ひゃっ」

 

 怒られた拍子にまた力が入り、ドピュッとマヨネーズが顔に噴き出た。


「あ~んっ、マスターぁ!」

 

 なんて絵面だ……! 

 これはエロイ、じゃなくてヒドイ!


「そりゃそんな持ち方したら、飛び出すだろ!」

「うニャ~ん、なんだかベタベタするニャ~」

 

 猫娘もくるりと振り返る。

 フィーリア同様、白い粘液にまみれているが、顔だけでなく口からもミルク状の液がとろりと漏れ出ていた。

 猫娘、お前もか。


「さては、口で吸いやがったな!」

「でもまったり塩っぽくて、美味しいニャぁ~❤」

 

 コイツ、全然反省してねぇな!


「ふわわ、ズルイですぅ! フィーも口で舐め舐めするですぅ!」

 

 フィーリアもマヨネーズの先に可愛い舌を当てがって、ペロペロと舐めだした。


「はにゃあ~ん、最高ですぅ~❤」

「ああ、なんてアウトな光景だ……」

 

 思わず頭を抱えた。やたら静かにしてると思ったらコレだ。


 しかもよりにもよってマヨネーズという白い液体。


「はあ、怒っても仕方ねぇな。とにかく井戸で顔洗って来い」

「ええ……もうちょっとだけ舐めたいですぅ」

「うるせぇ早く行け!」


 渋々、マヨネーズまみれの二人は外の井戸に顔を洗いに出ていった。


 さあ、おてんば娘どもが居ない今がチャンスだ。

 これ以上イタズラされる前に、早く料理を仕上げないといけない。


 べとべとになったマヨネーズを取りあげて、卵液に加え混ぜた。

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